初めて竜を退治します。(3)
本、本、本そして本。
目を覚ますとそこには無数の本が収納されている本棚が並ぶ通路に立っていた。後ろを振り向くとそこには扉があり、恐らくは入り口なのだろうがいつだってその扉を利用した記憶はない。目を覚ます場所に多少の違いはあれど、いつのまにか入館を果たしている。
右頬を撫でてみる。特に異変は感じられない。痛みも感じないが安心はできない。意識を取り戻したら火傷を負っていることぐらいは覚悟しておこう。ジークめ、覚えてやがれ。
この建物は石造が主なようであり、ところどころ鉄が使われて補強されているように見えた。まあ、俺自身建築には詳しくないし、そもそも現存している物質などここには存在しているはずもないのであくまでイメージでしかないのだ。
大人8人が手をつないで横一列になってもまだ余裕がある広さの通路は目算だが60~70メートルほど続いている。その通路に垂直になる形で本棚が等間隔で左右に広がっている。そしてさらにその本棚の奥には人ひとりが通れる通路を挟んで本棚がもう一列ずつ並んでいる。
驚くにはまだ早い。同じ構造が吹き抜けとなっている2階にも広がっている。いったい何冊の本がこの通路にはあるのだろうか。そこらへんの修道院図書館にも負けず劣らずの規模だろう。それだってこの図書館の一部にしか過ぎないのだが。無数の本が並ぶこの場所はあくまで入り口、通路なのだ。
「はあ、あいつはこの先にいるのだろう。」いつだってあいつはこの先の閲覧室にいる。ここに来るときは面倒だから極力相手にはしないのだが、今回はどうやら呼ばれたようなので、奴の許可無しにはここから出ることはできないだろう。
通路を進み通路の終わりにある扉を両手で押し開く。
「うん、久しぶりに来たが本当に広い。」
目の前には先ほど通ってきた通路の2倍以上はあるであろう奥行きがある閲覧室が広がっていた。幅はそこまででに無いにしろ100メートルはあるだろう。その楕円形の空間を見渡せば、やはりその壁一面には人間1人以上の高さの本棚が壁に埋め込まれる形で並んでいる。さらに吹き抜けになる形で2層、3層そして7層まで、その本棚は上に続いている。それぞれの階層へは右側に見える扉の奥にある螺旋階段にて行くことができる。
さらに上へと視線を上げると、ドーム状に収束していく天井がある。その天井には一面に鮮やかな彩色で彩られた巨大な一枚の作品が描かれている。(王都ではフレスコ画というんだったか。)
先ほどは修道院図書館に例えたが、壁のところどころに見られる装飾や天井のフレスコ画が相まって、まるで話に聞く宮廷図書館とはこういうものを言うのではと考えている。
これほどの空間であればところ狭しと、相当数の閲覧席があっても良いはずだが、見渡す限りこの空間には本と、本棚以外には何も置いていない。この空間に唯一ある椅子は玉座とも言うべき絢爛豪華な席が入り口の真正面、その最奥にあるのみである。この図書館唯一の使用者が座るためだけの。
「しかし、うわさに聞く宮廷図書館であってもこれほど本の貯蔵はないだろう。」
「たわけが。たかだか100年、200年の歴史に我らが主君の知識の蓄積に遠く及ぶはずがなかろう。」
「げっ。いつからそこに居やがった。」
声がした方向へ振り向く。そこからやや視線を下げるとマイラが自慢げな表情で腕を組みながらそこに立っていた。その姿形から見ると10歳にも満たないように見えるが実年齢はそのその何十倍かというレベルである。その銀色の髪は背中の中央にまで達するほどの長さであり、黒いリボン二つが頭の高い位置で結ばれてるツインテールである。それだけみれば可愛らしいどこにでもいる少女である。
しかし、その服装は年齢不相応の極みである。濃い青の燕尾服にその下から覗くスカートは黒でシックにまとめられており、首元にデカデカと蝶結びのネクタイがあるがそれもまた黒色である。胴の部分に左右対称に止められている6個の金色に輝くボタン、そしてその装飾は身分の高い貴族を思わせる。いつも思うが何なんだあの左肩から肘に向かって垂れ下がっている赤いロープのような3つの輪っかは?オシャレなのか?それとも実用性があるのか?どちらにしても庶民には理解できないセンスと言えよう。
そしてその両の瞳はおよそ人間のものとは思えないほど輝く紅眼である。
「本来であればお前のような下等種族の人間が閲覧することも叶わないこの場所への入館権利を有する光栄をゆめゆめ忘れてもらっては困ってしまうというものじゃ。」
「入館権利を有するも何も今回はお前が俺を呼んだんだろう。客人をもてなすそれ相応の待遇というのがあるんじゃなのか。」
「クックック、言いおるわ。先日の戦いは果たして誰のおかげで命拾いしたと思っておるのやら。」
「ぐっ。あの時は確かにお前のお陰で助かったよ。俺は最後まであの『宝玉』にあんな価値があることに気付かなかったからな。」
あの夜の襲撃で教会まで致命傷を負い吹っ飛ばされたときに宝玉を取りに行くように俺の中から呼びかけたのはマイラだった。それどころかあの結界に適した解呪魔法を発明し、俺の少ない魔力でも突破できるよう術式を組んだのもマイラである。
言うなれば俺は難攻不落で堅牢堅個な鍵穴を前に、対応した鍵を渡され、それを鍵穴に差し込んだだけのようなものである。
「幸いにも貴様はその結界に事前に触れておったじゃろう?余は暇つぶしに、、、いやさ、万が一に備え、結界の術式をコピー、解析しておったのじゃよ。複雑極まりない結界で、人間にしてはなかなかのものではあったが、所詮は既存魔法の複合展開に過ぎんかった。人類史の創世記から現在までの魔法を知り尽くしていさえいれば難しいことはない。そうであれば、ここに貯蔵されてある情報を少しなぞっただけで十分であったわ。」
マイラがその備えを怠っていればエルザを救うことはおろか、まず俺が死んでいた。感謝するのも癪だが、こいつは何かと優秀なのだ。
「そうであろう、そうであろう。貴様が意中の女子との談笑に興じている間にも、先の先までを見通し立てて行動しておったのじゃ。貴様が頭を垂れ、余の助力を仰ぐのであればその恋路の成就を叶えてやっても良いぞ。」
「エルザが俺の意中の女性かは置いといて、お前が人間の恋路にも精通しているとは知らなかったぜ。てっきり魔法に関する知識が専門だとばかり思っていた。」
「何を馬鹿なことを。ここは我らが主君のありとあらゆる知識の集大成であるぞ。魔法、武技、歴史、地理、戦術はもちろんのこと、世界中の観光スポット、デートに適した弁当作りまで完璧に抑えてあるわ!!そのうえ、神話時代からのあらゆる事象を観測してきた余がおるのじゃぞ。失敗などあり得ぬ。」
「ふーん。じゃ参考までにデートプランを教えてくれよ。どうすれば俺は好感度を上げることができるんだ。」
「クックック、どこまでも謙虚な奴よ。好感度などという下積みから取り組もうとは。良い良い。その謙虚さに免じて夫婦の契りを結ぶところまで教授してやろうではないか。」
今までに無いくらいの勝ち誇った顔に若干のいら立ちを覚えたが、まあここはぐっと我慢して知恵をお借りしよう。それが大人というものだ。
「良いか、まずは弓を準備するのじゃ。そして愛の女神の祝福を受けた矢を用いれば相手は矢を射た貴様との恋に落ちるという段取りじゃ。どうじゃシンプルじゃろう。」
「ん?お前にしては珍しいな冗談を話すなんて。しかし、慣れないことはするもんじゃない。あまり面白くはないぞ。現代において愛の女神の弓矢なんてあるわけないじゃないか。」
「なんじゃと!?ではどうやって人間は意中の人間に好いてもらうというのか!?」
「そんなの自分の良いところをアピールするとか、何とか好意に気づいてもらって地道に距離を詰めるとかだよ。」
「な、なるほどのう。ふむ。こと恋愛に関して言えば多少は難易度が上がっておるようじゃのう。では次じゃ。良いか、この世のどこかに頭は人間ではあるが、首から下が恐ろしい神々が生み出しし魔物がおるはずじゃ。その獣が謎解きを挑んでくるはずじゃが、その獣を退治すれば相手の父親は喜んで娘をお前に譲るであろう。」
「その獣がスフィンを表しているのなら、はるか昔に既に退治されているぞ。確かにその英雄はその王様の娘と結婚して、国を継いだはずだが。」
「ええい、ではこれならどうじゃ。生贄を要求する8つ首の竜を討伐するのじゃ。安心せい、その討伐方法であれば余が考える。さすればその生贄になるはずであった娘が、、」
「それももう退治済みだったと思うが。」
神話時代からの知識の蓄積というか。神話時代のことしか知らなかった。神の力に頼るか怪物退治しか選択肢にないとは。神話時代の恋愛とか、一夫多妻制とか、浮気、嫉妬に肉親との禁断の恋とかもう、もつれにもつれて凄いことになってるじゃないか。俺をそんなものの中に投じないでくれ。
純愛希望。
マイラの恋愛知識は役に立たなかったが、この図書館のどこかにある世界中の観光スポットやデートに適した弁当作りとかの本は見つけておこう。(こっそりね。)
「しかし、恋愛成就の方法としてはさておいて、竜のような魔物を倒せるぐらいであれば確かに女性としては惹かれるだろうな。」
「竜が全て好戦的ということもないからのう。むやみやたらに討伐するということが良いこととは一概には言えぬがの。しかし、余にもし、婚儀を行う相手がいるのならば、少なくとも飛竜種ぐらいは軽く捻って欲しいものじゃ。」
「種類にもよるが成竜ともなると最低でも、1個小隊が総出で討伐に向かうのにそれを1人でとか無理は言うなよ。」
「何を言うか。我が主君は1匹で街一つを滅ぼす古代種の竜を一撃で屠るほどじゃぞ。飛竜種の1匹や2匹など譲歩に譲歩を重ねておるのだ。女子であれば白馬の王子に竜に襲われているところを助けてもらうという夢は一度や二度は見るであろうよ。花嫁修業というものがあるぐらいなのじゃ。殿方がそのくらいの実力を得るために修業するのは最低限の義務と言えよう。」
「ドラゴンスレイヤーが花婿の最低条件なら、人類は滅ぶ運命だよ。竜に殺されるか、子孫が生まれないかの2択だよ。」どんな自然淘汰だ。
「我が主君の直属の部下に竜を使役するものもおったがの。人間どもは知恵を振り絞って対抗しておったわ。ふん、思い出すだけで業腹じゃな。あのしぶとさと言えば醜態の極みであった。まあ、結局はその渋とさが功を奏したようじゃがな。次回はそうは行かぬぞ。」
どうやらドラゴンスレイヤーであっても人間は恋愛対象外らしい。ドラゴンスレイヤー、人間以外、年齢不詳のロり娘を許容できる寛容さ。残念だがマイラには結婚は難しいな。本当に面倒な性格に育ったものだ。父親の顔が見てみたいぜ。




