【後日談・余話】いつか全てを語れたら。
【二人の息子の話、淫魔と堕天使の話、新たな邪竜と幻竜の話を、ちょっぴり加筆して独立させました。把握の程、よろしくお願いします。】
お忘れの方のための登場キャラ紹介。
・ミュゼ
主人公。元人間。今は《邪竜の花嫁》という名の人外。ラグナの伴侶。
蒼銀色の髪に菫色の瞳を持つ、美少女。口調がおかしいのは、壊れている証左です。
・ラグナ
ヒーロー。《破滅の邪竜》という、竜の中でも特別な竜。ミュゼの伴侶。
人型→黒髪に黄金の瞳。人外ゆえにかなりの白皙の青年。
竜型→漆黒の鱗に黄金の瞳。四枚の翼を持つ、巨大な竜。
この世界の竜はどこかが壊れている=異常性を保有しているので、こちらも壊れているのが仕様。
これから先も、花嫁には気づかせない自信があった。
だって、自分は《破滅の邪竜》だ。
ミュゼが思うよりも遥かに永い永い時間を生きて。彼女が思うよりも遥かに狡猾な竜である。
だが、夫婦の間に〝隠し事〟はするべきではないだろうし。
それに……彼女は《邪竜の花嫁》という存在だ。
邪竜のためだけの存在。ラグナのためだけにある存在。
ただただ邪竜を愛し。愛して、愛し抜いて。
ひたすらに。よそ見することなく。ずっと、邪竜だけを見つめてくれているから。
それゆえに、感じてしまうかもしれない。
愛ゆえに、気づいてしまうかもしれない。
見抜いてしまうかもしれない。
《破滅の邪竜》だからこそ、花嫁にすら話せないことがあるのだということをーー……。
だから、ラグナは自ら打ち明けることにした。
いつか〝話せないこと〟を話さなかったことで、悲しませないために。
愛しい存在に偽りなく、向き合うためにーー……。
◇◇◇
「さて。ミュゼには言っておかなきゃいけないことがある。俺には、〝制約〟が科せられている」
ある日ーー話があるのだと伴侶から言われ、庭園の東屋に連れて来られたミュゼに告げられた言葉。
彼女はきょとんと目を丸くし……不思議そうに首を傾げた。
「制約、ですか?」
「あぁ。簡単に言ってしまえば……ミュゼにはまだ〝話せないこと〟があるってことだ」
「…………」
「だから……だから、これから先。俺はミュゼにどこに行くのかとか、何をしてきたのかとか。話さない時が、話せない時がくると思う。それでも、俺はお前を裏切る訳ではないんだと。それを先に、理解しておいてほしいんだ。ミュゼ」
懇願するようなラグナの声に、ミュゼは息を呑んだ。
話してもらえないことがあるのは、悲しい。だって、ミュゼはラグナのことを心底愛している。
彼の全てを知りたいし、彼自身が知らないことだって知りたい。
けれど、ラグナは《破滅の邪竜》だ。竜の中でも更に特別な存在だ。それに、ミュゼよりも遥かに永い刻を生きてきた存在でもある。
《邪竜の花嫁》となっても……自分では知り得ないことが。知ってはならないことが。あるのであろうことは、察するに容易い。
それでも。
それでも、彼から〝真実を打ち明けられない〟と告げられるのは。
悲しくて、仕方がなかった。
「…………ごめん、ミュゼ。……話せなくて」
ミュゼの曇った顔を見て、ラグナも苦しそうな顔をする。
そんな伴侶の顔を見て。彼自身も、本当は全てを話してしまいたいのだと。隠し事はしたくないのだと思っていることを理解して、ミュゼの表情がほんの少しだけ和らぐ。
それに……。
「……分かってるのです」
「……ミュゼ」
「こうして、〝話せないこと〟があることを話してくれたことこそが、ラグナなりの誠意なのだと。分かっているのです」
〝話せないこと〟があるのだと、それ自体を秘密にすることもできたはずだ。
だって、話せないのだから話さなければミュゼは気がつかなかったはず。
…………いや、本当は気づく可能性の方が高い。
だって、ミュゼとラグナはこれからもずっと。永遠に共にいるのだ。一緒にいればいるほど、言葉が失くても通じ合えるようになる。現に今でも、殆ど言葉失くとも意思疎通が図れることがある。
だから、いつかはラグナが〝何か〟を隠していることに気づいて。話してくれないのかと、もっと悲しんで苦しんでいたかもしれない。
ゆえに、今ここで素直に告げてくれることが。ラグナからの誠意なのだと、理解できた。
そうやってミュゼが理解を示してくれたことがラグナは嬉しそうで。それでも申し訳なさそうで。
彼は話せないことに触れないように注意を払いながら。ミュゼに想いを伝えられるよう、誠心誠意を込めて言葉を紡いだ。
「ごめんな、ミュゼ。でも、俺は《破滅の邪竜》だから。だから、色々と、あるんだ」
「…………はい」
「でも、ミュゼ。これだけは。これだけは約束するから」
優しく手を取られた。
愛しむように。大きなその手に包まれて、彼女の白魚のような手の甲に柔らかなキスが落とされる。
「いつか。いつの日か、ミュゼに〝全て〟を話すから。〝全て〟を打ち明けるから。だから、その日を待っててくれるか……?」
これが、ラグナが今伝えられる精一杯の言葉なのだと。
それがミュゼにも分かったから。
彼女は柔らかく笑って、頷いた。
「……はい。いつか、〝全て〟を教えてくださいね。ラグナ。その時を……私はずっとずぅっと、待ってるのですよ。ラグナ」
「…………ありがとう、ミュゼ」
この約束が果たされるのは……これから遥か先の話になる。
しかし、その未来は確実に訪れるだろう。
何故なら……《邪竜の花嫁》と《破滅の邪竜》は。
永遠に、永遠に。世界が終わったとしてもその先もずっと……。
ーー共に、いるのだから。
花嫁はその約束を信じて。
ずっとずっと、その時を待ち続ける。