番外編3 沙希の里帰り
「ラインハルト様、お待ちくださいっ!!」
「もう、言われたお勉強は全部終わったよ。あとはケヴィンとお外で遊ぶんだ」
もう終わったと言われてしまえば、世話係の女官たちには何も言えない。
「......ラインハルト様はお父様に似て優秀でいらっしゃること」
王宮の日常である。王であるエドワードは忙しく、王妃の沙希も研究に没頭しながらも息子のラインハルトとの家族の語らいを大事にしているようだ。
「ハルト! お父様のところに行きましょう」
通りがかった王妃がラインハルト王子を呼び止める。
「エレナもお父様のところ、行くーー!」
王妃の後ろに、女官に抱っこされた三歳下の妹のエレナの姿もある。
母の顔をみると瞳がキラキラしている。
こんな時の母親は何を言っても聞く耳を持たないと、小さいながらわかっていたラインハルト王子は、しぶしぶ従って国王の執務室に向かった。
「エドワード! 古代魔法を固定化する方法がわかったの!!」
沙希は、部屋に飛び込むなり叫んだ。
周りにいたカイル以外の護衛騎士が少し驚いた顔で沙希を見る。
「あ、ごめんなさい。......陛下。こないだわかった『螺旋階段とドアを自由に出す方法』ですけど、引き続き調べていたら、それを一定期間『固定化』する方法もわかったんです。羊での実験も成功しました」
「ぶふ。羊......ね」
カイルが笑いをこらえる。
「古代魔法の解明は大変だっただろう。沙希、よく頑張った」
エドワード国王もニコニコである。
「これで、パパとママにも会えるかもしれない。問題はいつ実用化できるのかっていうことよ」
いつの間にか砕けた口調になっているのも気が付かないほど舞い上がっていた沙希であった。
ラインハルトには意味がよく分からなかった。
「パパ? ママ?」
だが、両親が喜んでいるので、ラインハルトもエレナと遊びながら話を合わせて喜んでおいた。
螺旋階段の固定化に成功した沙希だったが、固定化は長くても三日くらいだった。三日しかあちらに滞在できないのはちょっと大変だ。それを伸ばすのが次の研究だったが、なかなか思うようには伸びてくれなかった。
「はぁ、なかなか伸びてくれないわね」
ラインハルトとエレナは母の研究室に午後のお茶をしに行くのが日課だった。エレナはその間ずっと昼寝をしていることも多かったが。
世の中の母というものはみんなこんな感じだと思っていたが実はそうではないというのを最近知った。母は元「天の娘」で、この世界に残った人らしい。つまり、政略結婚ではないということだ。
(どうりで父とも仲がいい訳だ)
小さいながら優秀だったラインハルトはそう思っていた。それはケヴィンの両親にも言えた。
「ケヴィンはいつもそばにいてくれて頼りになるよ」
小さなラインハルトはいつも母に言っていた。
「ケヴィンの両親のカイルおじさまとゲルダおばさまも仲がいいよね。やはりゲルダおばさまも元『天の娘』だったんでしょう?カイルおじさまのために、元の世界に帰らなかったと聞いたよ。お母様、そのお話して?」
エレナが昼寝をしていて静かだったのでラインハルトはそのお気に入りの話を母におねだりした。
「......元の世界への未練はありましたが、ゲルダはカイルを選びました」
それが今、覆されようとしているというわけだ。
(自由にお母様の故郷と行き来できるようになれば、自分だってお母様の方のおじいさまとおばあさまに会えるかもしれない)
それはちょっと楽しみだった。
*
沙希の研究は中々進まなかった。どうしても長期の固定化がうまくいかないのだ。
「別の方法を考えなくちゃならないかしら?」
午後のお茶にはゲルダも時々同席していた。
「沙希様。行きのためのドアを出して、長く固定化せずに、改めて帰りのためのドアを出すことはできませんか?」
「それも考えたのだけど、古代魔法の使い手が『あちらの世界』にいたのではダメなのよ」
向こうの世界には魔法がないので、古代魔法に必要な空中の魔素が使えないらしい。
「それなら私、猛勉強して練習します!で、かわりばんこに行けば、うまくいくのではないでしょうか?」
それからのゲルダは毎日のように沙希の研究室に通ってきて古代魔法の学習をした。その間、ケヴィンも一緒にやってきて、ラインハルトと一緒に勉強をしたり遊んだりできたので子供たちも満足だった。
やがてゲルダも自由にドアと螺旋階段を出せるようになり、今日は実験の日だ。どうやら行きと帰りのドアを同じ人が出せば行き来できることもわかってきた。ゲルダが出したドアを羊が抜け、翌日ゲルダが出したドアから帰ってくる予定だ。
王妃沙希とゲルダの思いが詰まった実験が始まった。
「これがうまくいったら、自由にいろんな人を招待できるわね」
沙希もゲルダもウキウキしている。家族はもちろんグレースやシンシアにだって会える。期待は膨らむばかりだ。
実験は成功した。
沙希とゲルダは、お互いに古代魔法を使い合うことで行き来ができる様になったのだ。
*
沙希は言った。
「私の研究も佳境に入っています。万が一のためにもゲルダ以外の使い手も育てておきたいと思います」
カイルの部下の中からふたりほど古代魔法の使い手になれるよう訓練することになった。訓練期間はゲルダがカイルとケヴィンをつれてドイツに向かうまで。
それまでにドアと螺旋階段は自由に出し入れすることが出来なければならかった。
当日。
沙希が古代魔法を使い、ドアと螺旋階段を出した。決めてあった場所にはカイル一家が待機していた。
「さあ、これから一週間の旅よ」
ゲルダは高らかに宣言した。
ドイツのゲルダの家族は、大騒ぎになった。帰還の娘のように「時間をさかのぼる魔法」は含まれないため、向こうの世界の時間は同じだけ経っていた。すなわち、いなくなったときよりも七年後の世界に出現したのだが、シンシアからちゃんと手紙は届いていたようで、事情は伝わっていた。
初めて会う孫のケヴィンも初めて会う娘婿のカイルもすっかりゲルダの両親になつき、これ以上ないくらいの歓迎を受け一週間はあっという間に過ぎ去った。
「会えて嬉しかったわ。また来るわね、絶対よ」
「待ってるよ。また是非おいで」
ゲルダたちは大満足の旅になった。
予め決めた場所に待機していると突然螺旋階段が現れる。三人でその階段を音を立てて降りていくとドアがある。一呼吸してからドアを開けるとそこには沙希とラインハルトが立っていた。
「やった! 大成功よ!」
沙希とゲルダはその成功を涙を流して抱き合って喜んだ。
「次は沙希様達ですね。国王陛下は忙しそうで、スケジュール取れるんでしょうか」
ゲルダは心配そうに言った。
*
「ん? 沙希の故郷? そんなのスケジュールを何とかして行くに決まっている!」
エドワードに相談したところ、即決だった。
「私がいない間の公務は、ニコラス宰相にお願いしておく」
「わかりました」
「沙希のご両親に会えるの楽しみだな」
沙希も喜びを抑えきれない。
「そうですね。びっくりさせましょう。ちょうど三人目の妊娠もわかったことですし、そのことも報告しましょう」
「え?」
エドワードはびっくりした。
「に、妊娠? 聞いてないぞ! そ、そんな体で旅して大丈夫なのか?だ、誰かーー! 誰か王妃の寝る支度を」
おろおろする過保護なエドワードをじろりと見た沙希は、
「......陛下。ラインハルトの時もエレナの時も、私はつわりもなく元気いっぱいだったではないですか。もちろん大事にしますけど、そんな大げさに騒がなくて平気ですよ。何ともありませんから」
*
王妃の里帰りの日。
国王が忙しいのもあったが、安定期に入ったとはいえ少しでも沙希の負担を軽くしたいとの国王の強い希望で国王一家は王宮から出発することになった。ゲルダは早くから沙希の研究室を訪れ、準備していた。
「では、行きます」
不意にドアが現れた。
「では行ってまいります」
「行ってらっしゃいませ」
ドアを開け、螺旋階段を上ってみると懐かしい日本の風景だった。
「懐かしい......七年もかかっちゃったけど家もそのままだわ」
そう言って、お守り代わりに大事にしていた実家のカギを取り出す。
「これが沙希の故郷の景色なのか」
エドワードはエレナを抱っこしてラインハルトの手を繋いだまま、感慨深げに言った。
沙希はお腹のために、走り出したい衝動を抑え、実家のドアを開けて叫んだ。
「ただいまぁ! お父さん、お母さん!」




