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魔王の力をお借りします!  作者: 働く猫の日常
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人は見た目で判断しません(1)


「さあ、どんどん食べてください!遠慮しないで、皆さんがいなければこのテーブルいっぱいの料理とは比べようもないほどの大損失を被っていたのですから」


領主のジルは上機嫌で、次々と運ばれてくる料理を食べるよう促す。その顔には余分な脂肪などなく、裕福な生活とは程遠い引き締まった印象を受ける。ゆったりした服装をしているため体つきははっきりと確認することはできないが、その布の下も恐らくは鍛えられあげていることだろう。装飾品も豪華絢爛なものは一切なく、右手の中指に嵌められているシルバーリングぐらいのものだ。


商人の信用というものはつまりは資産運用能力と直結するものであり、自らの資金力を見せつけるために一目で高価だとわかる首飾りや指輪の類(たぐい)をまるで油絵の厚塗りのように身に着けるものだ。もしかすると脂肪を蓄えることすらも、食生活の余裕を誇示するためなのではと思うくらいである。


髪も短く整えられており、私が知っている商人の成功例としての描写とはかけ離れているが、不思議とその痩身から有り余る自信を感じる。一見するとへりくだって私たちをもてなしているようにも見えるが、その視線や振る舞いかたから、むしろそうしてもらっているのが申し訳ないと感じるくらいには威厳に溢れている。


「いやいや、当然のことをしたまでですよ」


キースもすっかり浮かれた様子で受け答えをしている。どうやらジルの風貌に妙に畏まってしまっているのは俺だけのようでキースはただ目の前の食事と、この屋敷で働いている美人給仕係に上機嫌である。「当然のことをした」とい言いながら鼻の下が伸び切っている。


村から逃げるように出発した俺たちだが、迅速に行動したこともあり、何とか国境を越えることに成功した。俺たちがいたアスガルズ国の領土では既に指名手配されていることだろう。


この国の領土に入り、1か月が経つ。その間にも1つ、2つの冒険があったものだ。道中、エルザが炎神の宝玉を無くしかけたときは本当にぞっとしたものだが、それも何とかなった。「私のものなんだから、無くすのも私の自由でしょ」なんて開き直られたときはその暴虐武人ぶりにあきれ果てたものだったが、その両の目には涙が浮かんでいたため、責めることはしなかった。まあ、何とかなったからOKだ。その他のあれやこれやも紆余曲折ありながらも無事に乗り越え、俺たちはここ商業の都「ヘルメス」にまでたどり着いた。


商業の神の名前を冠するだけはあり、その都は遠目に見ても栄えていた。魔物の侵入を阻むためか、防壁がおよそ16メートルほどだろうか、そびえたっていた。それだけでも驚きなのだが、中心の建物のいくつかはその丘のような壁を超える高さであった。


中に入って人々の活気にも驚かされた。俺たちの村の総人口がまるで一同に会しても足りないほどの人だかりが広場にあったからだ。絶えることのない川の流れのように次から次へと人がそれぞれの目的のために足を動かしていた。


田舎から出てきた俺たちはすっかりその光景に心奪われた。


そんな都のいわば中心と言えるここ領主の館でなぜ俺たちがこんなにも厚待遇を受けているのかということにも触れなければなるまい。


時は少し遡る。数刻前、段々と距離が近づくにつれてその全貌が明らかになる都にすでに戦々恐々としながらも歩みを進めていると、中型の魔物数匹に囲まれた行商の馬車の一団がいたのだ。それらの魔物はオオカミのような外見ではあるが全長は2メートルはあり、その牙は口の中には納まらず、約20センチほどむき出しになっているものが2本あった。ひとたび噛みつかれれば振り払うことは困難だろう。


馬車が迂回しようとも難なくその正面に回り込む駆動力もあり、護衛を2人雇っていたようだが10匹は超える魔物の群れには十分な戦力だとは言えない。


俺たちはもちろん、その行商を救うべく行動を起こした。いやほとんどエルザとシルビアのおかげなのだが。とにもかくにも、その積み荷は相当の値打ちがあるものを運んでいたらしく、その雇い主であるジルがそのお礼にと俺たちを屋敷に招いてくれたのだ。


「借りたものは即日返却しないと済まない気質なのですよ、我々商人は。後々、利子でも付けられるとかないませんからね。キレイどころもそろえておりますから、どうぞ心身共にリラックスしてくだされ」とジルはそのマシュマロのような頬を上げて笑みを浮かべる。


周りにいる給仕服に身を包んだ仙姿玉質(せんしぎょくしつ)の美女たちは次々と料理を運んだり俺たちのグラスが空けばすぐにでも果汁をそのグラスに注いだり俺たちをもてなした。


「最高ですよ、こんなにも美人でお淑やかな女性がこの世にいるなんて。その美貌と性格は両立しないものだと思ってました。だって俺の周りには美人でも性格に難がある女性しかいな」


キースの言葉は遮られ、キースの顔面にエルザの掌底(しょうてい)がさく裂する。殴られたキースはそのまま横に立っていた給仕係 (メイドというらしい)の一人に無事にキャッチされ地面に倒れることはなかった。衝撃で口の中が切れたのか。口からは血が零れている、幸運にも美女の胸に飛び込めた喜びに顔が一瞬緩んだがすぐに殴られた怒りを取り戻した。


いや掌底て。そう言えば鍛錬を積んでいない一般人がグーで殴ると拳を痛めると、いつだかエルザが言っていたのを思い出した。「『殴ったこっちも痛いんだ』なんてセリフを稀(まれ)に聞くけれど、私はごめんだわ。何で気分を害した上に手も痛めないといけないのかしら」とも語っていた。


「いきなり何しやがる、エルザ」


「頬にハエが止まっていたから潰してあげたのよ。良かったわね。何を話していたかは知らないけれど、その言い方だと一緒に旅している女性の性格がまるで破綻しているかのような印象を受けるところだったわ。口には気をつけないと大変なことになるわよ」


先ほどの掌底と今の言動で見事性格の破綻ぶりを披露したその手腕に無意識のうちに脱帽する俺だった。まあ、帽子ないけど。


先ほどから洗練された所作で俺たちをもてなすその美人メイドたちは、しかし俺のところには一切来ようとしない。原因は明らかだ。


「あんな暴力狂信者のことなど放っておいて私(わたくし)たちは料理を楽しみましょう、エリック様。さあ、お口を開けてください、これでは食事をお口にお運びすることができません」


そう言って必要以上に俺に体を押し付け、アンニンドウフという東方の国由来の料理をスプーンに乗せて俺に食べさせようとするシルビアが全ての元凶だ。


俺のグラスに果汁を注ごうと近づくメイドがいれば、その鋭すぎる眼光で相手を凍り付かせ、俺に話しかけようとするメイドがいようものなら居合の達人の間合いに入ったかのような殺気を放ち、先ほど一人のメイドの意識を奪った。


そして恐ろしいことにその殺気は俺にも向けられているようにも思える。「まさかこのような女どもにほだされるなんてことはありませんわよね」という無言の狂気を感じる。顔が笑顔なだけに余計に不気味だ。


怖ーよ。とんだヤンデレガールだ。


「あら、シルビアさん。何だか『暴力狂信者』という誹謗中傷が重ね掛けされた言葉で呼ばれた気がしたのだけれど気のせいよね」


シルビアが恐らくはエルザに聞こえるようにやけに大きな声で発せられた言葉はやはり自己愛溢れるエルザには届いたようで、その顔は澄ましたものだったがその眉の端が不自然に歪められている。


「私(わたくし)は別にあなたに向けて言ったのではありませんが、気に障ったのなら何か心当たりがあるのではありません?」


「いえいえ、まさかナルシストが勘違いして、あたり構わずに殺気を放っているばかりか、自分のことを棚に上げて誰かを軽蔑しようと言うのなら諭してさしあげようかと思っただけよ。自分の脂肪の塊を相手に押し付けて嫌がれるとは微塵も思っていなのなら猶更(なおさら)ね」


「確かに自分のことを棚に上げて、美人シスターだとか、人望溢れるだとか言っている自画自賛の勘違い女ほど痛々しいものはありませんわね。仲の良いご友人にでもご指摘していただければ良いのに。あら、失礼。そんな人もいないでしょうね、そんな性格をしていると」


「そうね、誰のことを言っているか皆目見当もつかないのだけれど、自分のことを棚にあげる人が見苦しいというところだけは賛成ね。誰のせいで故郷から逃げ出さなければならなかったと思っているのかしらね」


「私(わたくし)は全くお願いしておりませんわ。むしろ私とエリック様の愛の逃避行に何でついてきているか理解に困りますわ。邪魔者はいつでも退散していただいてもよろしくてよ。ねえ、エリック様」


いや、頼むからそこで俺に話を振らないでくれ。そのシルビアの上目遣いにドキっとはしてしまったがそれ以上にエルザの視線が痛すぎる。


「ははは、一体何を言っているんだ、シルビア」などと乾いた笑みで何とか場を凌ぐ。くそう、キースのやつこんな時にも美人に囲まれて浮かれやがって。天罰下れ、魚の骨でも喉に刺さりやがれ!


しかし、なんだろう。この二人、村にいるときはそれなりに上手い距離感で付き合っていたはずなのだが、村を出て行動を共にするようにしてから一触即発という感じだ。確かに薄っすらと気が合わないのだろうなということぐらいはわかっていたが。性格が似ているというかキャラ被りしているのに同族嫌悪だろうか。


配置的には大きな長方形のテーブルを挟んで俺、シルビア、そしてキース、エルザと座っているためにシルビアとエルザは真正面から対峙している形となっている。うん、当分この二人のほうをみるのは止めよう。こういう時は会話に参加している素振りを見せてはならない。「あなたはもちろん私の味方よね?」と言わんばかりの質問を両者から求められたらたまったものではない。


実際にこれまで幾度となくあったのだが、そのたびに細いロープの上に渡り切るかのような戦いに身を投じることになった。言葉選びを間違い落としどころを踏み外すと、片方から攻撃を喰らうことになる。これは比喩表現ではなく、実際にエルザに中級炎魔法(フレイム・テンペスト)をぶち込まれたときは下腹部が抉れた。


そういった事態を防ぐために俺は視線をキースとジルのところへと固定した。はい、俺は女性2人の熾烈な心理戦になんて全く気づいてないですよ。


シルビアの視線が外れたからか給仕係の女性の一人と目が合い、彼女は軽い会釈をしてくれた。スカートの裾を掴み、優雅に一礼しただけだがその所作は美しかった。


確かにキースではないがその女性たちに目を引かれるものがある。給仕服に身を包んだその女性たちの髪はまるで本物の銀のように輝きに満ち、その肌はシルクのように純白で、髪からのぞく宝石のような蒼い瞳は神々しいと言って差し支えない。そして人間のそれよりも長く尖った耳、それらは妖精(エルフ)族の証であった。


「ここのエルフたちを見るために、この都を訪れる人も少なくありませんからな。魔法の腕ももちろん、歌や舞踊、そのほかにも彼らは実に芸達者で、助かっておるのですよ」


俺の視線に気づいたジルが気を遣うように彼女たちの説明をしてくれた。


「ええ、ほんの数か月前まで住処を失い、行く当てもなく旅を続けてきた私たちに仕事と住むところをジル様は与えてくださったのです」


給仕係の一人があるエルフがまるで自分のことを話すように誇らしげに語る。


妖精(エルフ)族。平均寿命は400歳と長く、その長い寿命の中で培ってきた魔法と武芸は先の聖戦においても発揮された。彼らがいなければ聖戦で勝利を収めることなどできなかっただろう。


しかし寿命が長い一方、生殖能力が乏しい彼らはその長い闘いの中で次々と数を減らしていった。そして聖戦の中で有力者たちはその命を散らした。結果としてエルフの集落や国の多くはその形を留めることは難しく、散り散りになっていったのだとか。


「私たちはまだ幸運なほうです。王族の血統であるメイヴ様がご存命であられたのですから。若くして一族の運命のその双肩に背負われたメイヴ様には感謝してもしきれません。しかし、この都にたどり着くまでに多くの犠牲を払いました」


過去のつらい記憶を思い出したのかエルフの一人が肩を竦め、その両手は震えている。ジルはそのエルフの肩に手を置き、彼女の代わりをするかのように口を開いた。


「散り散りになった妖精(エルフ)族をさらい、奴隷として売買するものまで現れ始めました。かつて共に戦った仲間に対してどうしてそのような扱いをできるのか、私には理解できません」


「実際に私たちの中には奴隷としてさらわれてしまった者もおりました。私たちが助け出した時にはもう」


「そしてそれらの事柄は決して他人事ではないのです」


「他人事ではないと言うと?」


「この都でも人身売買が行われているという噂がありましてな。真偽のほどはわからないのですが、もし本当であれば決して許すことはできません」


これほどの都市だ。いろいろな奴が集まってきているのだろう。「色々」の中には善人はもちろん悪人も当然含まれる。善と悪とはっきり人間を区別することはできないが、命に値をつけて商売するなどあってはならない。


「まさか、エルフが売買されているというのか?」


「いいえ、ここに住む妖精族は私が責任をもって保護しております故、そのようなことは起こりえません。どうやらどこぞでさらってきた「人間」を売り買いしているのだとか」


人間が人間を売って買う。商品として売られた人間がどういう目に遭うか想像に難くない。商品と所有者。その構造は人間の倫理観を容易く歪ませる。


「そのようにして売買された人間には決まって奴隷印が刻まれます。一度刻まれれば命令に背くことはできなくなります。人間としての尊厳を奪われるのです。確かに商売で最も予算を逼迫させるものは人件費であり、それを奴隷で穴埋めできるというのは商人にとって魅力的ではあります。しかし、私が治めるこの都でそのような暴挙許すことなどできません」


ジルは拳を固く握った右腕を掲げ、その決意を口にする。周りにいるエルフもその姿を見て安心しているようだ。よほどジルはエルフたちに信頼されているのだろう。


「奴隷印(どれいいん)と言ったかしら、ジルさん。刻印された相手は絶対服従なの?本当に逆らえなくなるの?」


先ほどまでシルビアと冷戦を繰り広げていたエルザであったが俺たちの会話を聞いていたらしく奴隷印について興味を引かれたようだ。しかし、その話題は、、、


「おい、エルザ。その話はもう終わりだって。せっかくだからこの都の観光所について話を聞こうじゃないか」


「私のこの知識欲を止めることなんて誰にもできはしないわ。どうしても聞かなくてはならないのよ」


「そうですね、相手に拒否権はなく、逆らおうとすれば全身に激痛が走ることになります。それを繰り返すうちに逆らう気力がなくなっていくというのが奴隷印の恐ろしいところです」


「それは例えば、『今夜一緒のベッドで寝る』というような命令でも可能なのでしょうか」


シルビアまでもが前のめりに質問を重ねてきた。


「はあ、そのくらいであれば問題ないとは思いますが」


「じゃ、じゃあ。『私と手つないで一日中デートする』なんて命令も」


「可能かと」そう答える、ジルも質問の意図が分からずただただ困惑している様子である。そうだろう、これまで付き合ってきた俺だからこそわかる。いまこいつらは割と低俗な欲求に駆られて確信を得ようとしている。


「それでは、『エリック様と×××を△△△して***する』なんてことも!?」


「とうとう俺の名前出しちゃったよ!そして俺に何をやらせる気だよ!?」


「いえ、むしろエリック様がお望みであればこの私(わたくし)に奴隷印を刻んでいただき、喜んで名実ともにエリック様の奴隷になりましょう」


「全然お望みじゃねんだよ!奴隷なんて名称で呼ぶ事も実際にそう扱うことも一生ねえよ」


「俺はいつでも君の美貌の奴隷だよ、シルビアちゃん!」


「あなたからの隷属(れいぞく)なんてもはや呪いよ」


絶対零度を思わせるような冷たい視線をシルビアから一身に浴びるキースだが、その頬は緩み、手を額に置き、まるで塩コショウの効いたこんがりと焼かれた牛肉を口いっぱいに頬張ったような恍惚(こうこつ)の表情を浮かべている。


こいつもこいつで村から出たら色んな意味で開放的になったな。どんなことになっても俺だけはキースの友達でいよう。大丈夫だ、キース。性癖は人に迷惑がかからないかぎり自由だ。


コホン。とわざとらしい咳払いをしてシルビアは席を立ちあがり嬉々としてジルのほうへ視線を戻す。


「ジル様、この都市を蝕む人身売買、もとい奴隷商の捕縛を私(わたくし)にぜひお任せください。このようなおもてなしを受けたお礼をぜひさせてください。やましい気持ちなど砂粒ほどもありませんわ」


「いえ、ですからこれはそもそも積み荷を守っていただいたお礼にと」


「そんなお礼などグラス一杯の水で十分だわ。ここでご馳走になった食べ物のお返しをしないと私の気は一向に晴れないわ。ええ、やましいことなど皆無だわ」


相も変わらずポーカーフェイスだが、俺にはわかる。明らかに嬉々としている。この話題に関しては他の追随を許さないと、言葉がかなり食い気味である。


むう。ことさらに「やましいことなどない」と強調されると余計に怪しい。自然を装うとして不自然になっている。非常に私利私欲極まりないことが理由であるように感じられる。


まあ、誰かのために行動するということは何が理由であったとしても止める必要はないだろう。


ということで俺たちはどうやら明日からその奴隷商を見つけて成敗することとなったらしい。








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