そんなの馬鹿でもわかります(11)
「さあ、これで私が2勝でキースさんが4勝、ネイアさんが5勝ですね。次で最後の勝負にいたしましょう。最後は5点分の得点ですよ!」
それじゃ最後に当たった奴の勝ちじゃないか。しれっと自分有利のルールを勝手に導入するとは、子どもならではなのか。それとも長年の知恵なのか。エンターテイナーとしては一流なのかもしれない。観客がいれば、このお約束の展開に歓喜の声も聞こえてくるだろうが、ここにいるのは俺とネイアだけである。
司会者の司会者による司会者のためのショーがここにある。
しかもメイヴが2点って。トムの問題は0.1秒が正解となったらしい。ちなみに俺とネイアの点数が似通っているのは、しりとりにおいて敗者の直前に単語を言った人が勝利ということにしたからである。(左周りと右回りを1ターン毎に交換する形だ。そして最後のターンを除いて、9ターン全てメイヴの負けであった。)
「それでは、また私から出題するということでよろしいでしょうか?」
「はい、別に構いませんが。どうでしょう。そうすると私とキースさんの一騎打ちという展開になってしまいますね。ネイアさんにはどうせなら最後まで勝負のテーブルに乗っていて欲しいものです」
「じゃあ、俺たちが二人とも答えられなかったら出題者であるネイアに得点が入るというのはどうだ?それなら公平だろう」
「おお。それは妙案ですね。流石キースさんです。絶対に仲間外れを作らないというこの信念はきっとボッチだった幼少時代に磨かれたのですね」
「なんで、俺が子供のころ友達がいなかったことを知っている?」
「普段の行いを見ていれば誰でもわかりますよ。非を見るより明らかです」
「それを言うなら火を見るよりだよ。俺には一切、非はない」
「そんな考え方だから仲間が一人もいないんですよ」
「君たちは俺の仲間じゃなかったのか!?」
俺は召使いか何かだったのだろうか?
「出題しても、よろしいでしょうか?」
「はい、ぜひとも」
「『あなたは偶然、雪山で雪崩が起こっているところに居合わせた。その先に5人の村人と、雪崩の進路から外れてはいるものの傍に1人の村人がいることに気づいた。あなたは5人の村人を魔法防壁で助けることができるが、その場合、行き場を失った雪崩が進路を変え、傍にいた村人1人を飲み込むことになる。あなたは防壁を展開すべきか』というものです」
「これは何というか、、、」
禅問答のような質問だ。
「ここで2択形式の問題を出すとは、演出家としてどちらが優れているかという勝負はどうやらネイアさん、あなたの勝利のようですね。ただし、解答者としての勝利はいただきます。この問題、私のように賢いものでなければ解くことは難しいでしょう」
メイヴの言う通り一見2択のようではあるがこれは、そうではない。この問題は私たちが日常生活に置いて無意識に意識している、いや意識的に無意識であろうとしていることに焦点をあてている問題だ。
だって正解なんてないじゃないか。5人の死を見て見ぬふりなどして良いはずもない。かといって5人のために1人を殺すことなど許されるはずもない。恐らくは長年にわたって数々の哲学者や倫理学者によって語り尽くされてきたテーマの一つに違いない。
なるほど、流石ネイアだ。勝ちだ、負けだと、正解、不正解だとと結果のみに執着する俺たちのこの状況を諫めるため、勝ちなど価値のないものだというものの見方を教えるという形でお茶を濁すつもりなのだ。その考えを導きだしたネイアこそが勝者だと言いたい。
しかし、メイヴは答えが分かったと言った。この数十年、いやさ、この数百年。もしかすると人類誕生から向き合ってきたこの問題に唯一無二の正解を導きだしたというのか。俺は今日、歴史が変わる瞬間に居合わせたのかも知れない。
「ズバリ、5人を助けて1人には尊い犠牲になってもらいます」
そう言い切った。その表情はドヤ顔そのもの。ではなく、どちらかというとキョトン顔であった。こんな問題に何を悩んでいるのかとでも言いたげである。
エルフは長寿で、人間の5倍の寿命を持っている。もしかすると人間が一生かけてもたどり着けないこの難題の唯一無二の正解にエルフであれば、たどり着けるということだろうか。
「いえいえ、これはとても単純な話です。倫理でもなければ、数学でもありません。強いて言うなら算数です。少しでも賢い人ならわかることなのです」
勿体ぶる様子もなくメイヴはこう続けた。
「だって1人救うよりも5人救ったほうが良いでしょう、普通に考えて。1より5のほうが大きい数なんてことは5歳児でもわかることですよ、キースさん」
メイヴの言う5歳児が人間にとってのものなのか、それともエルフのものなのかは置いといて(エルフは人間の5倍成長が遅いので25年かけてやっと人間で言うところの5歳児である)。
「いや、だからメイヴちゃん。これはそういうことを言っている問題ではないんだよ」
「では、どういう問題なのですか?」
どういう問題なのだろう?改めて聞かれると答えに困るな。
「ええと、だから。5人を救うために1人を犠牲にすることが許されるのかとか。魔法を発動した結果、人が死ぬのであればその罪の所在は自分にあるのかとか。そう言うことかな?」
「では、こう考えてみてください。5人生き返らせるか、1人を生き返らせるかとしたら、キースさんはどっちを選ぶのですか?」
「それは5人のほうだけど、それは状況が違うというか」
「つまり、あなたは5人を見殺しにするという行為が、魔法を発動した結果死なせるという行為よりも罪が軽いというのでしょうか」
見殺し、という言葉にドキリとする。助けられる状況にあったものを助けないということは、殺人と同義だと言われている気分だ。そう考えると傍観者なんてこの世にいないのかも知れない。
メイヴの言っていることは何となくわかってきた。けれど、これは気持ちの問題だ。人の生死が自分の判断に委ねられるというこの状況が恐ろしいんだ。
「それとも、その一人のほうを救いますか?魔法防壁を雪崩の脅威に一切さらされていない村人一人にわざわざ展開して、雪崩に飲まれる5人に心の中で言い訳しますか?『この一人を守るのに手いっぱいで君たちは守れなかった』と」
ただ手を拱いて5人の死を見ているより、一応の言い訳はできるか?できるだけだが。
「よく見られる状況じゃないですか。何か緊急のことが起きても、自分のことで、他のことで精いっぱいだからと、まるでそれが万国共通、永久不変の免罪符だと信じて疑わない人だらけです。何かをすると責任が伴うから、何もしないで無責任でいられる理由を探しているんです。せめてそういう人には無責任である責任を取ってもらいたいものですね」
メイヴは曲がりなりにも一族の長を務めた経験がある。そんな彼女が無責任で居られることなど許されなかった。それ故に誰よりも責任感を持つ必要があった。そして1人よりも5人を常に優先するという考えはトップに立つものとして当然のスタンスだろう。
その「当然」は彼女の双肩に乗るには重すぎるものではあったが。確か功利主義というのだったか、そんな考え方は。それこそが彼女のブレない指針であり、行動原理。人のあるべき姿の一つだろう。
「勝敗は既に決しているかと思いますが、一応キースさんにも聞いておきましょうか?キースさんならどんな結論を出すのかを」
散々自身の正当性を主張した後、俺に解答権を譲渡するなど、本当良い性格をしているな。この場合はメイヴと同じように5人を助けるという選択をした場合は、先に答えたメイヴに点数が入るのだろう。だからと言って1人を助けるということの正当性を主張することは現状難しい。けど、そうだなやっぱり。
「俺は1人を助けるよ、メイヴちゃん」
「私に敗北するのが嫌で一か八か反対の選択肢に飛びつこうとする気持ちはわかりますが、その考えは鮮魚だと指摘せざるを得ませんね」
活きが良いのだろうか。それを言うなら浅慮であろうが、あえて言うなら千慮である。十分に考えた、というか俺の代わりに考えてもらった。だから俺は喜んで逆を行こう。一人のほうを守るため防壁を展開する。言い訳のためではなく、責任を果たすために。
「メイヴちゃんが5人のほうを助けてくれるなら、俺がもう一方を助ければ全員を助けることができるだろう」
強者の手から零れ落ちる弱者の側に立つのが俺のブレない指針であり、唯一の行動原理である。




