6話 夜会
その後、公爵家の領地の中心に辿り着くと、馬車は7色に輝く鏡の中に入っていく。
その輝きはまるで虹のようで、見る者を一瞬にして魅了した。
確かこれは、ワープゲートと呼ばれるものだ。
原作で主人公が王宮から遠く離れた子爵領に里帰りする際に使われていた。
これは、空間を歪ませ、瞬時に目的地へと移動できるため、非常に便利なアイテムである。
本来、ワープゲートは使用料が高額で、貴族でも頻繁に使うことは難しく、平民は一部の富裕層を除いて利用できなかった。
維持には莫大な魔力が必要であり、専門の魔法使いによる高度な管理が不可欠だからだ。
管理者である専門の魔法使いと、ワープゲートを動かす動力として使われる純度の高い最高級の魔石と、かなりのコストがかかる。
しかし、原作の途中で主人公はとある科学者と出会う。
その科学者は新たに天空列車と呼ばれる列車を開発し、身分を問わず、新たな物流や移動手段として用いられるようになるのだ。
移動ゲートは中位の魔法使いがいなければ、発動することは困難で、人件費だけでなく魔法のエネルギーの消費量も大きいことから、どうしても高額な値段になってしまうのだ。
高額といっても、中位貴族であれば簡単に支払える額らしく、貴族の中ではメジャーな交通手段とされている。
首都の社交界への往来や、領地間の移動など、時間を重視する貴族にとっては必要不可欠なものだった。
馬車はワープゲートを抜けると、突如別の都市の中心街に出た。
そのまま馬車は走り続け、しばらくすると広大な敷地と大きな屋敷が姿を現した。
「……ここが、南部の大貴族、ドワイト公爵家。なんて大きな御屋敷なのかしら?」
私があまりの広さに圧倒されていると、向かいに座るクリスチャンが苛立ちを隠さずにこう言った。
「貴方は一体何を言っているのですか?……遂に、頭までイカれてしまったのか?貴方は、過去にもこの屋敷を訪れているでしょう?ふざけるのも大概にしてくれないか?」
「え?」
どうやら、私はまたもややらかしてしまったらしい。
クリスチャンとリディアの話が事実ならば、私は卒業パーティーでパートナーとなったドワイト公爵の家であるこの場所に、以前も来たことがあるということだが、当然そんなことは知る由もない。
一体私とドワイト公爵はどんな関係だったのか、疑問は深まるばかりだ。
公爵家の門の前に到着すると馬車が止まり、外に待機する騎士が何やら話し始める。
そして数秒後「お通り下さい」と男性の大きな声が外から聞こえ、馬車は再び動き出した。
重厚な門がゆっくりと開き、私たちを迎え入れた。
今のは招待客かどうかの確認だったようだ。
それから数十秒後、馬車は公爵家の玄関前で止まった。
「……いいですか?くれぐれも余計な真似はしないでください。貴方は、俺の言うことを聞いて大人しくしているんだ」
「かしこまりました」
クリスチャンはそう言うと、先に馬車を降りる。
そして、女優も真っ青な爽やかな笑みを浮かべ、私に手を差し出した。
その笑顔は完璧で、一分の隙もない。
しかし、その奥に冷たい光が宿っているのを私は見逃さなかった。
「さあ、参りましょうか。お手をどうぞ、アメジスト」
そこには、原作で愛妻家と呼ばれた爽やかで美しいと評判の公爵の姿があった。
どうやら、原作の愛妻家と呼ばれる彼は所詮表の顔であり、あれはただの仮面だったようだ。
(すごい変わりようね?気持ち悪い……)
私は渋々彼の手を取り、素直にエスコートされて馬車を降りる。
屋敷に入ると私たちは使用人に案内され、パーティー会場へと向かう。
会場の前に着くと、重厚な扉の向こうから、華やかな音楽と人々の話し声が聞こえてきた。
そして、ゆっくりと扉が開く。
「ブレンシュタイン公爵、ブレンシュタイン公爵夫人のご入場です」
名を呼ばれ中に入ると、多くの招待客たちが私たちに注目する。
「まあ!ブレンシュタイン家も参加されていたなんて!」
「公爵夫人は嫁がれてからお身体の調子が悪いと聞きましたが、大丈夫なのでしょうか」
「愛妻家と有名な公爵様だわ!まあ、なんて幸せそうなのかしら!」
「公爵夫人はなんて素敵な旦那様をお持ちなのでしょう!羨ましい限りですわ!」
ヒソヒソと小さな声で囁き合う彼らは、揃いも揃ってクリスチャンを褒めていた。
それほど、彼の仮面は分厚いということなのだろう。
今この場で彼の本性を見せてやりたい気分だが、もちろんそんなことはできないので彼らの言葉はスルーした。
下手に騒ぎ立てれば、私の立場が悪くなるのは目に見えている。
今は耐え忍ぶしかない。
「ブレンシュタイン公爵様、お久しぶりですな」
「ああ、ブラーム伯爵。先日は、どうも」
「お久しぶりです、公爵様!」
「公爵様、先日の件はありがとうございました」
クリスチャンは周囲からの信頼が厚いのか、彼の周りには多くの貴族が集まり出し、彼らは事業や政治の話を始めた。
彼らが重要な話に夢中になっている今なら、誰にも気づかれずに動けるかもしれない。
そう考えた私は、これを好機と捉え、今の隙に彼の傍を離れることにした。
(チャンスは今しかないわ。急いで伯爵を探さなきゃ)
「公爵様、私は少し気分が悪くなってしまったので、向こうで休んで参ります」
「な、何だって?……待つんだ!アメジスト!」
「公爵様、今度我が家で始める新しいビジネスなのですが……」
「公爵様!次の議会では……」
何か言いたげなクリスチャンだが、他の貴族に阻まれて、私を追うことはできない。
私は難なく彼の傍を離れることができ、ほっと一息つく。
私は懐に忍ばせておいたエレノアが描いた両親の絵を持って、この絵に似た男性を探し始める。
会場内をぐるぐると回り、彼を探しているとようやく似た男性を見つけることができた。
遠目からでも、その高貴な雰囲気と、どこか憂いを帯びた表情が目を引いた。
その男性は、絵よりも若く美しい容姿をしていたが、瞳の色は私と同じアメジストのような紫色だった。
しかし、そこには驚くべき人物も一緒にいたのだ。
まさか、こんな場所で彼と出会うことになるなんて。
「お父様……と、ブラントン子爵様?」
(なんでブラントン子爵がここにいるの?!)
原作の主人公、メリーの養父であるブラントン子爵。
彼は、温和な笑顔が印象的な中年の貴族男性だ。
彼は孤児院で出会った聡明で心優しいヒロイン、メリーを過去に失った娘と重ねて彼女を引き取ることにした。
娘を亡くした悲しみから立ち直れずにいた彼の心を、メリーの存在が少しずつ癒していったのだ。
メリーが引き取られたのは、彼女が9歳の時だ。
メリーはエレノアと同い年なので、今はまだメリーは子爵家に引き取られていない。
それにしても、まさか我が父が将来的にヒロインの養父となる子爵と親交があるとは思わなかった。
この件から、私は世間は意外と狭いのだということを学んだ。
思いもよらないところで、身近な人物が意外な人物と繋がっていることもあるのだということを。
「ア、アメジスト?私の可愛い娘、アミィか?本物なんだろうな?一体どうして手紙の返事を返さなかったんだ?!……まさか、体調を崩したという噂は本当だったのかい?ああ、可哀想に。今すぐ優秀な医者を送ろう、任せなさいアミィ」
(……もしかしてこの人、相当の親バカなんじゃない?)
「あ、あはは……大袈裟ですよ、お父様」
どうやら、この男性がアメジストの父親で間違いないようだ。
娘を心配する言葉から、深い愛情が伝わってくる。
しかし、アメジストは随分家族に愛されている。
こんなにも大切に育てられた娘が、なぜあのような冷酷な夫と結婚することになったのだろうか。
本当に何故、こんなにアメジストを大切にしている伯爵が、クリスチャンなんかと娘を結婚させたのか、甚だ疑問だ。
何か、やむを得ない事情があったのだろうか?
「本当に、伯爵は御息女を大切にされているのですね……初めまして、ブレンシュタイン公爵夫人。まさか、夫人が私のような下級貴族の名を知っているとは、感服いたしました。私は南部の貴族、エリック・ハドア・ブラントンと申します」
「は、初めまして。父がお世話になっております。私は、アメジスト・メイベル・ブレンシュタインと申します。よろしくお願い致しますね、ブラントン子爵」
正直、貴族のマナーなんてものは知らないが、夜会に参加すると決まってからは、リディアにマナー本を何冊か持ってきて貰って、最低限の礼儀作法は覚えることができた。
その為、簡単な挨拶なら貴族素人の私にもできる。
リディアには本当に感謝している。
彼女がいなければ、今頃私は醜態を晒していたかもしれないのだから。
「流石は、かつて社交界の花と呼ばれた御方ですね。なんと美しい所作なのでしょう。私の娘も生きていれば、あなたのような立派な淑女になれていたのかと思うと……」
(……社交界の花?そんな設定、原作で一度も出てきてなかったんだけど。一体アメジストって何者なの?!)
「ブラントン子爵、ご令嬢のことは本当に残念だった……心よりお悔やみ申し上げます」
ブラントン子爵はハンカチを取りだし、目尻に溜まった涙を拭う。
彼は原作の主人公、メリーと出会うまで娘との別れを受け入れることが出来ずにいた。
メリーの純粋な心と、亡き娘の面影を重ねることで、彼は再び生きる希望を見出していく。
だからこそ、彼が少しでも早く主人公と会えるよう心から祈った。
「……お父様、少し時間を貰えませんか?」
「時間?構わないが、ブレンシュタイン公爵のことは良いのかい?」
父は遠くで貴族たちと話すクリスチャンを見てから、私に尋ねる。
「……ええ、あの人は他の貴族の御相手で忙しいようですから。それに、私はお父様にお見せしたいものがあるんです」
私がそう言うと、父は少し考えるように目を閉じ、数秒後私の頼みを受け入れた。
「では、少しテラスに出るとしよう。着いて来なさい、アミィ。ブラントン子爵、少し失礼いたします」
「分かりました。ではブラントン子爵、またお会いしましょう」
「ええ。またお会いしましょう、お2人とも」
私たちはブラントン子爵に別れを告げ、テラスに向かって歩き出した。
夜風が心地よく、少しだけ心が安らいだ。




