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21話 意外な人物との出会い

ここまでの登場人物を、まとめさせていただきます。


■アメジスト・メイベル・ブレンシュタイン(主人公)

前世は北川遥という日本人女性。

恋愛小説『没落令嬢は星に選ばれる』の悪役令嬢の母親に転生。

娘のエレノアを救い、自身の運命を変えるために奮闘。

過去のトラウマから、家族愛に飢えている。

聡明で芯が強いが、娘と過去のトラウマが関わると感情的になる。


■エレノア・ブレンシュタイン

アメジストの娘。

原作では悪役令嬢として処刑される運命にあった。

内気で優しいが、芯の強い少女。

絵を描くことが得意。


■ルイス・ロベルト・ドワイト公爵

南部の支配者と呼ばれる大貴族。

アメジストの学園時代の友人。

兄は現魔塔主。


■クリスチャン・レナード・ブレンシュタイン

アメジストの夫でブレンシュタイン公爵。

冷酷で自己中心的。

アメジストとエレノアを冷遇している。

体面を気にするが、本性は傲慢なDV旦那。


■エミリー・シェスタ

クリスチャンの内縁の妻。

ブレンシュタイン公爵家の家臣の娘。

クリスチャンとの間に隠し子がいる。


■ローラ・ブレンシュタイン

前公爵夫人。

クリスチャンの母でアメジストの義母。

アメジストとエレノアに暴力を振るい、精神的に追い詰める。

孫にも暴力を振るう最悪の義母。


■クラウス・ファウスト・エーデルシュタイン伯爵

西部を支配する大貴族。

アメジストの実父。

国内有数の大商団の長で、莫大な富を持つ。


■エレナ・フィール・エーデルシュタイン

伯爵夫人。

アメジストの実母。

実家は、代々高位神官や聖女を排出してきた名家。

心優しい貴婦人で、強い神聖力を持つ。


■リディア・アイリーン・シャトリゼ

アメジストの侍女。

アメジストとエレノアに忠実に仕え、献身的にサポートする。

エーデルシュタイン家から、アメジストの嫁入りに着いてきた。


■アンナ

エーデルシュタイン家の中級メイドから、エレノア付きの侍女に昇格した。


■エリック・ハドア・ブラントン子爵

南部の貴族。

原作の主人公、メリーの養父。

過去に幼い娘を亡くしている。

アメジストの父、クラウスと面識がある。


■トム・バスター

ブレンシュタイン公爵家の御者。

アメジストに同情的で、彼女を助ける。

心優しい青年。


■ローガン

ブレンシュタイン公爵の専属医。

元々は、専属薬剤師だったが、前任の専属医が解雇された為、新たに専属医の地位を賜った。

皇都の医療アカデミー出身のエリート。

 私たちは、屋敷を出てから急ぎ足で正門前へと向かう。

 


「エレノアお嬢様、伯爵……いえ、お爺様とのお約束は覚えていますか?」



「うん!もちろんよ!」



 道中、リディアとエレノアは私の父であるクラウスからの約束ごとの確認をしていた。


 美術感に行く前に、エレノアは父に呼び出され、美術館での約束ごとを決め、それを守ることを条件に外出許可を得たのだ。

 初めての外出で、何かあっては行けないという、父なりの心配と配慮から出来た約束だった。



「まず、美術館に着いたら走らない。そして、知らない人には着いて行かない。それから、もう1つ約束していたことがありましたよね?」



 リディアがニヤリと口角を上げ、そう言うとエレノアは真剣そうな顔つきで静かに頷き、口を開く。



「うん。お母様たちから、絶対に離れない、だよね?」



 エレノアは自信満々にそう返すと、リディアは優しく彼女を頭を撫で「正解です」と笑った。



「あ、後ね!お爺様にお手紙も書かなきゃ!」



「お手紙?」



 私は、エレノアが守るべき約束ごとについては父から説明を受けていたが、お手紙なんて単語は一度も聞いたことがなかった。


 私が不思議そうに首を傾げていると、エレノアは父からプレゼントされた、クマのぬいぐるみと白いレースのリボンが付いた、カゴバッグから小さな鍵つきの水色の手帳を取りだした。


 その手帳は、エレノアのお気に入りの宝物の一つだ。


 彼女は、メモ帳を開きそこに書かれている内容を私に説明する。



「お爺様と約束したんです。美術館に展示されている作品の中で、気に入ったものがあったら、それについての感想をお手紙にして書くって!」



「まあ、そうだったのね?でも、エレノアはまだ字は学んでいないんじゃなかったかしら?」



 エレノアは公爵家にいた頃、まともな教育を受けられずにいた。

 簡単な礼儀作法は、リディアが教えていたが、それでも文字や教養の学習はできていなかった。



「はい……お母様の仰る通り、私は文字が書けません。だから、私が思ったことをリディアに書いてもらうつもりです!」



「承知しました!エレノアお嬢様のお気持ちを、完璧にお手紙にしてみせますわ!」



 確かに、その方法ならばエレノアの手紙を父に渡すことができる。

 どうやら、エレノアには問題解決能力も備わっているらしい。


 まだ幼いながらも、彼女なりに工夫して目的を達成しようとする姿勢は、目を見張るものがある。



(我が娘ながら……やっぱり、この子天才なんじゃない?!)



「そう。それなら安心ね。ありがとう、リディア」



 そんな親バカを発揮しながらも、私はリディアに感謝の気持ちを伝える。



「いえ、侍女として当然のことをしたまでですから」



 胸を張り、自信たっぷりにそう言うリディアを、私は誇らしく思った。

 そう思うのと同時に、私はエレノアの教育についても考えなければならないと強く思う。


 文字は生きて行く上で、絶対に覚えなければならないものだが、それだけを学べば良いというものでもない。


 何故なら、彼女は民のお手本となるべき貴族の娘だから。

 当然読み書きだけでなく、淑女としての幅広い教養と礼儀作法も身に付けなければならない。


 音楽や歴史、文学、社交術など、貴族令嬢として身につけるべき知識や技能は多岐にわたるが、まずは簡単なことから始めるべきだ。



(裁判では、エレノアの出席も義務付けられていたはず。なら、まずは最低限の礼儀作法と文字の読み書きを早急に学ばせる必要があるわね。裁判では、自分の名前を自分自身で署名しなくてはならないそうだから、自分の名前だけでも書けるようにさせないと)



 私は、屋敷に戻ったら父にエレノアの家庭教師を探してもらうよう、頼まなければいけないと強く決意した。


 エレノアを守るためには、私たちが戦うだけでは足りない。

 エレノアにも、努力をしてもらわなければいけないのだ。


 エレノアに対して申し訳なく思うと同時に、この試練を無事に乗り越えてくれることを、心から願った。


 それから数分後、私たち一行は、屋敷の正門前へと到着した。



「……え?」



 すると、そこにはドワイト公爵ともう1人、全く予想もしていなかった、驚きの人物が彼の隣に立っていた。



「……あ、あなたは!」



「……お久しぶりですね、ブレンシュタイン公爵夫人」



 その男性は、穏やかで優しげな声で私に挨拶を述べ、ゆっくりと近付いてくる。



「た、た、た、た、大公殿下?!」



 原作で皇帝陛下の弟として、そして皇太子の叔父として、度々登場したジークヴェルト・エリス・ベイ・アドラー大公殿下の姿がそこにあった。

 その威厳と気品のある佇まいは、一目で彼が高貴な生まれの人間だと分かる。



「そんなに驚かれてしまっては、流石の私も傷付きますね」



「も、も、申し訳ありません!……しかし、大公殿下がなぜこちらにいらっしゃるのですか?」



 私が口を抑えて驚きながら尋ねると、彼は困ったように肩を竦めて笑った。



「……酷い方ですね、夫人。アカデミーの卒業式の前日、約束したじゃないですか。いつか、私の開く個展に招待すると」



「……え、ええ。そ、そういえば、そんな話もしましたわね」



(いやいや、初知りよ?てか、個展って何?美術館に行くだけじゃなかったの?!)



 突然のことに頭を抱える。


 何故、一国の大公殿下がここにいるのか、そして個展とはなんなのか、彼とアメジストはアカデミー時代にどんな関係だったのか。

 私の頭の中は、様々な疑問符で埋め尽くされていた。


 そんな疑問を浮かべながらも、人の良さそうな笑みを浮かべる大公殿下を見つめていると、ドワイト公爵が口を開いた。



「今日、私たちが向かうのはアドラー大公殿下が投資している首都で最も大きな美術館、アルテミス美術館です。大公殿下は、アカデミー時代から絵画を嗜まれており、その画力は国でも指折りだと評されていました。そして今回美術館では、初めて殿下が自分の作品を公に出す個展が開かれるのです」



「……そ、そうなんですね」



 アドラー大公は、原作で画家としての才能があったという話はされていない。

 しかし、彼は皇太子と原作ヒロインメリーに、自分の出資する美術館のVIPチケットを渡している。


 彼の芸術への関心の深さは、原作の描写からも窺い知ることができた。

 なので、彼が芸術に関心があるのも理解できなくはない。



「……あ、あの」



「どうしたの?エレノア」



 私の手を強く握るエレノアが不安そうな顔でアドラー大公をじっと見つめる。

 そして、意を決したようにこんな質問を投げ掛けた。



「……ア、アドラー大公殿下は、絵を描かれるのがお好きなのですか?」



 エレノアが遠慮控えめな声でそう尋ねると、彼はエレノアの前にしゃがみ込み、彼女の頭に手を置いて微笑む。



「初めまして、ブレンシュタイン公女。私はジークヴェルト。君のお母様の友人なんだ。」



「お、お母様とお友達なのですか?」



 さっきまでの気弱な姿はどこへやら、エレノアは瞳を輝かせアドラー大公を期待に満ちた目で見つめる。

 そんなエレノアを宥めるようにアドラー大公は優しく彼女の頭を撫でる。


 するとエレノアはくすぐったそうに目を伏せ、ふにゃりと笑う。

 私はそんな2人の様子を見て、まるで父と娘のようだと微笑ましく思う。


 エレノアの純粋な好奇心と、アドラー大公の優しい眼差しが、温かい空気を作り出していた。



「ああ、そうだよ。私は幼い頃から、内向的な性格で。友や兄と外で遊ぶより、1人で絵を描く方が好きだったんだ。そんな趣味が高じて、自分の絵を紹介する機会まで得られた。ブレンシュタイン嬢、君は絵を描くことが好きかい?」



「好きです!大好きです!……わ、私はお外で遊んだことは無いから、アドラー大公様の気持ちは分かりませんが、絵を描くことが今一番楽しいんです!」



 屈託のない笑顔で話すエレノアに、アドラー大公は楽しそうに笑い、手招きをし、御者を呼んで何かを耳打ちする。

 彼に何かを頼まれたのか、御者は慌てて馬車の中に向かい、ひとつの箱を手に戻ってきた。



「ブレンシュタイン公女、実は本当は君のお母様……ブレンシュタイン公爵夫人にプレゼントしようとこれを持ってきたのだが、どうやら公爵夫人よりも君にプレゼントした方が有効活用してくれそうだ。さあ、これを受け取ってくれるかい?ああ、公爵夫人、あなたへのプレゼントもすぐに贈らせていただくので、御安心を」



 アドラー大公はそう言い、私にアイコンタクトを送り、花柄の美しい包装紙に包まれた四角い箱をエレノアに差し出す。

 エレノアはアドラー大公からのプレゼントに戸惑い、助けを求めるように私をじっと見つめる。



「お母様……」



「大丈夫よ、安心して……アドラー大公殿下、お心遣いいただき、感謝申し上げます。さあ、エレノアも、お礼を言わないとね」



「あ、ありがとうございます、アドラー大公殿下」



 私がそう言うと、エレノアも私の真似をしてお辞儀をし、感謝を述べる。



「そんなにかしこまらなくても……気楽に接してくれて構わないからね。もちろん、ブレンシュタイン公爵夫人もですよ?私と貴方の仲なのですから、そう気を遣わないでください」



「あ、あはは……わ、分かりましたわ」



 アドラー大公の意味深な言葉に、私が苦笑混じりでそう返すと、数秒後エレノアが意を決したように真剣な顔でアドラー大公の瞳をじっと見つめ口を開いた。



「……大公様、ありがとうございます!そう言って貰えて、凄く嬉しいです!」


 エレノアはそう言い、アドラー大公からのいただいた箱を嬉しそうに見つめる。



「良かったら、開けてみてくれないかな?」



「は、はい!」



 エレノアは慎重にはリボンを解き、包みを広げる。

 するとそこには、高級感のある宝石のあしらわれた小さな箱と、それに備え付けの紫色のあしらわれた鍵が入っていた。



「まあ、なんて美しいの?」



 キラキラと輝く箱に圧倒されていると、エレノアも私の言葉にコクリと頷く。

 彼女も、箱の美しさに釘付けになっているようだ。



「……アドラー大公殿下、まさかこの箱に使われている青い宝石は、皇室所有のエドゥナ鉱山でしか採れない妖精の涙では?」



「よ、妖精の涙?!」



 ギロリとアドラー大公を睨み付けるドワイト公爵の言葉に驚き、慌てて口を手で覆う。

 『妖精の涙』とは、皇室が所有する離島の鉱山でしか採れない、純度と希少価値の高い魔石のことだ。


 その青色は、見る者の心を簡単に奪ってしまうほど、深く美しいものだった。


 普通の魔石は、アーティファクトを作る材料に複数必要だが、この『妖精の涙』と呼ばれる青い魔石は、どんなアーティファクトを作るにも、1つだけ使用すれば良いのだ。

 そしてこの魔石を用いたアイテムは何十年と長持ちし、壊れにくく丈夫だと言われている。


 しかし、採掘量が極めて少なく、この魔石を手に入れられるのは高位貴族か皇族のみだとされている。



「ドワイト公爵、ブレンシュタイン公爵夫人。そう驚かなくとも、お2人なら何度も見てこられたはずでは?特に、公爵夫人には学生時代から幾度となくこちらの魔石を使ったアクセサリーをプレゼントさせていただいていますし」



「あ、あはは……そ、そうでしたわね」



 そんなこと知るかと言いたくなるのを何とか堪え、額を抑える。


 たかが伯爵家の娘が、こんな貴重な宝石を何度も目にしてきたというだけで驚きなのに、それだけでなく、この魔石を使ったアクセサリーを幾度となく贈られてきただなんて、とてもじゃないが信じられない。


 それに、アクセサリーを贈っていただくだなんて、普通の関係だとは思えない。

 ドワイト公爵との過去の関係もそうだが、アドラー大公との間には、私が知らないアメジストとの関係があるようだ。


 そんなことを考えていると、アドラー大公はエレノアの肩に手を置き口を開く。



「さあ、その箱に鍵を差して開けてごらん?本当のプレゼントはその中だ」



「は、はい!」



 エレノアは瞳をキラキラと輝かせ、小さな鍵を差し込み、慎重にくるりと回す。

 すると、カチャリと音を立ててロックが解除された。


 エレノアは息を飲むように、ゆっくりと箱に手を掛け、まるで宝箱を開けるかのように、わくわくした表情で開く。


 するとそこには、夜空に輝く星のように美しく揺らめく、銀色の液体が入った小瓶の姿があった。

 その液体は、微かに光を反射し、まるで小さな銀河を閉じ込めたかのようだった。



「まあ、なんて美しいの……」



 私はそのあまりの美しさに心を奪われ、思わず感嘆の声を上げる。



「……アドラー大公殿下、これは一体なんなのでしょうか?」



 エレノアは、その不思議な液体に目を奪われ、好奇心いっぱいの表情でアドラー大公を見上げた。

 すると彼は、エレノアにニコリと微笑み、優しい眼差しを向けてこう告げた。



「これは、ダイヤモンドと真珠を原料に、銀を少量混ぜた特別な絵の具だよ」



 その言葉に、エレノアと私だけでなく、ドワイト公爵すらも、驚きの表情を隠せなかった。



「はぁ……そんな貴重な宝石を絵の具にしてしまうなんて、まったく呆れてしまいますね」



 ドワイト公爵は呆れたように顔を顰め、彼は信じられないといった様子で首を振り、深いため息をつく。

 ドワイト公爵のため息にエレノアは不安そうな顔をするも、ゆっくりと口を開く。



「あの……絵の具?ってなんですか?」



 エレノアは、初めて聞く言葉に首を傾げながらも説明を求める。



「絵の具とは、絵を描くための画材のひとつだよ。クレヨンや色鉛筆とは違って、より繊細で鮮やかな絵を描くことができるんだ。今から向かう美術品にも、絵の具を使って描かれた絵が沢山あるから、意識してみると良いだろう」



 アドラー大公は、絵の具について分かりやすく説明した。



「へぇ、そうなんですか?私も早く見てみたいです!」



 エレノアはきゃっきゃっとはしゃぎながら、絵の具の入った小瓶を大事そうに抱きしめている。

 その小さな手で、宝物のように小瓶を抱える姿は、なんとも愛らしかった。



「そういえば、ブレンシュタイン公爵夫人は絵画の収集家だ。だから、今回向かう美術館と同じくらい、君の住む屋敷には、多くの絵が飾られた部屋があるはずだ。屋敷に戻ったら見せて貰ってはどうかな?」



 アドラー大公は、何気ない様子でそう提案した。



「そうなんですか?!お母様、お屋敷に戻ったらそのお部屋を見せてください!お願いします!」



 エレノアは驚きながらも、私の指をぎゅっと掴み、瞳を潤ませながら頼み込む。

 その愛らしい姿に私はクスリと笑みが零れてしまう。



「ええ、分かったわ。約束しましょう」



「はい!」


 エレノアは、満面の笑みを浮かべ、元気よく返事をした。


 そんな姿を微笑ましく思いつつも、私は少し困っていた。

 アメジストが絵画の収集家だったなんて話、原作には一度も登場していない。


 だから、アメジストの収集した美術品がどこにあるのかは不明だ。

 屋敷のどこを探せば見つかるのだろうか、少しばかりの不安が胸をよぎった。


 だがしかし、リディアに聞けば分かるはずなのでそこまで不安はない。


 それにしても、この身体に転生してから見たアメジストの記憶の中では、彼女はいつも不安げな顔をしていた。


 私は彼女に対して、あまり社交的で明るい性格では無いのだと思っていたが、ブレンシュタイン公爵やアドラー大公と仲が良いと考えれば、彼女は意外と社交界での地位が高かったのではないだろうか。

 もしかしたら、人見知りなだけで、親しい間柄には心を開いていたのかもしれない。


 そして高価な魔石のアクセサリーを度々贈られ、絵画を収集するだなんて、明らかに一般的な脇役令嬢とは異なる。


 原作には名前しか登場しない脇役とは思えないほど、アメジストの存在は異質だ。

 彼女の過去には、まだ多くの謎が隠されているようだ。



「さあ、そろそろ出発しましょう。さあ、小さなレディ?お手を」



「はい!」



 そんなことを考えていると、出発の時間になった。


 アドラー大公とエレノアはすっかり打ち解け、今では仲の良い親子のように楽しげに話している。

 エレノアはアドラー大公の手を取り、馬車に乗り込む。



「……夫人」



 私も彼女に続いて馬車に乗ろうとした時、ドワイト公爵に呼び止められる。

 慌てて振り返ると、彼は私に手を差し出していた。



「お手を」



「……では、お言葉に甘えて」



 私は彼の手に手を重ね、ゆっくりと馬車に乗り込む。

 乗車前のエスコート。


 ただそれだけの事なのに、どうしてこんなに心臓が激しく鼓動するのか。

 今の私には、その理由を考えるより、激しく鳴り響く胸の鼓動を抑える方が大事だった。


 それから約2時間後、私たちはワープゲートを2回通り、グランデニア帝国の首都アルセンに到着した。



「こ、これが首都……大きな建物が沢山並んでます!お母様、見てください!あそこに大きな噴水がありますよ!」



 エレノアは、窓に張り付き、目を輝かせながら歓声を上げた。



「まあ、本当ね。とっても素敵だわ」



 私も、その気品のある、美しい街並みに目を奪われる。

 首都の華やかな雰囲気と外観には驚いた。


 私が結婚してから過ごしていたブレンシュタインの中心街や、実家のあるエーデルシュタインの中心街もかなりの大都市だが、首都はより洗練されているように感じる。

 建物の装飾や、行き交う人々の服装など、どこを見ても洗練された美しさがあった。


 流石は皇帝のお膝元だ。



「まあ、あの建物は何かしら?女性の像があるわ!」


 エレノアは、遠くに見える巨大な像に指をさした。

 彼女は、楽しそうに窓の外を眺めはしゃいでいる。


 つい最近までブレンシュタインの屋敷に軟禁され、ようやく外に出られたと思ったら、今度は危険だからと、エーデルシュタイン家の屋敷の外に出ることは出来なかった。


 きっと、とても退屈だったに違いない。

 今日という日は、エレノアにとって、閉ざされた世界から解放される特別な一日なのだ。


 今日という日が、エレノアにとって最高の日になるように、そして今後もエレノアが自由に生きられるように、より一層気を引き締めなければと、私は胸に誓った。


 それから数分後、馬車はとある建物の前に停車した。

 その建物は、ひときわ荘厳な雰囲気を放っていた。



「アルテミス美術館に到着致しました」



 御者の声が聞こえると、すぐに馬車の扉が開く。



「まあ、なんて大きいの?」



 エレノアが感嘆の声を漏らす。

 そこには、黒を基調とし金色の細工を施された豪華で美しく壮麗な美術館の姿があった。



「……では、参りましょうか」


 ドワイト公爵が、私たちを馬車に出るよう促した。



「はい!」



 私たちは馬車を降り、美術館の中へと足を踏み入れる。


 中は高級ホテルのロビーのようになっており、テーブルとソファがあちこちに設置されている。

 そして多くの貴族や貴婦人の姿があり、彼らは受付でチケットを差し出し、奥へと進んでいく。



「ここで、ハリエット嬢と待ち合わせをしているのですが……」



 ドワイト公爵は時計をチラリと見ながらそう言うと、背後からコツコツと靴音が聞こえる。



「アメジスト!」



「あ、あなたは……」

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