あなたの罪を許します(7)
「殺しましょう、いっそのことここで!大丈夫です、この騒ぎならわかりやしませんから」
嵐の夜に川に死体を投げ入れる殺人犯みたいなこと言ってやがる。てかメイヴが言うと洒落にならないから。本当にやったことあるように聞こえるから。
「はっはっは。メイヴちゃん。殺すなら急いだほうが良い。世界中の女性が俺に惚れてしまう前に」
「確かに世界中の女性を敵に回す前に殺してやるというのが友人としてキースにしてやれる唯一のことのような気がしてきた」
しかし自画自賛をするわけではないが、俺たちが加勢したことで一気に流れが変わった。装備に不安があった民衆のほうがいまとなっては騎士団を押す勢いだ。伊達に死線を潜り抜けてなどはいない。あのキースでさえ、もはや騎士と対等以上に渡り合っている。
それに加えてメイヴとエルザはいわずもがなの活躍だ。ここにシルビアがいたらと思うとぞっとする。
「いけるぞ、このままクロエ姉ちゃんのところまで行くんだ!」
キースが庇った女の子が男勝りな口調で鼓舞すると一見、烏合の衆にも思えた民衆は声をそろえてそれに応えた。へえ、もしかするとこの女の子がリーダーなのか。さしずめ田舎のジャンヌ・ダルクということか。気品は感じられないがな。
「小賢しい」
瞬間、湧き上がった民衆の熱を冷ますように辺り一帯を突風が襲った。見えない壁に押しつぶされるように椅子や机ごと人間が吹き飛ばされた。敵も味方もあったもんじゃない。なんて威力だ。咄嗟に防壁魔法で防ぎはしたが地面まで抉れてやがる。
メイヴは心配いらないとして、エルザも大丈夫だろう。キースは死んでも良いとして。待て。さっきの少女は無事か。
「心配いらんわい。ほら、見てみい。エルザの防壁魔法にキースも少女も収まっておる。キースが咄嗟の判断で飛び込んだんじゃろう。貴様らからの評価は低いが余はあやつのことは評価してるのじゃがのう」
「全く、罪人共がそろいもそろって鬱陶しい」
法廷の奥から遠目に高貴な身分であることがわかる形式ばった身なりの若い男が出てくる。イケメンだという点以外は別段取り上げる点はない。唯一、、奴が従える巨大な鳥を除いては。
「な、何だ?あの10メートルはありそうな怪鳥は」
「どうもこうもあれが突風を起こした張本人、いや張本鳥じゃろ。というかあれは召喚獣じゃな」
「召喚獣?」
「これは驚いた、召喚獣だと一見してわかる奴がいたとは。こいつはカイムというんだ。大人数は一気に鎮圧したいときにはうってつけなんだ」
あの男が指を鳴らすとまるで最初からそこに何も無かったかのように巨鳥は消えた。
「さてゴミを一か所に集めたら次は焼却処分だな」
懐から札を取り出したかと思うとその札に刻まれた術式が魔力に呼応して発動した。
みるみるうちにあのカイムとかいう巨鳥と変わらない大きさの巨人が召喚された。頭にはヤギのような角が生えているあれはどうみても人間ではない。そして巨人は俺たちに向けて手のひらをかざすと。
「エリックさん、死にたいんですか!?」
メイヴは体当たりに近い形で俺を吹き飛ばした。そのとき視界を埋め尽くしたのは業火ともいうべき炎の海だった。
「エルザさん、加勢します!」
気付けば俺はエルザの防壁に放り込まエれていた。防壁の中には俺たちのほかにもまだ息のある町の人たちがいた。どうやら俺より先に異変に気付いたメイヴによって彼らも運びこまれていたらしい。
そんなメイヴはエルザの防壁展開の補助にあたっている。七面六臂の大活躍だな、おい。しかし、息を切らし余裕のない表情を見るに限界は近いか。
「アモンの炎を凌ぐか、貴様たちには本当に驚かされる」
イケメン召喚術士は余裕の表情を崩さない。
炎がはけると辺りは外壁も机も、そして人間も黒い消し炭となっていた。その中には町の住民や、逃げ遅れた騎士の姿もあった。
「お前、仲間ごと焼き払ったというのか」
「ああ?不可抗力だよ。この法廷を暴徒から護るためには手段を選んではいられなかったからね。そんな余裕あるはずない。それに躊躇なんてしてたら罪人を取り逃がしてしまうかもだろう。悪は例外なく迅速に処分しなくてはならない」
「最高裁判長のケレスさんとお見受けします」
息が整うのを待っていたのか、それともただタイミングを見計らっていたのか。メイヴは先の召喚術士、ケレスに話かける。
「ん?お前らはこの町の住民ではなさそうだが、なぜ俺のことを知っている?」
「白々しいですね。この町で召喚魔法を使用できる者などあなた以外にはいませんよ」
「ふん。まあ、良いだろう。それで何だ?罪人らしく言い訳でもするのか?」
「ええ、私たちはこの騒動に巻き込まれただけの旅人です。見逃してはいただけないでしょうか」
「ここまで露骨に暴動に肩入れしといて何を世迷言を。貴様らは一人残らず罪人だ」
「そうですか、それでこの人たちをどうするおつもりですか?」
「決まっている。この神聖な法廷を汚したのだ、死罪だ」
「そんなこと、ベネディクトさんだったらきっと許しませんよ、事情があるようですしどうかご一考を」
「ベネディクトの名前を出すな」
何が合図になったのか、今まで静観していた召喚獣アモンがメイヴを襲った。一瞬防御態勢に入るのが視界の端に見えたが、結局は間に合わずメイヴはアモンの拳と壁の間で押しつぶされて気を失った。
メイヴがやられて感情的になったキースがアモンに切りかかるも、成す術もなく地面にたたき伏せられた。「エルザ、逃げろ!」と声に出す前にエルザはすでにアモンの一撃を受け、気を失って倒れていた。
「俺はベネディクトとは違う。悪に情けなどかけない。馬脚を現したくずは殺すに限る。最高裁判長である俺が判決をくだそう、貴様らは全員死罪だ」
気付けばケレスの使い魔であるアモンは手を俺にかざし先ほどの炎魔法を発動するところだった。エルザとメイヴの二人で防ぐのがやっとだったのだ。俺には防ぐ手立てはない。
「それでは死刑を執行する」
「それは業務過多というものではないのかね」
そんな声が聞こえるのと同時にアモンの巨体が押し飛ばされるのが見えた。顔を上げると人の倍の大きさはある牡牛に似た獣が気高くも雄々しい様子で立っていた。
「最高裁判長ともあろうお方が、判決だけでなく死刑までその日のうちに下すとは。それに裁判において判決を下すためには代官と弁護士の出席も必要だろう。まさか代官と弁護士も兼任するつもりか?そんなことができるのは自己中心的で独善的な人間くらいだ。それにそんな業務過多ではまともな判決もくだせまい」
そんなベラベラと長い口上と共に現れたその男は男にしては長いロン毛を後ろで束ねているような浮世離れた見た目をしていた。
「大丈夫かい、青年よ」
「あ、ああ。あんたは?」
「俺のことは羊飼いのドミニクとでも呼んでくれよ」
なんだこいつは見た目だけでなく、言うことまで胡散臭いぞ。羊飼い?この獣はどう見ても牛だろうが。
「貴様何者だ?」
先ほどまでの余裕は消え失せ、黒いオーラでも見えてきそうなほど殺気を放ち始めたケレスの視線は俺ではなくこのドミニクという男に向けられていた。
そして懐から出した札は先ほどまでとは違い、どこか禍々しく目をそらしたい気持ちに駆られた。
「おっと、あれはやばいね。逃げるぞ青年!」
「逃げるたってどうやって」
「決まってるじゃないか。この羊、バロメッツ君に乗っていくのさ」
と彼が指さすほうを見ると当然のように大きな羊がいた。
「罪人を逃がすと思うのか!」
「クレータ君!」
ケレスがアモンを指す向けようとした瞬間、あの牡牛がアモンにその角を突き立てた。どうやらあの牡牛がクレータと言うらしい。
「さあ、この隙に!」
ドミニクは力も強いらしく俺をひょいと持ち上げると有無を言わさずバロメッツ君の背中に放り投げた。いつの間にか脇にあのジャンヌもどきの少女まで抱えている。
「待て、仲間を置いてにげられねえよ」
「仲間は後で回収でもなんでもしたまえよ。すぐには殺されない、それだけは保証するから」
俺たちが乗ったを確認するとバロメッツ君は放たれた弓矢がごとく加速で壁をぶち抜き法廷を脱出した。羊ってこんなに有能な動物だったんだな。
そんなことを考えた次の瞬間にブラックアウトするぐらいには凄まじい速度だった。




