そんなの馬鹿でもわかります(7)
俺は死んだのか?居眠りから目覚めたような倦怠感のなか自分の意識を取り戻した。体が自由に動かせないな。これが死後の世界の感覚か。それとも生まれ変わった直後で体が慣れていないのか。
「目は、開けられそうだ」
俺は目をゆっくりと開く。最初はぼやけていたが段々と慣れていくにつれて、目の前に男の姿があることに気がつく。
目の前の男は薄っぺらい人間性と、胡散臭さがにじみ出ている顔をしている。事件の容疑者を描いた人相書きのテンプレートのようである。これがミステリーものの物語であれば逆に怪しすぎて真犯人のミスリーディングを誘うことすら難しそうな小物感すら漂っている。
などど不平不満を述べてみたものの、気づいたことがある。それは俺の顔だった。やべえ。俺の顔って客観的にみたら自分でもそんな風に見てしまうような顔だったのか。少しばかり落ち込んだが、おかげで理解できた。俺はまだ死んでいないということだろう。
誰だ。わざわざ俺の目の前に鏡を設置していったのは?おかげで気づかなくても良いことに気づいてしまったじゃないか。しかし、風が吹き鏡面の俺の顔がそれに合わせて歪んでいるのを見るとそれは鏡面なのでなく、水面。それも湖面であることに少し遅れて気づいた。
「やっと目を覚ましてくれましたか、心配したんですよ」
懐かしい声に顔を上げて、自分が木に逆さまに吊るされていることに気が付いた。小さな湖の湖面に自分に顔が映っていた時点で気づいても良かったのだが。手も足も出ないほどにぐるぐる巻きにされている。これではまるでミノムシである。
首を使いなんとか視線をずらすと、そこには見慣れたメイヴの姿があった。エリックたちと一緒にほとんど真逆の方向へと進んだはずのメイヴがなぜここにいる?
「びっくりしましたよ。村に一人残したキースさんを心配して村に戻ったら、若い女の人と外に出ていったというではないですか。その辺で野垂れ死んではいないかと急いであとを追いかければマルコシアスの群れに襲われているなんて、何をしているんですか?あなたの索敵魔法があれば戦闘は避けられましたよね?」
敵を発見したあとに自ら突っ込んでいったなどどは言っては何と罵倒されるかわからないので(それもまた一興ではあるが)詳細は黙することとした。幼女には罵倒されるより甘えられたい。
「メイヴが助けてくれたんだな。マルコシアスは全滅したのか?」
「いいえ?キースさんに飛び掛かった一匹を風魔法で吹き飛ばして少々威嚇したら逃げていきましたよ。加減ができずキースさんも巻き込んでしまったのはご愛敬です」
見た目が8歳やそこらの少女である彼女が言う『威嚇』という言葉を何も知らない人が聞けばそれは、子猫の威嚇を連想するぐらいがせいぜいだろうが、それは勘違いである。彼女は上級魔法を使いこなすエルフ族の精鋭なのである。であるからして、マルコシアスにはそのとききっと彼女の背後に東洋の武神であるところの毘沙門天でも見えていたのではと思う。
意識を絶たれる前にこの体を襲った衝撃はどうやらメイヴの魔法攻撃だったようだ。普段からメイヴの性格もとい正確性を知っている俺からすれば、故意だったのではと半ば確信していたが敢えて触れることはすまい。レディの粗相は見て見ぬフリをするのが紳士の振る舞いというものだろう。幼女のおかげで九死に一生を得たという事実を受け入れよう、真摯にね。
「それはそうと、メイヴちゃんにも苦手分野というか見た目相応に不器用なところがあったんだね。いくら医療に疎いといっても包帯の代わりに縄を使ってこんなにグルグル巻きにするなんてカワイイところもあるんだとホッとしたよ。しかし、メイヴちゃん。この状態でさらに宙づりにするなんて、それは見る人から見れば拷問もしくは刑罰のそれだよ。あっはっは」
「いえいえ。エルフとは本来、森を縄張りとする種族ですから薬草などの類には詳しいのです。傷の処置なら、既に完了しています。そしてその有様は見ての通り刑罰の真っ最中ということで間違いないのですよ」
「俺が罪な男だというのならその事実は甘んじて受けよう。しかし、こんな仕打ちを受ける謂れは覚えがないな」
「美人姉妹、覗き、ちょび髭」
ゾゾゾっ。全身から血の気が一気に引いた音がした。その三つの語句はそれぞれ何の共通点もない、そうそう同時に使用される場面もない。しかし、この瞬間に置いてはこれ以上ないほど俺の立場を表す指針でもある。その三点の中心に俺はいる!
「カッコよく誤魔化そうとしても無駄ですよ」
メイヴの手にはいつの間にか昨今では死神ですら使用しないであろうほど大きな大鎌を持ち、一歩、二歩と俺へと歩みよってくる。
「村に戻って唖然としましたよ。少々心配し過ぎかなと、これはきっと杞憂に違いないと考えていた自分をこれほどまでに愚かだと思ったことはありません」
メイヴは心底失望したように俺のことを見下す。
「村で女性二人の裸を覗き見たばかりか、オークの来訪を良いことに状況を煙に巻き、逃走。あろうことか、被害者の女性に村を出る際に、気分を害するセリフを吐いたとは、どういうことですか?」
「いいや、待ってくれ!濡れ衣なんだ、それに釈放されたのだってオーク二体を倒した恩赦だって言ってだな」
「言い訳はしないでください。自分ばかりか仲間の品位を落とすような行動を取るなど言語道です。こんなことは今後できないよう胴体を切断するしかありません。今後胴断です」
「いや、上手くないから。それに胴体切断したら今後なんてないから!」
大鎌を持ってジリジリと距離を詰めるその姿はまるで死神のように見えた。
「大丈夫です、痛くないようにしますから」
「胴体を切って痛くないってどういうこと!?それって即死じゃないかな!」
メイヴの目がマジである。というかイッちゃってる。そうだった。あの3人の女子の中で身内のトラブルに優しいのはメイヴだけど、第三者を巻き込んだときに誰よりも冷酷な罰を与えるのも彼女だった。管理者気質なのだろう。流石は元女王。ああ、どうせ死ぬんなら今度こそイケメンに生まれ変われますように。
「止めてください!!」
ヒュン、と鎌が俺の胴体を縛る縄に触れた瞬間、メイヴの動きが止まった。
「キース様は私のためにここまで来てくださったのです。ですからどうか刃をお納めください」
ネイアの声は大きいものではなかったが、不思議と耳を傾けずにはいられない威厳に満ちていた。そう感じたのはどうやら俺だけではないようで、メイヴは渋々と大鎌を下ろし、呆れたようにため息をついた。
「はあ。キースさん。この女性のことも話してもらいますよ」




