魔王の魔法をお借りします。(2)
「早いのね」
協会に着くとまず、聖堂へと向かった。多くの場合エルザはここで祈りを捧げている。
朝の光に照らされたその姿はいつもの様子とは全く違う神聖さが感じられた。
口には決して出せないが普段からこういうふうに振る舞えないのだろうかこのやんちゃシスターは。
「誰がやんちゃシスターよ!」
口に出してしまっていたらしい。
「まあまあ、落ち着いてくれ。いまの姿があまりに神々しすぎたために普段のふるまいが浮いて見えてしまっただけだ。本当にこの村自慢のシスターだと思わずにはいられない。」
「あらそう。そうなら良いのだけれど」
相変わらず少し褒めれば機嫌を直すあたりは扱いやすくて助かる。しかしどうなのだろうか。エルザは普段、村人の話を聞くときもこんなに感情の起伏激しく対応しているのだろうか。
そうだとすれば幼馴染として、何かしらのアドバイスをしてやらなければならないな。
「こんなに早く来てくれて嬉しいのだけど、家のほうは大丈夫?家畜や作物の世話もあるでしょう」
「それなら大丈夫だ。俺のところはそんなに規模は大きくないし、キースに任せてきた」
「面倒なことから全力で逃げるキースが珍しいわね。それとも意外と友達のためだったら率先して自己犠牲ができる男だったのね。そうだとしたら見直したわ。」
「ああ、そうだとも。あれほどの快諾っぷりを俺は見たことが無い。」
実際にキースは快諾してくれた。
「任せてくれ!お前んところにはシルビアちゃんがいるわけだろ!ここぞとばかり俺の仕事っぷりを見せてアピールしてやるぜ!!今日こそシルビアちゃんを俺のものに!!」
俺への友情は全く皆無だったが本人がやる気であったので特に口を挟むことはしなかった。
余談であるが、シルビアはとても耳が良いため、それらの会話の一切が聞こえていたらしく早朝からどこかへ外出していた。
起きたらテーブルの上に朝食が準備されてあり、書置きが1つ「害獣が来る前に済ませたい用事があるため外出して参ります」とあった。
今頃シルビアがいないことに落胆しているキースの姿が目に浮かぶが、俺はシルビアのことまで保証していない。
ちなみに俺の朝食の準備のほかに、朝の動物たちの世話も終わっていた。そういうところは本当に頼りになるのがシルビアである。
聖堂内を見回すと高価な装飾や置物などは置いてはいないことがわかる。王都に行ったことがある
キースの話だと都市の教会は豪勢な装飾品や豪華な礼装に身を包んだ聖職者などがいるらしい。
そういった場所では教会などの施設はその町の権威を表す指標なのだとも聞いたことがある。
荘厳たる神に仕えるものたちの姿を見て彼らは安心するのだ。
この町の教会は荘厳さというものからはかけ離れているが、誰もが慕いこの教会に通っている。これもシルビアや彼女のお父さんの人柄があってのことだろう。エルザはお年寄りから子供まで分け隔てなく接する姿からすべての年代から愛されているし、お父さんのほうもその魔法の腕から信頼も厚い。若干、性格に難はあるのだが。
しかし、そんな教会にも他のどこにも負けないものがある。それは今もこの聖堂の女神像の首飾りとして煌々と輝いてる。
「『炎神の宝玉』だったか。この教会に不釣り合いなほどに神々しい。霊験あらたかとはこのことだな」
「そうね。もともとは私の母の一族が代々継承し守ってきたものだもの。これ目当てで収穫祭を訪れる人も多くいるっていうのは知っているでしょう」
「エルザの両親は王都にある魔法学園時代に出会ったんだよな」
「そう。『王国屈指の実力者であるお前のお母さんに惚れてもらうために外部入学生であった俺は死に物狂いで努力したのさ。俺は王国最強の魔導士だったんだぜ。』というのが父の定番の自慢話ね」
「神話の時代の産物だったか。それを受け継いできたとは凄い一族だよな。とてつもない魔力が封じられているんだろ?」
千年以上前、神々が世界を統治していたとされる時代に、炎を司る神の魔力を封じたものがこの
宝玉らしい。
「すごい魔力が封じられていると言っても取り出し方もわからなければ、仮に取り出したとしてもコントロールできるかわからないもの。数年前の『聖戦』のときならいざ、知らず。こんな平和な時代に奪いにくる人もいないわ。封印の力が強いせいか、魔力も感じられないし。本当に神の力が封じられているか怪しいわ」
「それに仮に奪おうとしてもお前のお父さんの結界が効いているからな。近くにいけば触れられそうなものだが、実際に手を触れようとすると」
俺は聖堂の奥にある女神像に近づき、その宝玉に手を伸ばす。そうすると目の前の視界が歪むとともに俺の手は決してその宝玉に触れることはできない。
「こうなるからな」王国最強の魔導士の結界はちゃんと機能している。
「王国最強の魔導士がこんな小規模の村で生きているっていうのも変だし、やっぱり少し誇張はあるよな。それにもしそれが本当の話なら『聖戦』のときは最前線で魔王軍と張り合っていただろうしな。実際には王都近くの村の援助ってことだったよな」
「そうね。ここまでは戦いの影響は来ていなかったけど、回復魔法の使い手はどこも人手が足りていなかったというし」
「いまでもちょこちょこ隣町の教会への援助だとか言って村からいなくなるけど、その頃からすでに頼られ癖があったんだな」
「仕方ないのよ。昔から困っている人がいたら誰それ構わず声をかけるくらいのお人よしなんだから。私はそんな父を尊敬しているわ」
「そういえば、この結界はどのくらいの攻撃を食らえば破壊できるのだろうな」
「あら、そんなこと聞いていつかこの宝玉を盗みに来ようという算段なのかしら。灯台下暗しというけれども、まさかこんな近くに間者がいるとはね。でも残念だったわね。そんなことは昔からお見通しなんだからね。この宝玉目当てにこの美人シスターに近づいたってことにはね!」
自分のことをいまさらっと美人と言ったな。
「単なる興味からだよ。大きい建物を見たら高さを聞いてみたくなるだろうし、古い宝箱を見つけたらいつの時代のものか気になるだろ」
「あらそう、その宝玉を狙って近づいたものの結局は私の魅力に気づいて禁断の恋に落ちるというところまでは読めたのだけれど。そんな心配はなさそうね」
「お前のその自信の源はいったい何なんだ!?」
「みんなが自身無さ過ぎなのよ。私から見ればね。自分が自分であるという点においては他の誰にも負けることは無いわ」
あれ、なんだか良い話に着地した。
「私の唯一の汚点はエリックと接点があるということよ!」
「全然良い話じゃねえ!!」
「そんなエリックがあまりに憐れだから、疑問に答えてあげるわ」
「俺はそんなに可哀そうじゃない!俺の魅力気付いてくれる人だっているはずだ!
「結界をどう破るかということだったわね。上級クラスの攻撃魔法を短時間に連発されるともしかしたら破壊可能かもしれないけど。そもそも結界は防御魔法というより封印魔法に近いから解呪魔法で的確にアプローチされるほうが解除方法としては適切ね。まあ、仮にも王都の魔法学園卒業者の結界ですもの。南京錠が1万個かかっているようなものね」
「なるほど、力比べというよりも知恵比べといったところか。まあ俺からしたらこの宝玉目当てにお客が来てくれたら良いくらいにしか思わないからな。んじゃそろそろお父さんのところに連れていってくれよ」
「そうね。父は今は村の見回りを終えて自室で職務に取り組んでいると思うわ」
そういってエルザは聖堂から少し離れたところにある彼女らが普段寝起きしている母屋のほうへと
案内してくれた。もちろん、この村に長いこと住んでいる俺はエルザの案内など必要がないのだが、彼女のお父さんを尋ねるときはエルザの力が必要なのである。
「今回は大丈夫なんだろうな」
「何のことかしら。そもそも今回はお父さんのほうからエリックを呼んだのだからそんな心配をする必要は無いと思うけど」
そういいながら、ロッドを持つ手に力が入っているのは気のせいだろうか。
「それに一応念を押しておいたから、私の友達に迷惑をかけないようにってね。それはもう力強くうなづいて笑顔で約束してくれたわ」
「そうか。なら良いんだが」この教会に普段は来ない理由は1つは単純に面倒だからだが、もう1つは彼女のお父さんである。
エルザが家の扉に手をかける。「お父さん、エリックが来たわよ」その声と共に扉が開かれる。
「、、、ッ」俺は身構えたが扉の奥からは何もリアクションは無かった。
「フレイム・テンペスト!!」
「しまったわ!」とっさにエルザの焦る声が聞こえた。
「プロテクト!!」
俺の左側から一直線上に襲いくる中級炎魔法から守るべくエルザの防御魔法の壁が現れた。さすがエルザ、あの一瞬で防御壁を3枚張るとは。しかし悲しいかな。中級魔法の前では初級の防壁魔法など薄い木の板みたいなものだ。次々と破られていく。
しかし、「プロテクト」の壁は俺に数瞬の時間をくれた。少なくとも回避行動を取れるくらいには。
「っぶねぇぇぇ!」俺はやっとの思いで横に頭から飛び込み九死に一生得た。
「ふははははははは!観念しろ!!今日がお前の命日となるだろう!安心しろ、お前の葬儀は丁重にこの教会で執り行ってくれるわ!」
攻撃魔法が飛んできた方角を見ると、勝利を確信に自信満々に口上を述べる漆黒の衣装に身を包んだ俺の人生の大敵である魔導士の姿がそこにはあった。
「ここで俺の姿を見るたびに攻撃魔法をぶっ放すのはいい加減にやめろ、ジーク!!中級攻撃魔法は人が死ぬ威力だろうがぁ!!」
出会いがしらに中級攻撃魔法をぶっ放し、勝ち名乗りを上げるこの魔導士が村中からの尊敬の念を集めるエルザの父である。