人は見た目で判断しません(11)
「これはどういうことですかな」
よほどメイヴを信頼しているのか、俺が剣を振り下ろした瞬間も、こうして対峙しているこのときですら恐れる素振りを決して見せていない。檻に入った獣でも見るかのように優越と憐れみを浮かべている。
「どうもこうもない。言ったじゃないか。メイたちをあんな目に遭わせた奴は許さないってな」
「私があの事件の黒幕だとでも言うのですか?ははははは、これは愉快だ。一体どんな推理をしたらそうなると言うのですか」
俺は一度、メイヴの大鎌を剣で弾きその勢いで後退し距離を取る。鍔迫り合い(鎌に鍔など無いのだが)の状況では危なくて会話なんてできないからな。
相も変わらずメイヴの表情には変化はない。その全身からは殺気が放たれており、これが全て俺に向けられていると思うとぞっとする。メイヴのことも気になるが、まずはジルだ。
「簡単だ、お前は首謀者側しか知らない情報を知っていた」
「ほう?その情報とは?」
「俺は一言も、教会の孤児がガーゴイルの代わりに出品されたなんて言ってないぜ」
「そんなことですか。いやいや現場に残された出品リストを見ればわかることではないですか?冤罪で人に刃を向けるとは。残念ですが、これはもう言い逃れようのない罪ですよ」
「馬鹿が、出品リストに記載があれば観客は事前に知っていたはずだが、メイたちが出品されるのに奴らが知ったのは直前だ。そしてそのことを知るのはあのオークション会場に居たものか、オークションの主催者しかいないぜ」
俺たちは昨夜、メイたちをジルに会う前に教会へ預けた。ジルには俺から説明すると言ったらシスターたちは何も疑わず信じてくれた。ジルにこの事実が伝わらないようにな。
パンパンパンっ、とジルは観劇中の観客がするのと同じように大げさな拍手を俺に向けた。
「素晴らしい。これはしてやられましたな。そうですとも私こそがこの町で行われている闇取引の黒幕ですとも」
「やけに素直に認めるんだな」
「ええ、もちろんです。見苦しい言い訳は立場を悪くするだけですからな。引き際を見極めるのも商人として重要な能力なのです」
「一応聞いておこうか。なぜ、こんなことをしたのかをな」
「決まっているでしょう。利益のためですよ。密輸、人身売買は儲かるんですよ。普通であればハイリスクですが、領主である私であればそのリスクを最小限に抑えることができる」
犯罪集団が恐れるものはいくつかあるが、その中でも憲兵を始めとするものたちの存在だろう。しかし、ここの領主であるジルに行政権の一部を行使することできる。そのジルが奴隷商となれば、奴らを止めるものなど居ようはずもない。住民の安全など初めから存在していなかったのだ。
「この町を裏切っていたというのか?そんなことして商人のプライドは傷つかなかったのかよ」
「何を今更。商売とはそもそも相手を騙して、いくらの行いなのですよ。例えば100イェンのリンゴを200イェンで売り、利益を得る。それが商売。極端に言えば、相手を謀り、少ない元手で出来る限り金を相手から搾り取る。それが商売の本質でしょう。貨幣というものが生まれたその瞬間に等価交換という概念など消え去ったのです。知恵のあるものが無いものから一方的に搾取する。それが資本主義者である私の生き方なのです。騙されるほうが悪いのですよ」
商業都市『ヘルメス』。この町の名前の由来となっているその神は商売の神であると同時にもう一つの側面を持っているという。詐術に長けた謀略の神としての一面である。
「さすが領主を務めるだけあるな。この都市の名前を体現してるって訳かよ」
「ここまで深入りしたのです。よもや生きて帰れるなど思わないことですな」
それまでもの言わぬ人形のように微動だにしなかったメイヴだったが、ジルが指を鳴らした瞬間に放たれた矢の如き俊足で距離を詰める。
「うおっ!」
何とか一撃を受け止めたが激しく態勢を崩された。この小さい体躯のどこにこんな力が隠されてんだよ。
「んがっ」肋骨で守られていない脇腹に思いきり足がめり込んだ。メリメリと音が聞こえてきたかと思えば、吹き飛ばされ壁へと衝突し、受け身を取ることもできず地面に倒れこんだ。
「何をしに来たと言うのですか?」
顔を上げるとメイヴが無表情のまま、俺を見下ろしていた。
「お前のほうこそ何やってんだ。ジルがやってきたことを承知であいつを守るってのかよ」
「ええ、全て知っています。表では領主として町を守る振りをして、その裏では密輸、人身売買を取り仕切る黒幕だということも」
「そこまで知っておきながら、あいつの味方をしていたのかよ」
「だったら何だというんです?」
「そんなに幼いエルフを責めるものではありませんよ、エリック殿。私とそいつとの間には取引があったのです。そしてこれが取引の契約書のようなものです」
ジルは左手の甲をこちらに見せつけるように上げた。その瞬間、赤い紋様が浮かび上がった。
「きゃああああ」
それと同時にメイヴが悲痛な叫び声をあげ、さきほどまで一切の感情を覆い隠していた顔は苦痛に染め上げられ耐え切れず膝を折るほどである。
「おっと、いけない。メイヴにはまだ働いてもらわないといけないですからな」
「奴隷印じゃな。あの呪印が刻まれたものは術者に逆らうことなどできはしない。しかし、解せんな。メイヴほどの実力があれば例えあのオークション会場の仲間を引き連れていたとしても呪印が刻まれることなどあり得ないはずじゃが」
「んん?何ですか、そんな不思議そうな顔をして?ああ、そうですか。どうやって私がメイヴに奴隷印を刻んだか気になるのですか。先ほども言ったじゃないですか、これは契約書のようなものだと。メイヴは自らこの呪印を受け入れたのですよ」
自ら受け入れるだと、一体何のために?そして何を引き換えに?
「メイヴが差しだしたものは自身の能力、そして私は代わりにエルフを商品として売り出すことをやめたのです」
「エルフを商品だと」
「ええ、驚きましたよ。あの高潔で美しいエルフが指導者を失い、ただ悪戯に数を減らしている姿をみたときは」
「指導者なら、メイヴがいたじゃないか」
「あなたは本当にこの幼いエルフが満足に一族をまとめられていたとお思いですか?統率の取れていないエルフなど、宝石が無防備で立ち歩いているに等しい。奴隷商はこぞってエルフたちを蹂躙したものです」
想像する。古くからの王族の血縁。能力ではなく、資格があるという理由だけで選ばれた幼い子供が一族を率いることができるか。否である。あの聖戦でほとんどの実力者が戦死したというのなら猶更である。
その間、メイヴがどのような思いをしたかは想像に難くない。かつての栄華は消え去り、徐々に衰退していく一族の姿そして、次々と人間の悪意に襲われる仲間。そのどれもがメイヴの責任ではない。誰もが分かっていることだ。他のエルフもメイヴを責めることなどしなかっただろう。
しかし、メイヴは?他の誰でもない自分自身を責め続けたのではないか?現実を受け止め、それでもなお自分の勤めを果たそうとした努力の先に救いはなく、奈落へと突き進む一族の姿。そこに何を見出し、何を見失ったのかはメイヴにしかわからない。
「捕らわれたエルフを助けに来たメイヴと私は出会いました。鬼気迫るとはあのことでしょう。そこにいるメイヴは私の部下20人を一瞬のうちに屠ったのです。私はその場で彼女に取引を持ちかけました。『味方になってくれるのなら、もうエルフに手出しはしない。それどころか衣食住を保証しよう』とね」
手のひらから零れ落ちる砂を、それでもその一粒を取りこぼすまいと神経はもう擦り切れる寸前であったことだろう。いや、もう擦り切れていたのかも知れない。ジルの提案は到底許容できるものではなかったはずだ。少なくとも失った同胞を想えば。しかし。
「今まで自分の一族の尊厳を傷つけてきた私からの提案でしたが、彼女はうなずいてくれました。それからというもの、オークションの商品調達、邪魔者の排除と大いに働いてくれました。目の前のその少女の手は既に血で真っ黒に染め上がっているのです」
『商品』とは何を指し示し、『排除』とは何を意味するのか。そのぐらいは俺にでもわかる。そしてそれらをメイヴが為してきたことだということも。
「本当なのかメイヴ」
「人間のような忌まわしい生物などどうなっても構いません。その醜悪な生物が自ら陥れあうその様は見てて滑稽とさえ思えます。私は人間など嫌いです」
「お前がしたことはかつてお前の同胞がされていたことと同じことなんだぞ」
「うるさい!」
それまで冷静を保っていたメイヴの表情は、歪み、悲痛なものとなっていた。それはまるで家屋を長年支えてきた大黒柱が重みに耐えきれず自壊する様子を連想させた。
「人間は嫌いだ。ジルも嫌いだ。私がこんなことをしなくてはならない理由全てが嫌い。そしてそれを邪魔するお前も嫌いだ。嫌い、嫌い、嫌い、嫌い!」
メイヴは鎖を引きちぎった獣のように獰猛に襲いかかる。エルフの攻撃は舞踊に例えられるほどに洗練された流れを持つと聞くが、これは違う。筋力、推進力、遠心力、重力。とにかく力と名の付くもの全てを殴りつけるかのように一撃一撃を繰り出している。
あえて流れに例えるなら濁流だ。あらゆるものを取り込んだその流れを制御することなどもはや本人にすらできないのだろう。
「弱者から搾取するものが嫌い。何も知らずに呑気に暮らしているものが嫌い。私を利用している奴が嫌い。私に負ける弱いものが嫌い。私を女王に祀り上げたものが嫌い。私を置いて死んだ父様が嫌い。私を連れて行ってくれなかった兄様が嫌い。私をこんな目に遭わせているものすべてが嫌いだ。私は」
私は自分が嫌いだ。
すでに思考はまとまらなくなっていたのだろう。ギリギリの表面張力以上に頼りないバランスで何とか保たれていた感情を俺は溢れさせてしまったのだ。自身の理想と現実、その矛盾に耐えられず。しかしそのどちらも受け入れることができなかった。これはその中で蓄積された澱のようなものだろう。
その勢いを止め切る防波堤など俺に用意できることなどできるはずもなく易々(やすやす)と押し切られ、いつの間に壁を背にしていた。これ以上引くとこもなし。
くそ、手段を選んでもいられないか。剣に込められた魔力、その3分の1を開放する!
『恩寵を借り受ける者』
これまでの損傷、喪失の一切をなかったものであるかのようにコンディションは最大値を超え改善されていく。亀のごとく防御に徹するだけだった俺だが、今ならかろうじてメイヴの攻撃を目で追える。少なくともこの場を一時的に凌げるくらいにはな!
受ける一方だった状態からこちらの攻撃を織り交ぜる打ち合いにまで持ってきた。あとは気合いの為せる業だ!うおらあああ!
どうやら埒が明かないと判断したのか、メイヴは跳躍し後方へと大きく距離を取った。恩寵を借り受ける者で体力、魔力ともに向上しているとは言え、体力の消耗が激しいな。しかし、幸いにもそれはメイヴも同様のようだ。あれだけ感情に任せて身の丈以上の大鎌を振り回しているのだ。息は切れ始め、顔には汗が滲んでいる。




