そんなの馬鹿でもわかります(8)
「キースさん。いい加減騙されているということに気づいてください」
俺がここまで至った経緯を物語ったあとのメイヴの言葉である。成長した子供が未だにサンタクロースを信じていると知った母親のように、憐憫と苛立ちとが半々の表情である。
「こんな美人の女性が偶々(たまたま)、魔物に襲われていてたというところは良いでしょう。しかし、何もわざわざ何処の馬の骨とも知れないキースさんを頼る理由など無いでしょう。村には手負いとは言え騎士の方もいたのですよ。選りに選ってキースさんに助けを求めるなんて正気の沙汰とは思えません」
「メイヴちゃん。いまとても非道いこと言ってるって自覚ある?」
「このまま進めば、この方の仲間のところまで連れて行かれて着ぐるみ剥がされておしまいというところでしょう」
「真面目な話をしているところ細かいことを指摘するけど、俺は着ぐるみなど着ていない。剥がされるとしたらそれは身ぐるみだよ」
「えっ!?その顔って自前だったんですか!?」
「どういう意味かな!?」
「安心してください。例え誰も愛してくれなくとも私だけはキースさんを見捨てはしません。私だけは変わらずキースさんの味方であり続けますよ。私、昔から捨て犬とか見ると放っておけない質なんですよ。ちなみに今の私のトレンドはブチャカワです」
どうやらメイヴちゃんが、女性メンバーで俺に唯一慈悲を見せてくれるのは友好だとか愛情から来るものではなく憐れみからだったようだ。(俺は捨てられていない。少なくともまだ)
「逆に言えば私以外の異性から好意を持たれることなどないのです。世の女性は例外なくキースさんを貶めるために日々画策しているのですよ。いずれ来る最後の日を恐怖しながら待っていてください」
「私、そんなつもりありません」
あまりの言われぶりにネイアが今にも泣きだしそうな俺の弁護人として法廷に立ってくれる気になってくれたのだと、心強く感じたものだったがそれは早とちりだった。彼女がしようとしているのは弁護は弁護でも自己弁護であった。
「私はキースさんを騙したつもりはありません。この先に私の仲間が待っていることなどありません。仲間なんて私には誰もいないのです」
何も知らないくせに、とでも言いたげな。どこか投げやりにも見える苛立ちを隠しきれずにネイアは語気を荒げずを強めている。
「そうですか。だとしたらなぜ、貴方はパルナ山まで向かっているのか教えてもらっても良いですか」
「それは」
口は何か言葉を発そうと何度か開いては閉じてを繰り返す。しかしその唇は悔しさからなのか、それとも後ろめたさからなのか結局はキュッと結ばれた。
「言えない、ということは何か隠し事があるということ。そんな相手を信じる道理はありませんね。ではキースさん戻りますよ」
「戻るって、ここまで来たのに!?あともう少しでネイアの目的地なんだぞ」
「だから言っているじゃないですか。騙されているんですって。仮にキースさんを騙すつもりはなくとも、私たちに言うことができない理由があるということですよ。せめてもの情けです。もしこのまま村に戻るなら同行することは許します。一人で戻るのは危険なようですから」
ネイアは胸にギュッと握った手を当て、呼吸を2,3回繰り返す。迷っているようだった。道中彼女を襲った魔物を思い出しているのかも知れない。オークにマルコシアス。いや、もしかすると俺に合う以前に他の魔物に遭遇している可能性もあった。
それらの存在は人ひとりの命を散らすには十分な脅威である。普通であれば俺たちと戻るという選択肢を選ぶほうが自然である。仮に強盗目的でここまで来たとしても、ここに独り残されるリスクは高すぎる。そう、そのはずだ。
「私は、ここに残ります」
しかし、ネイアは一人残ることを選んだ。その表情は決意と覚悟を感じるものであったが、俺には心細さのほうが勝っているように見えた。
「ここまで付き合ってくださりありがとうございました。もう大丈夫です。明るくなったら私は山頂に向かって出発します。魔物が来たら逃げることぐらいはできると思いますし」
それらの言葉は俺たちに余計な心配をかけまいとする心遣いのようにも思えたし、自分自身を安心させるための強がりのようにも聞こえた。
「そうですか。では私たちはこれで失礼しますね」
メイヴはスタスタと踵を返して歩き始めた。俺は反射的に追いかけようとしたが、ネイアの表情が目に入った。良いのか、これで?確かにネイアは俺に何かを隠していたのかも知れない。けれど彼女には何か為すべきことがあるんじゃないか。ここに独り残ってでもやり遂げるべきことが。
そして俺はそんな彼女に助けを求められたのだ。パルナ山まで連れいってくれと。俺は彼女の手を振り払うことができるのか?いいや、そんなことできるはずもない。騙されたとしても、美女に騙されたのなら本望だ。俺のマゾヒズムを舐めるなよ。ネイアの前で身ぐるみ剥がされ、裸をさらけ出す。興奮ものだぜ。
「待ってくれよ、メイヴ!」
「何ですか?まだ何か白状していないことでもあるんですか?」
「俺はもうネイアから前金をもらってしまっているんだ。だからこの依頼を途中で投げ出すことなどできない」
「キース様、何を」
俺の咄嗟の嘘、ネイアが困惑の声を上げる。俺は左手をネイアに向け言葉を遮る。
「だったら返金してください。クーリングオフってください。まだ全然間に合うはずですよね」
「それがもう使い果たしてしまって返すことなんてできない。俺の散財っぷりを忘れたとは言わせないぜ。それに金だけじゃなく、ネイアは体でも支払い済みだ。そっちはもう返金不可能だぜ」
「キース様!!」
おっと、流石にこれは言い過ぎたか。耳まで赤くしてネイアが叫ぶ。
こんな人に体まで許すとかマジですか。と心底信じられないという表情でメイヴがネイアに視線を送る。恥ずかしさやら不安やらでどうするべきかわからず地団駄を踏むネイアの姿が可愛らしい。こんな純粋な彼女が俺を騙しているなんて俺には到底思えない。
「あなたって人は本当に何も反省していないんですね。今度こそエルザさんに殺されますよ」
メイヴは額に手をあて長いため息をつき、髪をクシャクシャと数回かき混ぜた。
「わかりました。そこまで言うのなら彼女の依頼とやらを完遂しましょう」
「ほ、本当に助けてくれるのですか」
「お金を受け取っているのならそれは正式に契約が結ばれているということです。たとえ相手が悪人だとしてもそれを一方的に破棄することなんて許されません」
「ありがとうございます」
「しかし、もしあなたが私が疑った通りの悪人であればそのときは覚悟しておいてください。タダでは済ましませんから」
手のかかる仲間がいると困ったものですね。と小言をぶつぶつ言いながら、薪を集め出した。どうやら野宿の準備を始めたようである。
さて、今回の件を知ったエルザからどうやって生き延びるかということは後程考えるとして、ひと先ずは首尾良くいったこの現状を喜ぶとしようか。




