魔王の魔法をお借りします。(3)
「エルザちゃんの美しさに魅了された愚かな者よ!この史上最強の魔導士の手にかかることをあの世で誇るが良いわ!喰らえ、上級魔法『ハイドロ・ストぶふぇえぁぁ!!」
「何してんのよ!!」
魔法の詠唱中であったジークは皮肉にもその手で守ろうとした愛娘の物理攻撃に吹っ飛ばされていた。
「こんなところで上級クラスの魔法を使うだなんて何を考えているのよ!!この教会を吹き飛ばすつもりなの!?」
「エルザちゃんを守るためなら、こんな教会惜しくは無いよ。」ジークは口の中を切ったのか、口腔内から流れ出る血液を腕で拭った。
「状況が状況だけに全然カッコよく聞こえないわよ。それにお父さんがエリックを呼んでおいてあんな魔法攻撃を仕掛けるだなんて何を考えているの。」
「最初は娘に寄りつく羽虫を初級魔法でたたき落とすつもりでいたが、あんな仲良さそうなところを見せつけられては、お父さん我慢の限界だよ。」
エルザと二人で話す姿が見つかるたびにジークはこのように攻撃魔法を唱えるのが日常茶飯事であるため俺もエルザもこういった状況には慣れていた。しかし、ついに中級魔法を発動し、あまつさえこの辺りを吹っ飛ばしかねない上級魔法まで唱えようとするとは、本気でこの命があるうちにこの村から出ることも考えなければなるまい。もちろん、エルザを連れてだ。
「わかった。わかった。冗談はこのくらいにして俺はエリックと本気の本当に打ち合わせしてくるからエルザちゃんは仕事に戻っててよ。では、エリック行こうか。」
「冗談で殺されかけてたら命がいくつあっても足りねぇよ。」
先ほど危うく殺人現場となりかけた母屋の扉をくぐり、ジークの部屋へと向かった。仕事用の机に椅子があり、その机の上には1枚の写真が置いてある。その写真には2人の若者の姿があった。
赤髪のその女性は笑っており、その笑顔はどことなくエルザを思い起こさせる。そして隣で仏頂面で腕組みをしているこの男はジークだろう。いまと雰囲気はまるで違うが、この金髪と目つきの悪さがジークであると物語っている。
「美人だろうが。エルザちゃんに似てな。いや、エルザちゃんがルーシィに似て美人なんだな。」その写真を見てることに気づいたジークは物憂げにそう言った。普段、エルザについて語る彼は誇らしげに、嬉しそうに語るのだが、その姿と大きく異なっていた。
ルーシィさん。エルザの母親で確か王都で不慮の事故に遭い亡くなったんだったか。
「エルザちゃんはルーシィと触れ合った記憶が無い。この村に来る前に亡くなってしまったからな。俺はルーシィと約束したんだ。何があってもエルザちゃんを幸せにするってな。あいつが普通に成長して、誰かと恋して、結ばれ、家庭を築き最後は家族に見守られながら死んでいく。そんな人生を歩ませてやりたいんだ。」
ジークは普段はやりすぎッてくらいに過保護で、愛情が重いように感じるがそれも無くなった奥さんの分まで背負おうとしている覚悟の表れかもしれない。
「そのために、エルザちゃんを狙う男どもはこの俺がことごとく排除してやると決めている。」
「さっきと言ってることが違うじゃないか!?」
「馬鹿かお前は!少々の壁があったぐらいで諦める輩にエルザちゃんを任せられる訳ないだろうが。生きていれば様々な試練が二人を待ち構えているんだぞ!!上級魔法の1つや2つ防げなくてどうする!?」
「普通の家庭に上級魔法が1つや2つ襲い来るような事態は訪れねぇよ!?お前も習得したならわかるだろが、上級魔法なんて王都の中でも限られたやつしか習得できないものだし、人ひとりに向けて撃つような威力じゃねえんだよ!」
「なにおう!?これでも譲歩してるほうだ!本音を言えば、特級魔法、いや!神域魔法を防げるぐらいじゃ無ければ立ちはだかる強敵に太刀打ちできねぇだろうが!」
「神域どころか特級魔法を放てるやつが今いるかも怪しいし、そんなに強いやつがまだこの世にいるのなら意地でもこの俺が探しだしてこの村に連れてきてやるぜ。そしてこの村の自己中牧師の打倒を依頼し、エルザの幸せを勝ち取ってやる。」
「ふふははははは!無駄なことを!どんな男が現れようとこの俺の洗練された魔法の前では問題にならぬわ!一瞬で塵にしてくれる!」
「何でお前が立ちはだかってんだよ!エルザの恋路と幸せの前に!!」
「エルザちゃんが他の男のものになるなど我慢できん!!」
「それが本音かぁ!!」
「それに上級魔導士を探し連れてくる時間があるならな、お前自身がエルザに相応しい人間になれるよう努力するんだな。」
先ほどまでのほとんど冗談で交わされていた会話から一変し、真剣な顔つきになるジークに一瞬たじろいでしまった。
「なんで俺がそうならないといけないんだよ。」
「お前がエルザに他のやつ以上に特別な感情を抱いていることは誰でも知っている。誠に不本意だがエルザもお前を憎からず思っている。そんなエルザが自分の想い人が他人に自分の幸せを譲ったと知ればショックだろうな。」
「そんなんじゃねえよ。俺がエルザを守ろうとしているのは幼馴染で大事な友達だからだ。それ以外の気持ちは無いよ。」
「そうか。」そう言うと、ジークは詠唱破棄で発動しようとしていた何らかの魔法の発動を途中で中止した。行き場を無くした大量のマナと魔力が空中で霧散していく。
あっぶねえ!こいつ俺の返答次第で間違いなく俺を吹き飛ばす中級以上の魔法を部ぶっ放す準備してやがった。急に真面目な顔になるからなんかおかしいと思ったんだ。さりげなく両手を後ろに組むふりして術式を展開してやがった。うっかり本音を漏らすところだったぜ。
「実は今日の夜からまた数日ほど、この村を留守にすることになっている。その間、何もないと思うが友人としてエルザを守ってくれるということだな。何せ友達なんだからな。」
「また留守にするのか。つい先日村に戻ってきたばかりじゃないか。そんなにこの周辺は深刻な牧師不足に悩まされているのか。」
「ふん。手が足りていないのはその通りだが、この俺の魔法の腕を見込んでの以来だな。ほら、俺強い上に人格者だからな。」
「人格者はその魔法で1日に2度も娘の友人を手にかけようとはしないと思うのだが。」
「その間、エルザの身の安全を守ってほしい。」
どうやら収穫祭の打ち合わせというのはただの口実らしい。確かにただ「話があるから連れてこい」と言うと色々といらぬ詮索を受けそうであるが、「収穫祭のため」という建前があれば誰も疑うことはしないだろう。
「そりゃ、まあ友人としていつも通り様子を見に来るくらいは問題ないが、この村にそんな危険なやつはいないだろう。何か気がかりなことでもあるのか。」
「ちょっと気になる程度だがな。お前のようなやつでもいないよりはましだ。そこそこ剣の腕は立つようだし、初級とは言え魔法も行使することができる。何かあってもエルザを逃がすことくらいはできると期待くらいはしている。」
「何だよ。穏やかではないな。そんなに心配ならジークが連れて行けば良いじゃないか。」王国最強なのかは置いといても、上級魔法の使い手ならばこの俺よりもエルザの安全を守ることができるはずだ。
「連れていくことはできない。危険過ぎる。」
「えっ。」その低い声と鋭い返答に息が詰まる。ジークほどの魔法の使い手でも苦戦する状況ということか。『聖戦』を終えた今、そんな戦場があるとは考えにくいのだが。
「それにあくまで、保険だ。お前も言った通り、この村は安全だ。まず強力な魔物に襲われる心配も無ければ、強奪者がやってくる恐れもほとんどない。それに俺が出発して2日後には遠征中の騎士団の小隊が休憩がてら、この村に留まり警護を担当してくれることになっている。お前はその間の短い期間エルザの様子を見守ってくれるだけで良い。」
これまでにも何度もジークが村を何日も空けることは何度もあった。エルザに会いたい俺にとっては逃す訳にはいかない好機であった。しかし、帰って間もなくの遠征、不在中の警護、そしてエルザへ訪問許可を出すなど今までにないことであった。
何かあるのは明白であったが、ジークが説明をしないということはそういうことなのだろう。普段は娘のことを最優先に考える親ばかであるが、それに勝るとも劣らないくらこの村のことも愛しているジークを信じる。
「別にそのくらいなら構わないけれど、お前も色々と大変なんだな、ジーク。」
「何がだ。」
「その魔法の腕ゆえに、周りに助けを求められ、自分の領分以上のことに時間と手間を取られている。その上、最愛の娘の身の安全確保のために細心の注意を払わなければならいとはな。」
ジークは世間のことなどまるで知らない子供につまらない質問をされたとばかりに大げさにため息をしながら答えた。
「こんなこと、世の中の父親であれば誰でもやっていることだ。」




