第七話 侵食
黒い雨が静かに降り続いていた。
崩壊した街の中心で、神城レンは倒れたユアを抱き起こしていた。
「ユア!!」
返事はない。
銀色の髪は煤で汚れ、呼吸も浅い。
そして何より――右腕。
完全に黒く変色した腕は、人間のものには見えなかった。
脈打つように蠢く黒い皮膚。鋭く伸びた爪。まるでノクスそのものだった。
レンの顔色が変わる。
「……侵食率が限界を超えてる」
東雲アオイが険しい表情で呟いた。
レンはユアを強く抱き寄せる。
「助かるんだろ……?」
アオイは答えなかった。
その沈黙だけで十分だった。
「ふざけんなよ……」
レンは歯を食いしばる。
その時だった。
ユアの指先が小さく動いた。
「……レン」
「ユア!」
ゆっくりと開いた赤い瞳。
だが、その瞳はどこか濁っていた。
黒い紋様が首筋から頬へ広がり続けている。
ユアは苦しそうに息を吐いた。
「……ごめん」
「喋るな」
「私……もう」
「黙れ!!」
レンは叫ぶ。
「勝手に終わろうとすんな!」
ユアは少しだけ目を見開いた。
その時。
遠くで轟音が響く。
超大型ノクス。
その巨体がゆっくりとクロノス・ウォール内部へ進み始めていた。
逃げ惑う人々。
崩壊していく街。
そして怪物の肩の上では、黒崎レインが楽しそうに笑っている。
「素晴らしい!!」
狂気じみた声が夜の東京へ響く。
「絶望! 混乱! 破滅! やはり人間は追い詰められた時が最も美しい!!」
「あの野郎……」
レンの瞳に怒りが宿る。
するとアオイが低く言った。
「神城レン」
「なんだ」
「その子を連れて離脱して」
レンは眉をひそめる。
「お前は?」
「私が時間を稼ぐ」
「一人であれを止める気か?」
「止めるしかない」
アオイは静かに青い刀を構える。
その瞳に恐怖はなかった。
「ヴァルキリアの任務は、人類を守ること」
「死ぬ気かよ」
「……今さらでしょ」
そう言って、アオイは前を向く。
超大型ノクス。
都市を踏み潰しながら進む絶望の怪物。
アオイは地面を蹴った。
轟ッ!!
爆発的な速度で駆ける。
青い閃光が闇を切り裂いた。
「はぁぁぁッ!!」
一閃。
巨大な触手が宙を舞う。
だが次の瞬間、別の触手がアオイへ叩きつけられた。
「ッ!!」
轟音。
アオイの身体が吹き飛び、崩壊したビルへ激突する。
「アオイ!!」
レンが叫ぶ。
しかしアオイは血を流しながらも立ち上がった。
「まだ……終わってない」
その時だった。
レンの腕の中で、ユアが苦しそうに震え始める。
「……ぁ……」
「ユア?」
ユアの赤い瞳が大きく見開かれる。
黒い紋様が顔全体へ広がっていく。
嫌な音がした。
――バキッ。
ユアの右腕がさらに変形する。
鋭い骨のようなものが飛び出し、黒い外殻が全身を侵食し始めていた。
レンの背筋が凍る。
「やめろ……」
ユアが苦しそうに頭を押さえる。
「レン……逃げて……」
「何言って――」
「早く!!」
叫んだ瞬間だった。
ユアから凄まじい殺気が放たれる。
周囲の空気が震え、近くにいたノクスたちが一斉に後退した。
まるで“上位存在”を恐れるように。
そして遠くで。
黒崎レインが笑った。
「やはりそうか」
狂気に満ちた赤い瞳。
「君こそが、“女王”なんだね」
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