むかしむかし ひとりりぼっちのざしきわらし
江戸のやどから文がきた。
【客のいない部屋からもの音がしてひとがよりつかん。悪いものなら退治してくれ。】というものだ。
悪いあやかしがいるばあいを考えて、雪路をつれてやどへ向かった。
あまり道がいいとは言えないから、何日も歩きづめで足がいたい。
雪路は「ふふん! あおいひよこが、よくなきよる」などとぬかす。
ナマイキをいうなら、もうカレーをつくってやらんぞ。
みちのとちゅう、古めかしい神社で、こま犬が話しかけてきた。
「おやめずらしい。江戸にもまだおんみょうじがいたのか。しかもあやかしをしたがえているとは、見かけによらずなかなか力があるのか」
「したがえているとは、失礼な。わしが草凪に力をかしてやっているのだ。つまり! わしのほうがえらい!」
シッポを大きくふりまわして、なんともえらそうだ。
「はいはい。もうそれでいい。このあたりに『さかえや』というやどがあると聞いたのだが、合っているか?」
「ならば、ここより北に行くといい」
「そうか。助かった」
こま犬からきいた道のさきに、やどがあった。
やどの主人とおかみがオレたちをでむかえてくれた。
「草凪さま。はるばる鎌倉からありがとうございます。どうぞ、よろしくおねがいします」
たたみにひたいをつけてたのまれる。
主人とおかみのうしろに、キツネの面をかぶった幼い子どもが見えた。
ざしきわらしだ。
ざしきわらしがマリを投げる音に、やどの主人とおかみがふるえた。
「ひいっ! またみょうな音が!」
すがたが見えない者たちにはおそろしいバケモノでしかない。
雪路は、あいてが悪さをするあやかしでなかったから、つまらなそうに毛づくろいしはじめた。
「主人、おかみ。これは悪いものではないです。ざしきわらしだ」
「ざしき、わらし?」
ふたりはかおを見合わせて、もういちどオレを見る。
「なあ、そこの小さいの。名前はあるのか?」
ざしきわらしはびっくりしたようにうごきをとめて、自分をゆびでしめす。
「わたし? なまえ、ない」
「そうだ。オレは草凪清継。おんみょうじをしている。あまり人をおどろかせるものではないぞ」
やどの主人とおかみは、変なものを見るかおでおれを見ている。
「あそんでほしかっただけ。なのに、みんな、むしする」
「みんなにはお前が見えていないのだから、むちゃを言うな」
「オレはお前をはらわないが、他のおんみょうじははらってしまうかもしれない。わかるか?」
ざしきわらしは泣きそうになっている。
「みんな、見えないものはこわいんだ。いい子にしていたら、だれもお前を追い出そうなんて思わない」
「…………うん」
うまくせっとくできたようだ。ざしきわらしは、へやのすみでせいざする。
「だ、大丈夫、なのですか、草凪さま?」
「大丈夫。ここにいるのは、ざしきわらし。幼子のすがたをしたあやかしだ。この子はだれかにあそんでほしかっただけだよ。やどを幸せにしてくれる良きものだから、めしでももらえばよろこぶ」
「わかりました。とにかく、わざわいを呼ぶものではないのですね」
「ああ」
ふたりはほっと息をはいて、礼金とは別に食事を用意してくれた。
とうふづくしの食事だ。ごはん、焼きもの、あえもの、汁もの。
ざしきわらしには汁ものを用意してある。
「おいで。いっしょに食べよう。このおつゆはお前の分だよ」
「いいの?」
「ああ。おかみがお前にと………いつまでもお前では失礼か。名はないのだったな。良き縁にめぐまれるように、ユカリというのはどうだ?」
ユカリはかおをあげる。
「……うん。ユカリがいい」
「さあ、ユカリ。いっしょに食べよう」
ユカリはすりながしとうふを、それはおいしそうに食べた。
オレのように見える人間はへってきているから、ユカリが縁にめぐまれるのはいつになるかわからない。
けれどいつか、あやかしをおそれない者があらわれたなら、この子はひとりでなくなる。
それまでこのやどがあるかどうか。
「……ユカリ。どこにも行けなくなったときは、鎌倉に、オレのところをたずねるといい。おんみょうじは、困りごとをかいけつするのが役目だ」
「うん、わかった。ユカリは、くさなぎにあいにいく」
ユカリとの約束を、清継本人が叶えることはできなかった。
けれど、とおい子孫が叶えた。
ユカリは草凪家の家族として生きていく。
ひとりぼっちのざしきわらし おしまい




