8 ヘンゼルの秘密
家を飛び出していった真樹を探し出す――一見難しそうに見えた問題だが、これについては案外あっさり解決した。丈は高校に入るまでケータイを買ってもらえなかったので、一般的な家庭とはそういうものだと思っていたから盲点だったのだが、阿澄は最近の中学生事情を把握していて、美咲がケータイを持っていることをあっさり指摘した。時代は変わったものだと思いながら、丈は美咲にケータイを借りて、真樹にメールを打つ。
文面はこの通り。
『美咲は預かった。返してほしければ今すぐ白川公園まで来い』
今まで脅迫されたことは多々あったが、脅迫するのはこれが初めてである。「ついに丈も汚れてしまったのね……」と阿澄が悲しいような感慨深いような表情をしていた。
メールを出して、すぐに丈は白川公園に向かう。時刻はまだ深夜の三時。警邏につかまれば間違いなく補導ものだが、こんな時間まで巡回しているような勤労な警察はこの魔法特区には存在しないだろうと踏んで、丈は呼び出しの場所に急いだ。呼び出しておいて遅れて行ったら、格好がつかない。
美咲もまた、険しい顔つきでついてきた。心配だからと言って、阿澄もついてきた。
「真樹君、男の子だっていっても、まだ中学生なんだよ? 一人でこんな夜中に外にいるなんて、心細いに決まってるよ。美咲ちゃんのことだって心配だし、でも思春期のガラスのハートに丈が配慮できるかどうかすごく疑わしいし……」
「お前は俺のガラスのハートに配慮しろ」
幼馴染というのは、えてして言葉で刺してくるものである。
深夜の白川公園は、当然ながら誰もいない。街灯と月光のおかげでかろうじて全体が見渡せた。
丈たちは、さびれたベンチに座って、真樹を待った。待つ間、丈は美咲に告げる。
「あいつの秘密を、当然お前は知ってたんだな」
「……知ってました」
美咲は押し殺した声で言う。ぎゅっと握りしめたスカートがしわになる。
「秘密にしなければいけなかった理由は、解る。だが、それと魔法の鍵がどうつながるのか、解らない。俺は鍵の使い方を知らないから。なぜ真樹は、魔法の鍵を欲しがる」
「それは……本人に、聞いてください」
美咲が顔を上げ、遠くを見つめた。その視線の先の暗闇から、彼は姿を現した。
『ヘンゼル』樫原真樹。
真樹は険しい顔で、丈を睨みつけた。走ってきたらしく、息を切らしている。切れ切れの呼吸の合間に、真樹は言う。
「美咲に……何もしてないでしょうね」
「何も。嘘の脅迫については謝ろう」
「別に……僕を呼び寄せる口実だということは、解っていましたから」
「まあ、見え見えだったろうな。けど、それでも美咲を心配して来たんだろう? 姉思いのいい弟だ。お前の爪の垢を煎じて姉さんたちに飲ませてやりたい」
「僕を呼び出したのは、鍵を渡してくれる気になったからですか?」
「渡さない……と、言いたいところだけれど」
丈はすっと立ち上がり、真樹と対峙する。後ろで阿澄が、心配そうに息を呑んだのが解った。
「母さんは……いつか必要な時が来ると言って、鍵を託した。もしかしたら、それが今なのかもしれない……もしそうなら、鍵を渡しても、いいのかもしれない」
「……本当、ですか?」
真樹が一瞬、期待に満ちた視線を寄越し、声を上ずらせた。丈の今の言葉に嘘はない。ただし、無条件というわけにもいかない。丈は逸る真樹を制して続ける。
「だがその前に、本当にそうなのか、確認する必要がある。だから……悪いが、お前の秘密をここで暴く。それから、お前にも、魔法の鍵の使い方について、知ってることを全部話してもらう。それでいいな」
「僕の、秘密……?」
暗いせいで、真樹の顔はよく見えない。だが、真樹が目を見開き、僅かに青ざめたような、そんな気がした。
「なぜお前が態度を急にひるがえしたのか、時間がないとはどういうことなのか、俺たちは、美咲でさえも解らなかった。けど、探してるうちに、お前が隠した……お前が捨てた物を、ゴミ箱から見つけた」
「!」
「阿澄が変なことを言わなければ、ひっそり捨ててあったそれに気づくことはなかったんだろうけど。あれを見て、お前の豹変の理由も、お前の秘密も解った」
「丈……いったい何を見つけたの? 秘密って、なんなの?」
この中で唯一秘密を知らない阿澄が、不安げに尋ねる。
「お前が慌てて鍵を奪おうとした理由、時間がない理由……それは、初経だな」
「…………!」
がたん、と後ろで激しい音。阿澄が慌てて立ち上がった音だった。
「ちょ、ちょっと待ってよ丈、初経って、あんた意味解って言ってる? 真樹君に、男の子に、初経が来るわけ……」
阿澄は途中で言葉を切る。言っているうちに、自分が口にしている言葉の意味に気づいたのだろう。真樹は絶句していた。美咲は黙って聞いていた。丈は、決定的な一言を告げる。
「男に初経はない。真樹は女だ」




