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2 割とまともな魔女もいる

「どうしたの、丈? お客さん、誰?」

 部屋から阿澄が顔を出して尋ねる。丈が汗をだらだらかいているのは、暑さだけのせいではないだろう。

「……いや、誰も来なかった。うん、誰も来なかった」

「え、でも、今チャイムが」

「蝉の声だろ」

「ええ? でもなんか男の子と女の子の声が」

「蝉の声だろ」

 無理のある誤魔化しに、阿澄が不審の色をあらわにする。

 さらに阿澄の疑いを煽るように、どんどんとドアを叩く音がした。

「開けてください! 無視しないでください!」

「入れてください! 話を聞いてください!」

 言葉遣いだけは丁寧なものの、ドンドンダンダンと扉を叩く音は次第に乱暴になっていった。

「帰れ。グリムの魔女なんかお呼びでない。俺はもう魔女と関わりあうのはごめんだ」

「そんなこと言わないで」

「冷たいこと言わないで」

「僕たち大事な話があるんです」

「私たちの話を聞いてください」

 しつこく食い下がる二人組。しかし丈はドアを開けない。扉を挟んでの応酬を繰り返していると、やがて外からは、諦めの交った声が聞こえてきた。

「あなたがそう言うなら仕方ないです」

「残念だけど仕方ないです」

「――――強行突破します」

 恐ろしい言葉が聞こえて、丈はぎょっとする。ただならない様子に、阿澄と白雪が廊下に出てきた。

 直後、

「アイン・ツヴァイ・ドライ」

 呪文のような声が聞こえた。まさか扉を吹っ飛ばす気ではあるまいな。不安に駆られた丈は扉を抑え込もうと手を伸ばす。ぬちょり、と生ぬるいものが指先に触れて、慌てて手を引っ込める。

 茶色くどろりとしたものが手に付着していた。まさかと思って匂いを嗅いでみると、甘い匂い。

 まさか、と思って顔を上げた瞬間、外から扉が蹴飛ばされた。扉はぼろぼろと脆く崩れ去る。その向こうでは、二人組の魔女がにこやかに笑っていた。

「チョコレートのお味はいかがですか?」

 玄関には、溶けかけのチョコレートの残骸が散らばった。



「――『ヘンゼルとグレーテル』、または『お菓子の魔女』と呼ばれる、醜悪な二人組ですね」

 白雪が一言で説明した。その説明に不満らしく、二人は頬を膨らませた。

「醜悪じゃありません」

 紺色のTシャツに膝丈のズボンを履いた方、「ヘンゼル」真樹が言う。

「少なくともあなたよりは」

 紺色のセーラーワンピースを着た方、「グレーテル」美咲は言う。

 童話『ヘンゼルとグレーテル』では、母親に捨てられた兄妹が森で道に迷い、お菓子の家に辿り着く。そこは悪い魔女の家で、二人は魔女に捕まり殺されそうになる。しかし、隙を見て魔女をかまどに放り込み、二人は逃げ出したのだ。

 そんな童話になぞらえた魔女名を持つ二人は、魔法であらゆるものをお菓子に変えられるらしい。すでに、丈の部屋のドアが犠牲になってご臨終した。せっかくの部屋の冷気がガンガン抜け出していき、部屋の温度がさらに上昇した。もっと涼しいところに避難したいところだが、こんな「泥棒さんいらっしゃい」状態では迂闊に部屋を空けられない。

 これ以上部屋を壊されてはたまらないと、丈は渋々二人を部屋に招き入れた。入った瞬間、二人は口をそろえて「暑いですね」とのたまった。誰のせいだと思っている。

「それで、あまり聞きたくないが、いったい何の用だ」

 丈が水を向けると、真樹が嬉しそうに答える。

「あなたが魔法の鍵をお持ちと聞きました。ぜひ、僕たちにゆずってください」

「無理。はい、終了。帰れ」

 三秒で回答終了。さすがに、グリムの魔女も三回目の襲撃となると、対応が雑になる。しかし、そう簡単に引き下がれないと、美咲が食い下がった。

「魔法の鍵がどうしても欲しいのです。どうか、私たちにゆずってください」

 困ったものだ、と丈は頭を掻く。今回の二人は、今までの魔女――――白雪姫の魔女や、灰かぶりの魔女と違って、比較的常識的なお願いの仕方を知っているようだった。扉の破壊は非常識だったものの、いきなり勝負をふっかけてきたり、勝負を受けないと見るや人質をとったりというような非道なことはせず、ひたすらに下手に出て頭を下げた。こうなってくると、冷たくあしらうのも躊躇われる。そこまで計算ずくで演技をしているのだとしたら感服ものなのだが。

「……悪いが、頭を下げられても、無理なものは無理。だいたい、俺は鍵を持ってない。隠し場所を知ってるだけ。そんで、その隠し場所は誰にも教えるなってのが遺言だから。魔女の遺言を違えると末代まで呪われるんだ」

 実際には、そんな呪いがあると立証されているわけではないのだが。

「ねえ、あなたたちはどうして魔法の鍵が欲しいの?」

 阿澄が脇から口を出して尋ねる。真樹と美咲は、目を見合わせて、困ったような顔をした。答えあぐねているようで、阿澄は助け舟を出した。

「白雪さんは、なんでだっけ」

「私ですか? 金のためです」

「うわあ、思ったより俗っぽい話だった……」

 阿澄があからさまに嫌そうな顔をした。白雪は心外そうに頬を膨らませる。

「……で、お前たちはなんでなの」

 改めて丈が問うと、真樹が沈んだ声で告げた。

「お金のためではありません。お金が欲しいなら、苦労して、手に入れるのが大変な魔法の鍵を狙おうとはしません。ほかにも、桐島御影の作品はありますから。僕は、どうしても鍵が欲しい。鍵でなければいけないのです」

「どうして」

「鍵を、使いたいんです」

「お前は鍵の使い方を知っているのか?」

 丈はにわかに動揺した。鍵の在処を唯一知らされた丈でさえ、鍵の使い方は知らされなかった。とはいうものの、だからといって他の誰も知りえないというわけではないだろう。実際、御影は生前に、魔法の鍵の存在という重要機密を、酔った拍子に漏らしたらしいのだから。

「鍵の使い方は、ある人に聞きました。知り合いの魔女です。けれど、あなたには教えません。教えたら、きっとあなたは、自分で使いたくなるでしょう?」

「使うったって、俺は魔女じゃないから使えないだろ。というか、お前だって、使えないんじゃないのか?」

 男は魔女ではない。男は魔法は使えないのだ。

「……稀にですが、魔女じゃなくても扱える魔法の道具があると聞きます」

「マジで?」

 丈は白雪に意見を求める。白雪は少し考えてから、

「可能性は十分あると思いますよ。道具を作った魔女が、魔女でない者にも使えるようにと設計したなら。ほら、先日の灰かぶりのブラックボックスも、そうでしたでしょう?」

「ああ、そういえば」

 丈はうっかり失念していたが、先日、灰かぶりの魔女との対決の際、丈は魔女の作った道具、ブラックボックスを使ったのだ。

「魔法の鍵が、魔女でなくても使える可能性も、高いでしょう。だからこそ、桐島御影は、魔女でないあなたに、鍵を託したのかもしれません」

「成程な。姉さんたちでなく俺を選んだ理由は未だに謎だけれど、母さんは決して、俺にとってなんの益にもならない物を押しつけたってわけでも、ないのかもしれないな」

 しかし、御影が丈に、鍵を使わせるために遺したのだと、単純にそう考えることも難しい。もしそうなら、肝心の使い方を教えずに逝った理由が解らない。

 魔法の鍵とはなんなのか。自分には関係ないと無視し続けてきた謎に、そろそろ向き合うべきなのかもしれないと、丈はひっそりと考えた。

いかんせん二人の魔法がこんな具合なので、今後の展開はバトルにもゲームにもなりえない気がします

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