初めて竜を退治します。(10)
ザンッ。っとそんな音が聞こえたかと思うとジークを縛っていた縄がドサッと地面に落ちた。どうやら風魔法か何かでジークが切ったらしかった。
「もうそろそろ良いころだろ。俺を縛ったエルザの顔も立てられただろうし、俺も十分堪能したしな。いい加減腰が痛くなってきた。意外とつらい姿勢なんだぞ、あれ」
そう言うと自由になった手足の調子を確かめるように準備体操をし始めた。
縛っていた縄を見るとどんな鋭利な刃物で切ったとしても、そんな切れ方はしないというくらいに鮮やかな断面図だった。詠唱破棄、しかも縛られた状態での魔法と思えない。
「それで一体お前は何をしに来たんだ?まさか本当に俺のことが心配で様子を見に来たのではあるまい」
「ああ、そうだ。お前には聞きたいことがいくつかある。『宝玉』と今回の襲撃のことだ。あの『宝玉』はどんなもので、なぜ狙われた?そしてお前はなぜ、今回の村の危機について予想することができた?知っていることは説明してもらうぞ。危うく死にかけたんだから、俺にも知る権利があるだろう」
「ふん。あの『宝玉』か。話しても面白いものではないぞ」
「面白いもなにも、あれは神域魔法の発動を可能にする魔法具なんだろう。あの賊のやつが言っていたぞ。お前はなぜ、そんなものをあんなにわかりやすい場所に飾っていたんだ?あれじゃそもそも取ってくれと言っているようなものだぞ」
実際、奴らは『宝玉』の権能は知らされておらず、俺はシルビアやマイラから聞いたのだが、本当のことを言うとややこしくなるからな。
「少し込み入った話になるな」
そう言うとジークは村の奥のほうへと歩き始めた。どうやらついて来いというらしい。このような場所でするような内容ではないのだろう。
俺たちは教会跡地に向かっているらしい。村の集落の外れへと向かうこの道は木々に囲まれ、普段は礼拝が行われるときを覗いて人通りはほとんどない。秘密の話をするなら町の広場よりも適切だろう。
「神域魔法の発動を可能にする魔法具、その認識は正しい。あれを神々からの贈り物だというやつもいるが、あれはそんな生易しいものではない。俺から言わせればあれほど呪われた代物はない」
一貫して無言で歩いていたジークが恐らくは広場での俺の問いかけの答えを口にした。その視線は依然として進行方向、教会があった場所へと向けられている。
「呪われた?言っている意味がわからないな。あれは神を術者を依り代にして召喚するものだと聞いたが。そうであればこれ以上は無いほど霊験灼然な代物じゃないのか」
即身成仏。悟りを拓くことで神や仏の域に生きながら到達するという概念とはまるで違う。その身に神を宿し、神そのものに成り代わる。それを呪いと呼称するのは、かけ離れているというものではないか。
「神をその身に宿す。その力を使役する。その権能はあらゆる邪悪を滅することができる。その光景はまさに神の御業だ。だが、その力に人の身が耐えられると思うのか」
そこまで言われて思い出す。真理図書館でのマイラとの会話を。あの時はまるで物語の、フィクションの中での出来事であるかのように感じていたが。
跡形も残らない。マイラはそう言っていた。神炎は全てを焼き尽くす。それは召喚者でも例外ではない。「だろう」や「らしい」とは言わなかった。まるで前例があるかのように、知っているかのように、言い切った。
真理図書館、その守護者。全てを知っている。
そしてその『宝玉』はエルザの一族が受け継ぎ、代々、守護の任を負っている。
心臓の鼓動が妙に高鳴る。無意識のうちに遠ざけていた予想、いやおおよそ確信に近い考えが頭の中にはっきりとした像となって浮かび上がる。
気づけば段々と視界が開けてきた。辺りを囲んでいた木々の密度が薄くなっていく。もう間もなく目的地に到達するのだとわかる。
「使用者は2人いる。1人は神話の時代、神託を受け使用したルクセンブルク家の先祖であるマルファ。その力を持って都を邪神の手から護り切った」
その名前なら覚えがある。神話の中に登場する聖女である。
「そしてそれから近代に至るまで、その力は禁忌とされ、人類の危機を除き使用することは禁止となった。その権能についても秘匿扱いとされた。多数を救うために1人を犠牲にする。そんなことを要求する魔道具が救いであってたまるか。あれは神々から俺たちに与えらえた呪いだよ。決して頼ってはならないな」
しかし。とジークの顔はより一層険しくなり、言い淀んだ。まるでその先を口にすれば、記憶とともに封印していた感情までもが溢れてしまうことを恐れたように。
人類の危機を除き使用は禁じられた。では、人類の危機であれば使用は認められたのだろう。そしてそれは遠い昔の話でも未来の話でもない。
「数年前、『聖戦』が起こった。その戦いの一つひとつがまさに人類の滅亡を示唆するものであった」
そして、その当時、ルクセンブルク家当主が誰だったかは想像に難くない。
いつの間にか俺たちは教会があった場所。恐らくは女神像が飾られていた場所の目の前にまで歩いてきていた。俺たちの歩みはとうに止まっている。ここが到達点であるとあらかじめ決められていたようだった。
「エルザの母であるルーシイはそれらの戦いの中で宝玉を使用した。その姿はあまりに神々しく、可憐、そして何より、儚く見えた」
普段、ジークは決して弱みを見せず、堂々とした立ち回りは見習うべきだと感じていたが、今はその片鱗も見ることができない。
その拳は固く握られ、その両の眼には力強さとは程遠い無力感ともいうべき、今にも消えそうな淡い光があるのみである。
「代々、ルクセンブルク家当主は有事の際には宝玉を使用する使命を持っていた。聞こえは良いが、結局は生贄だ。俺は、ルーシイに決して宝玉を使わせないと約束したのに守れなかった。俺にもっと力があればと思わない日は無い」
ジークはそこにいたのだろう。そして幸か不幸か力を持ち合わせていた。もしかしたら、手が届いたのではないか?自分の見落としで愛する者が失われたのでは?と自責の念に襲われたのだろう。
いや、ジークであれば例え予測不能な天変地異によって理不尽に奪われたとしても、自分の力不足を呪うのだろう、その生き方は清く正しいが、どれほどの覚悟がいる生き方なのだろうか。
そんなジークに俺は質問を続けた。慰めなどできない。俺に真にその気持ちは理解できないのだ。そんな奴からの気遣いなど無用だ。俺にできることは質問を続けることだけだ。ジークが話してくれる限り。
「それで何でそんな宝玉がこの村に置いてあるんだ?どう考えても王都や、そのルクセンブルク家の実力者が持って守ったほうが良いだろう」
なぜ、この村であんな無防備に置かれていたのか。
「宝玉はその時代の当主が所有しているべきものだからだ。そしてその当主はこの村に住んでいる。それが理由だ」
「そうなら、お前がキチンと持ち歩くべきだろう。教会のあんな目立つ場所に堂々と置いてあれば狙ってくれと言っているようなものだろう」
「俺が持ち歩くことはできない。あれは当主の近くにあらねばならない。そういう制約なのだ」
「だからお前が」そこまで言って分かった。ジークとルーシイさんが結婚して家族になったと言っても一族から見れば部外者なのだ。そのような男が当主としての資格を備えていると考えるものは少ないだろう。
ならば当主とは、、、
その他大勢を救う犠牲としての宿命をその身に宿す存在。
頭の中に浮かび上がる気泡のような現実を必死に振り払うような感覚に襲われた。それは俺がかつて、その他全てを危険に晒してでも守りたいと思った存在であるのだから。
「ここまで言えばわかるだろう。現在の当主は俺ではない。エルザだよ。エルザこそがルクセンブルク家の当主だ。だから宝玉はこの村から出ることはない。エルザが出ない限りはな」
「なっ。なんだってエルザが当主なんだ!?どう考えても魔法の実力や年齢から考えても相応しくないだろうが!それともなんだ?ルクセンブルク家っていうのは、こんな村教会のシスターを当主に選ばなくてはいけないぐらい貧弱な魔導士しかいないってのかよ!それともまさか生贄っていうことかよ。有事に
際には自分たちの代わりに死んでくれっていうのかよ」
「落ち着け、エリック。憶測で感情を荒立てるな。」
「こんな理不尽な話を聞いて落ち着けっていうほうが無理だろうが」
「奴らは選んでいない」
「えっ?」
「奴らはむしろ反対している。元々当主の結婚相手として俺のような部外者の血を入れることすら拒んだやつらだ。それをその年端もいかない少女に託すなど、血統至上主義の奴らが快く認めるはずもない」
「だったら誰が」
「宝玉だ。あの宝玉は契約者を失うと次の契約者を見出す。そしてその契約者を当主とするのがルクセンブルク家の取り決め、いや神託なのだ」




