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そこにいたのはうら若き乙女だったが、勇者はこれほどまでに端麗な容姿を今まで見たことがなかった。そう断言できるほどに彼女の容姿は優れていた。
きらきらとした蜂蜜色の髪は長く、ただ無造作に下ろされているだけなのに不思議と神々しさすら覚える。
恐ろしいほどに整った顔立ちは神の造形美というに相応しく、その顔に張り付いた警戒の表情すらそれを損なわないどころか彼女をより美しく際立たせているのではないかと思えた。
つまり、まさしく美女と呼ぶにふさわしい存在がそこにいた。
言葉を返さない勇者に美女は同じ言葉を繰り返す。
「おい、口が利けないのか? お前は何者だ。何をしにここにいる」
お世辞にも品が良いとは言い難いその口調は優雅な美女の顔立ちには全く似合っていなかったが、不思議と勇者はそれを不快だとは感じなかった。どころか、顔立ちの高貴さとの対比が尚更彼女を高めているような気にさえなる。部屋が寝台以外何も置かれていない、まさに殺風景極まりない牢屋のような場所であるのも、逆に彼女が部屋を彩るものとなる意味ではいい塩梅という奴か。
「おい、お前無視をするのもいい加減にしろ。頭がイカれているのか?」
「ええ、あなたにイカれているのかもしれません」
そうとまで言われて漸く勇者が返せたのは、そんな言葉だった。まさに己好みの美女を前にして舞い上がっていたからこそ口をついて出た言葉に女性らしく勇者は頬を染める。
一方、そんな言葉を吐かれた美女は頬を引き攣らせていた。だがすぐに懸命にも美女は聞かなかったことにする、という選択肢を選び取り、それで、と問いかけを続けた。宰相ですら出来なかった芸当を成し遂げた美女を、けれど褒め称える者は残念ながらいない。
「それでお前は誰で何をしに来たんだ」
「私に興味を持ってもらえたんですか? 嬉しいです。何が知りたいですか、誕生日血液型好みの女性のタイプ何でも答えられ」
「お前の職業身分とここにいる目的だけでいい」
美女の言葉に目を輝かせて己に興味を持ってもらうべく弾丸トークを繰り出そうとした勇者を押し留め、美女は己の聞きたいことをもう一度繰り返す。三度目にして今度こそ勇者は己が勇者であることと、この城にやってきた目的を美女に話して聞かせる。曰く魔王を倒し、身寄りのない娘を引きとり己のハーレムに加える、というそれだけであるが。
「そういえば、他の人は?」
「協同して逃げ出さないように一人一人別の部屋にいれられている」
もしかするとこの部屋に入って以来初めて行われたまともな会話に、美女は表情をすっと真顔に戻し答える。美女の答えた内容に痛ましいとばかり顔を歪めた勇者を美女は暫く押し黙って見ていたが、やがてぽつりと勇者にとっては絶望的な真実を口にした。
「残念ながらここで身寄りがないのは俺だけだぞ」
美女の言葉に勇者は目を瞬かせて、それから理解が追い付かないという顔をした。全く以て何と言われたのだか勇者の頭が理解を拒んでいたのだが、美女はそれに追い打ちをかけるように言葉を重ねていく。
「魔物は美しい娘が美味いから攫って食べるんだが、奴らに美醜が分かるわけがない。だから恋人がいて若い娘を基準に攫っているんだ。だからそもそもハーレムですらない」
勇者はその言葉に打ちのめされ、目に見えて沈んで見せた。美女にはそれが娘が身寄りがないからでないのか、それともハーレムでないからなのか判別がつけられなかったが、どちらであってもこんな勇者は嫌だと思った。それは美女の表情にもありありと現れている。
暫く落ち込んでいた勇者はそこで美女の言葉を反芻する余裕が出てきたのだろう、美女の言葉の違和感にことりと首を傾げ美女に尋ねた。
「あなたもそう攫われたんじゃないんですか?」
美女はその質問に気まずそうな表情を見せたが、それでも勇者の問いに答えるだけの常識は持ち合わせていたようで言い淀みながら口を開いた。
「……俺は別枠で。身寄りもいるにはいるが事情があって会えないというかなんというか」
勇者は美女の言いづらそうな調子から、美女は親に勘当でもされたのだろう、と当たりをつけた。だとしたらまずいことを聞いてしまったとは思うが、聞いてしまったものは仕方がない。
それにしても、と勇者は思った。身寄りがない女性という条件付きだからこの場に攫われてきた女性の人数よりある程度引き取れる女性が減ることは想定できていたが、だからといって一人というのは全く思い至らなかった。期待はずれだ、と沈みそうになる心で、しかし勇者はは、と気がつく。
一人しか引き取れないからと言って何だ。目前の美女だけでも構わないのではないだろうか。寧ろ勇者の好みを具現化したような美女なのだ。彼女を引きとる代償として他の女性が引き取れないのだと考えればいいではないか。
そう思えば勇者の心は軽くなっていき、それに反比例するように美女の顔は苦々しくなっていく。落ち込んでいた勇者が急ににやけだしたのだから、何かろくでもないことを考えているのに違いない、と思っても仕方がない。仕方がないどころか、美女の想像は大当たりである。
そんな美女の様子など全く気に介さず、勇者は満面の笑みで美女に告げた。
「あなたが欲しいです」