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ぶっ、と勇者の目前の美女は噴いた。そんな様も勇者は美人は何をしても美しいなどと考えていたが、そうとは知らない美女は訝しげに勇者に問いかけた。
「さっきから気になっていたんだが、お前、女だよな?」
「はい」
「俺も……女だよな?」
「ものすっごく私好みの女性に見えますけど」
「だよな」
平然と返答していく勇者に、美女は遠い目をしてそうか、これが変態という奴か、などと呟いている。だが、勇者はそんなことを言われても平然としているどころか頬すら染めて見せる。美女から与えられる何もかも嬉しくて仕方がないような様子にますますどん引きする美女。そのどん引き顔にまた勇者が、と悪循環に陥りそうになったところで、勇者がはた、と我に返った。そして懐からがさごそと紙を取り出し美女の前に見せた。
「この契約書に名前を書いて下さい」
言って勇者が示したのは一枚の契約書。勇者が国王から賜った魔法のかかった契約書だ。そこには署名をしたものが勇者の所有物となり勇者の傍を離れることが叶わないこと、その契約は何人にも破れない旨が書かれている。勿論、身寄りがある者に書かせた場合には無効である旨が但し書きされている、らしい。らしいというのは勇者が文字を読めないからだが、何度も国王に確認したからこれで問題がないはずだ。
勇者が魔王を倒した時点でその魔法が発動する仕掛けのそれを勇者は同内容で数十枚国王から受け取っているが、結局使われるのはこの一枚だけだ。犠牲者が一人で済んだからいいものの、とんでもない契約内容を国王もよく許可したものである。
渡され契約内容を読んだ美女は頬を引き攣らせた。心なしか美女の立ち位置が一歩下がっている。極めて一般的な反応だ。
「え、この契約結べってか」
「国王さまから許可を貰ってますから。ほら、早く署名を」
にっこり笑って勇者が詰め寄る。それに対して美女が更に一歩下がった。表情が青いのも気のせいではないだろう。それに対し最後の悪あがきのように、美女は言葉を投げかける。
「後悔するぞ」
「しませんよ」
はぁ、と美女は溜め息をつき、どうなっても知らんぞ、とそう言いながら壁を机代わりにその中からすらすらと名前を書き入れた。勿論、勇者はその文字を読めなかったが。
諦めの境地に至った美女がすらすらと流暢にその名を記したのと同時にぱりん、と音がする。勇者が何事かと美女を見ると、美女も己の手を信じられないとばかり眺めていた。
「今の音は……?」
「どうやら俺にかけられている呪いのうち、魔封じの呪いが解けたらしい。この契約の方が上位の魔法だったのか……?」
美女がぶつぶつと言っている言葉は小さくて聞き取りにくかったが、何とか勇者は魔封じという言葉を聞き取った。魔封じということは美女には魔力があるということだろうか。この部屋から出れば魔物に襲われるということで、魔力を封じられた美女はここに閉じ込められていたらしい。それにしても魔力持ちとは、魔力の間の字も持ち合わせていない勇者には羨ましい話だ。
まぁそれは己には関係ない、と勇者はすっくと立ち上がった。扉に手をかけ美女の部屋を立ち去ろうとする勇者に、美女は疑問を投げかける。
「? おい、どこに行く気だ」
「他の女性を貰えないのは分かりましたが、女性を食い物にするだなんて卑劣な魔王を倒しに行くのです。まぁ後契約の発動のためというのもないでもないですが」
嘘だ、と美女は思った。どう見ても勇者の目的は後半の方だ。国家権力を笠に着て美女と契約を結び、美女との離れない絆を狙っているのだ。
「しかし食べるっちゃ食べるわけだから間違ってはいないはずだが、妙に違和感を覚えるのは何でだろう」
最早勇者の異常な思考への突っ込みは諦めたらしい。熱くなる勇者に対して冷静に突っ込みを入れた美女はそれから、俺も行く、と声をあげた。
勇者が驚いて美女を見る。美女はそっぽを向いて言った。
「お前は気に食わないが魔王を倒すなら戦力がいるだろう。一応俺は魔法使いというやつだからな。多少の役には立ってやる」
ここから解放された礼だという美女に、勇者は己の頬に手を当てぽっと赤らめた。
「照れ隠しなんてしなくても……分かってます。あなたが私を心配してくれているのだということは……!」
「大丈夫だ。天地がひっくり返ってもそれだけはありえない」




