生まれた場所から旅立ちます。(3)
村を取り囲んでいる森を抜けると広い草原へ出た。空は晴れ渡り風を穏やかで、このようなときでなければ家族でピクニックを楽しむものがいてもおかしくはない。
しかし俺たちは平和そのものであるその平穏を響き渡る蹄鉄の音で片端から追い払う。
俺たちは何とか慣れない馬に苦戦しながらも村からの脱出には成功したが、それでも彼らは追跡を諦めない。しかもやはりプロだ。着実に距離を縮められている。このままでは追いつかれる。
「くっ。私が万全であればあんな人間どもなど」
「いいからシルビアさんは大人しくして。振り落とされるわよ」
先ほど初級魔法を発動させたときの様子を見る限りシルビアのさらなる魔法使用は控えさせるべきだろう。本人は大丈夫だと主張しているが、本当に命に関わりかねない。
しかし、このままでは。
「おい、どうする?このままだとノール川にぶつかるぞ。水深はそこまで深くないとは言え流れも急で幅がある。馬で渡るのは難しいぞ!」
正面を見ると川幅数十メートルにも及ぶノール川が見えてきた。辿っていけば海に到達するこの川の流れは速い。水深も深いところでは2メートルを超す。馬での横断はもちろん、泳いで渡り切ることは不可能だ。
横断用の橋はあるが、距離がありすぎる。迂回している間に追手の騎士に追いつかれることは確実だ。
「やれやれやっと余の出番か。」
いままで沈黙を守ってきたマイラが自分の出番がきたとばかりに声を上げる。
「エリックよ、キースが持ってきた剣を手に取るが良い。話はそれからじゃ」
今更剣だと?追手をそれで切り捨てろというのか?自慢じゃないが10秒の足止めにならない自信があるぜ。
「誰もお前にそのようなことなど期待しておらぬ。良いからさっさとするのじゃ」
どっちみち他に選択肢はないか。俺は慣れない手綱を操りキースへと近づく。
「キース、お前が持ってきてくれた剣を俺に貸してくれ」
「良いけどどうするんだ?まあ、いいか。どうせ聞いてもわからないだろうし。ほら受け取れよ」
「おう、ありがとうよ」
こんなものでどうするかなんて俺のほうが聞きたいくらいだ。そう思いながら剣を受け取った俺だが、その刀身をみることでマイラの考えを知ることができた。
「どうなってんだ、何で」
刀身には魔力充填の完了を表すバラの花弁のような紋様が浮かびあがっていた。あの日の全て剣に込められた魔力は上級魔法3回分使い切ったはずなのに。
「ふふん。どうやら気づいたようじゃな、余の偉大さに。あのような素材を使い捨てにするなど魔王様の腹心である余のすることではない!魔力が空になった時に自動的に充填するように術式を組みこんでおったのよ!3日もあれば空気中よりマナを吸収し、充填は完了するわ!」
あの『宝玉』の術式を参考にしたというのが気に食わぬところではあるがな。と最後に付け足したのはマイラなりのプライドだろう。
しかし、そのおかげでこの窮地を脱する光明が見えた。
「このままノール川に突っ込むぞ。道は俺が拓く」
「お前マジで言ってるのかよ!?どう考えても渡れるわけないだろ!いいか、自棄になっても良いことなんてないんだぞ。はっ、まさか。エルザとシルビアさんの衣服をあえて濡らして、濡れた衣服で強調されたボディーラインで騎士を油断させようって作戦だな。そんな作戦思いつくなんてお前は天才か!?」
「よーし、キース。そこになおれ。ここで煩悩ごとお前を吹き飛ばしたほうが世のためになる気がしてきた」
「冗談だ、冗談!だから剣先を俺に向けるのはやめろ!目がガチなんですけど!俺、お前を助けようとしてる親友なんですけど!」
「信じて良いのね?」
「ああ、このままスピードを殺さず走り切ってくれ、そのあとのことは俺が何とかする!」
エルザは俺の返事を聞くと馬の速度を上げる。その動作に一切の迷いはない。俺たちもエルザに続き速度を上げる。
後方では先ほどと同等かもしくはそれ以上の攻撃魔法が展開されている。あちらもここで俺たちを捕らえるつもりなのだろう。
あの魔法はエルザの魔法防壁でも防げるだろうがシルビアを抱えたこの状況で万全の魔法を発動することは難しい。
ならば、それは俺の役目だ。俺を信じてついてきてくれたエルザとキースに今度は俺が応える番だ!
「大盤振る舞いだ、俺のとっておき3連発食らいやがれ」
後方より魔法が発動され無数の炎弾が放射線状に俺たちに襲いくる。俺たちの実力を過大評価した上での全力展開だろう。全力全霊という訳だ。
「戦場駆ける英雄の盾」
砲撃が俺たちに着弾する瞬間、円形に広がる直径約9メートルに及ぶ俺の防壁魔法がそれらを尽ことごとく防ぐ。あの襲撃の日よりもいくらか魔法の発動に慣れた分、より強固になっている。
「そして次はこっちだな、活路を拓く!」
ノール川は確かに流れも急で幅もある。繰り返しになるがこの川を横断するのは絶対に無理だ。つまり、俺たちが渡り切ってしまえばあいつらは追って来れないということだ。
俺は剣に込められた魔力を再び解放する。
「竜を穿つ一条の光!!」
幼体とは言えあの飛王竜に致命傷を負わせた一撃は剣先からまっすぐ正面の川面へと伸びる。地面を削りながら向こう岸まで突き抜けた。放出された魔力に水は一時的にであるが左右に押しのけられた。
限りなく短い時間ではあるがその攻撃は川に俺たちが進む道を作った。これを走り抜けられれば逃げ切れる!俺たちは瞬く間に閉じていくその道を持てる力を振り絞り駆けていく。
「させるか!」
後方から先程の攻撃とは比べ物にならないくらいの高密度の魔力が発せられている。あれは団長だ。
後ろの追っての集団から団長のみが飛び出し、閉じつつある川の道を怒涛の勢いで駆けている。団長の想いに応えるようとするかのようにその馬も速度をあげる。
俺たちが川を渡り切った後に続いて団長も間一髪、岸にたどり着く。他の追手は対岸で立ち往生しているのが見える。
「おい、マジかよ。追手のほとんどを振り切ったのは良いけどよ。一番厄介な団長さんがまだ追いかけてきてるぞ!」
キースが必要以上に慌てるのも無理はない。実際、団長一人に俺ら4人は現状、成す術すべもなくやられるだろう。こちらの戦力は4人だけで、全員が体力を使い果たしている。
刀身に残っている紋様を見る。満開に咲き誇っていた刀身の花びらは欠けており、使える上級魔法は残り1回であることを示している。それで勝負をつけられなければ敗北は必至。
「なぜその魔族の女を庇う!?その女は我らが同胞エルシッドに瀕死の重症を負わせた輩を追う手がかりなのだ。ここで失う訳にはいかんのだ!」
エルシッド。その名に俺の胸は痛む。俺を庇い、いまなお目を覚まさない誇り高き騎士の名だ。俺がいなければ彼が傷つくことも無かっただろう。後悔はしてもし切れない。
だがそれは今することではない。少なくとも俺を信じ助けようとする人間がいる限り、俺はそれに応えたい。
「必ず。必ずエルシッドをあんな目に合わせたやつらは俺が倒す。だから今、この瞬間だけは見逃してくれ!そのあとだったらいくらでも相手をする」
「そんなことが信じられるか、お前に何ができるというんだ?お前にできる最善は村に戻り知っている全ての情報を俺たちに渡すことだ。お前がやろうとしていることは全くの無駄だ!上手くいくはずがない」
「そうかも知れない」
俺は今朝部屋に閉じこもっていたときの感情を思い出す。現実を見ず、そして希望すら見えない状態でただ罪悪感のみで村を出ようとしていた。その先には救いはなく。最悪の結末を迎えるのみだったと思う。
しかし、今は違う。この先に救いはなく、最悪の結末が待っているのかも知れない。現実も見えていないのかも知れない。けれど。
エルザが。キースが。シルビアが。みんながいるのなら、独りでないのなら。そこに希望を見出すことはできる。「皆の期待に応えたい」と一歩を踏み出すことができる。
「それでも誰かが俺を信じてくれるなら!俺は自分が信じる道を進みたい!」
「ならばその決意、ここに示してみせよ!」
団長の足元から魔法陣が展開し、魔力が練られていくのを感じる。そしてその魔力が剣先に集中していく。恐らくはエルシッドが飛王竜に放った必殺の一撃。あれが繰り出される。あれをエルシッドに教えたのは団長なのだろう。
エルシッドの一撃も凄まじかったが、同じ攻撃とは思えないほど団長の気は練られている。本気で俺たちを行かせないつもりなのだ。
しかしそれでも俺もここでやられる訳にはいかない。俺の全力全霊、食らいやがれ。
団長が剣を振るうと同時にその攻撃は放たれた。その斬撃は地面を揺るがしながらも俺たちに向けて伸び続ける。
キュイン
俺は剣に込められた最後の魔力を開放し、2度目の『竜を穿つ一条の光』を放つ。
俺は攻撃がぶつかり合うその瞬間に瞼まぶたを閉じそうになったが既んでの所で堪える。もうどんなことからも俺は目を背けない。
幸運だった。俺の攻撃は一点集中型の攻撃であるのに対し、相手の攻撃は広範囲に広がる攻撃だった。俺の攻撃は相手の斬撃の中心を割った。
逃走を続ける俺たちをまるで避けるように攻撃は左右に散っていく。
後方を振り返ると俺の攻撃こそ防ぎきったが馬をやられたのか、追跡を断念した団長の姿が見えた。
「よっしゃあ!何とか逃げ切れたな」
「ああ、お前たちのおかげだ。本当にありがとう」
「それよりこれから何かあてはあるのでしょうね。私の計画はあくまで村からの脱出で、それ以降はノープランなんだから」
「ああ、もちろん。俺たちは南に向かう。まずはこの国を出る。俺たちは間もなく国から指名手配されるだろうからな」
「なるほどね。ところで南に何があると言うのかしら?」
「今は言えない、けど必要なことなんだ」
「まあ良いじゃないか!とりあえずは皆がそろって無事だっていうことを喜ぼうぜ」
「そうね。たまには良いこと言うじゃない」
これから先の不安や怖れが無くなったわけじゃない。それに後悔だって無くなることはないだろう。けどそれでも、この旅が終わるまではたとえどんな結末を迎えようとも、それをよしとすると決めたのだ。
こいつらと一緒ならきっと。そんな風に考えて生きることができる。




