4 限《かぎ》られた食《しょく》のレシピ
「雪路。私たち三人とも草凪だから、草凪だけだと誰を呼ばれているかわからないの。名前で呼んでくれたほうがいいわ。私はマコト。父さんが誉。母さんが千夏よ」
「ふむ。そうなのか。名がいくつもあるなんて、人はめんどうな生きものだな」
しっぽをゆらしながら、雪路は大きくうなずいた。
父さんは長ネギと玉ねぎをそれぞれ細かく切る。
「ひととおり肉を買ってきてくれるか、千夏」
「任せて」
「マコトはこっちを手伝ってくれ」
「はーい」
母さんは財布と車のカギと免許証だけ持ってスーパーに向かった。
私はたなからカレー粉を出す。
「ねえ父さん。学校でやったけど、日本で冷ぞう庫を使うようになったのって昭和になってからじゃない? 三種の神器でしょ、洗たく機、冷ぞう庫、白黒テレビ。冷ぞう庫がなかったなら、ご先祖さまは肉を食べてなかったかも」
「うーん。それもありえるな。でも、ひととおり思いつくものをためそう」
「ぬぬ? 何を言っておる。神器は八咫鏡、草薙剣、八尺瓊勾玉ではないのか? 草凪が言っていた」
「家電……て言ってもつうじないか。キカイのこと。雪路の言う神器は神話のものだよ」
「わからん。おんみょうじゅつとはちがうのか? わしにもわかるよう話せ」
「そもそも私にはおんみょうじゅつがどういうものなのかわからないよ。私も父さんもそんなもの使えないし」
あやかしとたたかう力なんて、マンガやアニメのなかでしか見かけない。
明治がいくら今よりもすずしくても、夏はどうにもならないよね。
肉を使ったとしたら、サラミとかビーフジャーキーみたいな、かわかしたもの??
百五十年前、サラミなんて売ってたのかな。
あ、でも近くに農家があったなら、いたまないうちに肉を食べられるのかな。
三十分ほどで母さんが戻ってきた。
「ただいまー」
「まちくたびれたぞ。わしのカレーを早よぅ」
「はいはい。すぐに作るからせかさないの!」
雪路はワンコのように、ブンブンいきおいよくシッポをふりまわす。
「うーん。キツネってこんなに食い意地のはった生き物だったの?」
「生きとし生ける者、すべからく食べて生きているからの」
「まあそうだけど」
キッチンでは父さんがカレー作りがつづいている。
「まずはブタで作ってみるか。ひき肉かバラかロースかまではわからないから、ためさないと」
「なんでブタから?」
「うちの一族は昔からこのあたりに住んでいたからな。関東はブタ肉文化だから、ご先祖さまが牛やトリへのこだわりでもない限り、手に入りやすいのはブタだと思う」
「へー。あったまいー!」
「はっはっはっ。そうだろう」
「ほーら、すぐ調子にのる……」
父さんがはなうたを歌いながら、ブタバラをいためていく。
ゴキゲンなときにはかならずはなうたが出るから、わかりやすい。
味つけも、たぶん明治に手に入るであろうものだけでする。
母さんはノートパソコンを開いてカレーの歴史をしらべはじめた。
「しらべてみると、明治五年には西洋料理本にカリーのレシピがあったみたいよ。ボートル……バターね。カレー粉と小麦粉を一匙ずつ、ショウガとニンニクをカケラで入れる。しおで味つけ。水かだし汁一合でわる」
「へー。たぶん粉のだしはなかったよね。てことは、にぼし、かつおぶし、昆布あたりかな?」
私はハサミで昆布を切って、煮立たせないようにごく弱火で煮る。
小さい頃から店を手伝っていたから、これくらいはお手のものだ。
中学生だからってなめちゃいけないのよ。
「現代って便利よね。粉や水わりできるだしを売ってるんだもん。……よーしできた! 父さん、カレーのベースはできてる?」
「もちろんだ」
カレー粉と小麦粉をバターでいためたところに、昆布だしを注ぐ。
さらにあげておいた長ネギとブタ肉も入れて煮込み、明治風カレーができた。
「どれどれ……。んー。あんまり、カレーっぽくないね」
スプーンですくって口に入れると広がるバターの香り。あとショウガとニンニクの香り。肉とネギしか入ってないから、そざいの味が生きてるね。
バターとショウガ、ニンニクのおかげで香りはいいけれど、とろみはあまりない。カレーっていうよりはカレー味のスープみたい。
雪路の前におくと、雪路は匂いをかいで口をつけた。
白い毛をカレーで茶色くしながら食べていき、皿はあっという間にきれいになった。
「どう? 雪路。ご先祖さまの味になったんじゃない?」
「ふむふむ。最初のものにくらべるとだいぶ近い。ただ、肉が思い出のものとちがう」
「ブタじゃなかったのか……。じゃあ牛かトリかな?」
ノートに書いていたブタにマーカーでバツをつける。
ネギはちがうと言わなかったから、長ネギてよかったみたい。
ベースはカレー粉と小麦粉、バター。くさみ消しにショウガとニンニク。
だしは昆布だし。
だんだんと答えに近づいてきているのがわかる。
きっと、ご先祖さまの作っカレーまでもう少しだ。




