20話 クリスタルフラワー
ここまでの登場人物を、まとめさせていただきます。
■アメジスト・メイベル・ブレンシュタイン(主人公)
前世は北川遥という日本人女性。
恋愛小説『没落令嬢は星に選ばれる』の悪役令嬢の母親に転生。
娘のエレノアを救い、自身の運命を変えるために奮闘。
過去のトラウマから、家族愛に飢えている。
聡明で芯が強いが、娘と過去のトラウマが関わると感情的になる。
■エレノア・ブレンシュタイン
アメジストの娘。
原作では悪役令嬢として処刑される運命にあった。
内気で優しいが、芯の強い少女。
絵を描くことが得意。
■ルイス・ロベルト・ドワイト公爵
南部の支配者と呼ばれる大貴族。
アメジストの学園時代の友人。
兄は現魔塔主。
■クリスチャン・レナード・ブレンシュタイン
アメジストの夫でブレンシュタイン公爵。
冷酷で自己中心的。
アメジストとエレノアを冷遇している。
体面を気にするが、本性は傲慢なDV旦那。
■エミリー・シェスタ
クリスチャンの内縁の妻。
ブレンシュタイン公爵家の家臣の娘。
クリスチャンとの間に隠し子がいる。
■ローラ・ブレンシュタイン
前公爵夫人。
クリスチャンの母でアメジストの義母。
アメジストとエレノアに暴力を振るい、精神的に追い詰める。
孫にも暴力を振るう最悪の義母。
■クラウス・ファウスト・エーデルシュタイン伯爵
西部を支配する大貴族。
アメジストの実父。
国内有数の大商団の長で、莫大な富を持つ。
■エレナ・フィール・エーデルシュタイン
伯爵夫人。
アメジストの実母。
実家は、代々高位神官や聖女を排出してきた名家。
心優しい貴婦人で、強い神聖力を持つ。
■リディア・アイリーン・シャトリゼ
アメジストの侍女。
アメジストとエレノアに忠実に仕え、献身的にサポートする。
エーデルシュタイン家から、アメジストの嫁入りに着いてきた。
■アンナ
エーデルシュタイン家の中級メイドから、エレノア付きの侍女に昇格した。
■エリック・ハドア・ブラントン子爵
南部の貴族。
原作の主人公、メリーの養父。
過去に幼い娘を亡くしている。
アメジストの父、クラウスと面識がある。
■トム・バスター
ブレンシュタイン公爵家の御者。
アメジストに同情的で、彼女を助ける。
心優しい青年。
■ローガン
ブレンシュタイン公爵の専属医。
元々は、専属薬剤師だったが、前任の専属医が解雇された為、新たに専属医の地位を賜った。
皇都の医療アカデミー出身のエリート。
「おはようございます、お父様、お母様……さあ、エレノアもご挨拶して」
大広間に着くと、私は両親に挨拶をする。
そして私の後ろに隠れているエレノアに前へ出るよう背を押し、挨拶をするように促した。
「お、お祖父様、お祖母様、おはようございます……」
エレノアはぎこちない態度で緊張しながら、私の両親に挨拶をした。
「あら、おはよう?エレノア、アメジスト」
「おはよう、エレノア、アメジスト。さあ、空いている席に座りなさい、朝食にしよう」
「……はい!」
エレノアは、両親たちの温かな歓迎に顔を綻ばせ、アンナに先導されて真ん中の椅子に腰掛ける。
私も慌てて、彼女の横の席に着く。
テーブルの上には、豪華な料理がズラリと並んでおり、エレノアは瞳を輝かせる。
アンナは、エレノアの取り皿にチキンステーキやパン、サラダを取り分けていく。
エレノアは口に放り込み、ゆっくりと味わってもぐもぐと食べる。
その姿は、ご飯を頬の中にいっぱい詰め込んだ、リスのように愛らしく、私はその姿にノックアウトされそうだった。
「……エレノア、我が家のシェフの料理はどうだい?」
父が期待に満ちた目で、エレノアに尋ねると、彼女は持っていたフォークを置き、ナプキンで口を拭いてから、満面の笑みでこう言った。
「とっても美味しいです!こんなお料理初めてで、その、すごく幸せです」
エレノアの言葉に突如大広間の扉の向こうから、シェフと思しき男性が飛び出してきた。
「うわあっ?!」
「う、ぐすっ……お、お嬢ざまに、そんなごどを言っていただけるなんて、私はなんで、幸運な男なのでじょうか!」
そう言い、泣きながらエレノアの前に跪き感謝の言葉を述べる男性に、エレノアは苦笑いしながらも「ありがとうございます」と礼を述べた。
すると、その瞬間男は胸を抑え床に倒れた。
「きゃーっ!ショーン!」
「は、早く!早く専属医を連れてくるんだ!」
大広間の騒ぎを聞き付けた執事長が、慌てて専属医を呼びに行き、ショーンは医務室へと運ばれて行った。
こうして、エレノアはまた1人新たな信者を生み出してしまったのだった。
「……エレノア、あなたってやっぱり天使様なんじゃない?」
「……?」
エレノアは相変わらず、言葉の意味が分かっていないようで、コテンと首を傾げるばかりだ。
そんな彼女の姿に、私はまた胸が苦しくなり、彼女の人たらしな性格に、不安を募らせるのだった。
その後、午前中はリディアに屋敷の中を案内されながら、絵を描く場所を探して、色々な場所を見て回る。
楽しそうに笑うエレノアを見て私は少しづつ、彼女の未来は変わってきているのだと思い、安堵した。
今エレノアが着用しているドレスは、公爵家にいる時に着ていたボロボロのドレスではなく、アメジストが幼少期に着ていたものだ。
これは彼女によく似合っており、今よりも少し古いデザインではあるが、公爵家で着ていたものとは天と地ほどの差がある。
(……エレノアも綺麗なドレスが着れて嬉しそうだったし、早くお買い物に行きたいわね。この子のためにも、たくさん可愛いドレスを買ってあげなくちゃ)
そんなことを考えていると、私たちは一面ガラス張りの温室庭園に到着した。
「こちらは、エレノアお嬢様の祖母、エレナ様が管理されている温室庭園でございます。ここでは、季節に関係なく様々な花を見ることができますよ」
「す、すごいですね……わあ、このお花!お母さまの瞳の色と同じですね!宝石みたいで綺麗です!ここのお花は、なんだかすごく幸せそうですね!」
エレノアは独特な感想を混じえながらそう言い、温室庭園の中心の花壇に植えられた花を指さす。
その花はガラス細工で作られたような透明感と輝きを放っていた。
(ほ、本当に花なの?まるで宝石みたいだわ)
宝石のように太陽の光を浴びて、キラキラと輝く花たちの美しさに、私は感動した。
こんなに美しい花が存在するのかと、驚いた。
「これは……クリスタルフラワーですね。クリスタルフラワーはとても希少な植物で、流通量も少ないんですよ。この花を育てられるのは神聖力を持つ者だけだと言われており、この屋敷ではエレナ様が神聖力をお持ちなので、ここまで完璧に育てられているのですよ?」
リディアの説明を聞いて、私はとある原作の内容を思い出した。
原作で、ヒロインメリーは皇太子にかけられた呪いを、強い神聖力で浄化していた。
しかし、それだけでは彼にかけられた呪いを完全に解くことはできなかったのだ。
(彼の呪いを解くことができなくて困っていた時に、メリーは皇宮図書館の植物図鑑で、伝説の花と呼ばれる青いクリスタルフラワーの存在を知るのよ)
青いクリスタルフラワーはこの世に存在しておらず、伝説の花と呼ばれていた。
その花には邪悪なものを打ち消す浄化の効果があり、怪我人や病人が口にすれば、症状はたちまち回復すると呼ばれており、その花を求めて各地を探検する冒険家も存在するほど、必要とされていた。
存在するはずもない伝説の花。
でも実は、皇都の植物研究所で密かにその花を咲かせるプロジェクトが進められているのだ。
このプロジェクトは、蕾段階まで進むのだが、プロジェクトには足りないものがあった。
それは、強力な神聖力だ。
たった一輪の花を咲かせるだけで、大神官並の力が必要で、それを何時間も使い続けなければならず、現実的に開花は不可能だとされていた。
しかし、聖女候補として名を連ねているメリーならば、彼女の持つ純度の高い強大な神聖力のおかげで、1時間で簡単に花を咲かせることができるのだ。
(……一瞬、この知識を活かして皇太子を救って、恩を売ろうという考えが過ったケド、やっぱり無理ね。私にはそんな神聖力はないし、やっぱり青いクリスタルフラワーを咲かせるには、聖女じゃないと無理そうだわ)
そんなことを考えていると、エレノアが私の方へ向き直り、瞳の中に炎を宿して真剣な表情で、こう言った。
「特別な、お花なんですね……とっても素敵だわ!お母様、私このお花の絵を描きたいです!」
「分かったわ。また後でここに来ましょうね」
私がそう言うと、何故かエレノアはうーんと唸りながら、悩むように腕を組む。
「どうしたの?」
「さっき見た外の噴水も描きたいし、御屋敷の池の絵も描きたいし、他にも3階のバルコニーから見える景色も……」
エレノアは描きたい場所が多すぎて、どの場所を描くか悩んでいるようだ。
困ったと言わんばかりに額を押え、悩ましげに顔を歪める。
「エレノア、時間はたくさんあるから、1つずつ描いていくのはどう?これからはずっとここで暮らすのだから、時間は沢山あるわ。それに季節ごとに描くのも良いわよ?季節が変われば、その場の風景も変化するのだから」
私がそう助言すると、エレノアはポツリと呟く。
「……ずっと?」
どうやら彼女は、これからずっとここで暮らすということを知らなかったようだ。
確かに、私もリディアも両親も、彼女にずっとここで暮らすとは話していない。
私は改めて、彼女に今後の生活について説明することにした。
「……エレノア、あなたはこれからブレンシュタイン公爵家の人間としてではなく、エーデルシュタイン伯爵家の人間として生きていくのよ」
「……エーデルシュタイン伯爵家の人間として、ですか?」
「そうよ。たくさん遊んで、たくさん学んで、美味しい物を食べて、色んなとろへ出かけて……そうやって楽しく、幸せに生きていくの」
「楽しく、幸せに……」
エレノアはそう呟くと私に駆け寄り抱き着いてきた。
「もう、どうしたの?」
「……お母様も、一緒に幸せになってくれますか?」
「……もちろんよ。この伯爵家のみんなと、一緒に幸せになるのよ」
私がエレノアの背中を撫でながらそう返すと、エレノアは私の胸に頭を埋めて、涙を流す。
そんな彼女を見て、私は彼女の未来を必ずハッピーエンドにしてみせると、心の中で誓った。
「そうだ、リディア!このお花、花瓶に生けることはできませんか?見ていると、すごく落ち着くんです……」
エレノアが少し申し訳なさそうな顔でそう言うと、リディアは少し考えてからこう言った。
「もちろん、構いませんよ!しかし、お嬢様。このお花は神聖力を与えなければ、すぐに枯れてしまいます。ですから、お祖母様に神聖力で保護膜を作ってもらいましょう」
「うん!分かったわ!」
リディアの提案に、エレノアは嬉しそうな顔で頷いた。
どうやら、相当この花が気に入ったようだ。
その後、私たちは私の母エレナにクリスタルフラワーの生けられた花瓶に保護膜を貼ってもらった。
「ありがとうございます!お祖母様!」
「うふふ、お礼なんていいのよ。私が丹精込めて育てた花を気に入ってくれたようで嬉しいわ、エレノア。毎日ちゃんとお水を替えて、大切にしてあげてね?」
「はい!大切にお世話します!」
元気にそう宣言するエレノアを見て、母は嬉しそうに微笑んだ。
その日の夜、ドワイト公爵家から手紙が届き、どうやらハリエット嬢が誘いを受け入れたようだ。
そして、明後日の都合はどうかと書かれていた。
「……特に予定もないし、その日で良いわ。リディア、便箋と封筒を持ってきてちょうだい」
「かしこまりました」
私は急いで返事を書き、リディアに手紙を送らせる。
その日の夜、エレノアが眠りについてから私は眠れず、外にある庭園を散歩していた。
「……星が綺麗ね?」
裏庭の奥にある森からは、ホウと梟の鳴き声が聞こえてきた。
空には、大小様々な星々が輝いており、こんなにゆっくりできるのは何時ぶりかと思いながら、ベンチに腰掛けて夜空を眺める。
「アメジスト?こんな時間に何をしているんだ?」
背後から声を掛けられ振り返ると、そこには執務室の窓越しにこちらを覗き込む父の姿があった。
「あ、お父様……ちょっと眠れなくて。お父様は、こんな時間までお仕事ですか?」
私がそう尋ねると、父は疲れたように苦笑しながら頷いた。
「眠れないのなら、少し話でもしないか?実は、先程、お前が頼んでいた件について、報告があったんだ」
私が頼んでいた件とは、エーデルシュタイン家で裁判に関する説明を受けていた時、私が個人的に調べて欲しいと頼んだアレのことだろう。
「分かりました、少々お待ちください」
私は急いで屋敷の中へと戻り、父の執務室へと向かう。
執務室に着くと、彼は向かいの椅子に座るよう促し、カモミールティーをカップに注いでくれた。
「それで、どんな報告がなされたのですか?」
逸る気持ちを必死で押えながら、何とか冷静を装って尋ねると、彼は眉を下げ、困り顔でこんなことを告げた。
「まず、お前が頼んでいた公爵家内の証人の確保だが、かなり難航している。リディアの友人で、公爵家に反感を持っている者に声をかけているが、どうなるかは分からない」
「そうですか……」
裁判をするにあたり、私がアーティファクトを使って録画した映像はもちろん大きな証拠になるだろうが、これだけでは心許ない。
向こうだって、公爵家の使用人という証人を用意するだろうし、私たちだって証人が必要だ。
だからこそ、父の1つ目の報告に私は落胆した。
「……次の報告だ。公爵家の調査に向かわせたウチの騎士からの連絡だが、前公爵の長男が医療事故により亡くなったのは事実らしい。当時の専属医は、薬の投与を誤り、長男は亡くなってしまったそうだ」
詳しい話を聞いてみると、元々前公爵の長男は病気がちで体が弱かったそうだ。
彼を哀れに思った前公爵は、息子のために自分の専属医をあてがい、懸命に治療していた。
専属医の努力もあって、長男は少しずつ回復に向かっていったが、とある日専属医が作った回復薬を投与する際に、長男のために特別に調合されたアレルギー反応を消す薬と、効果促進剤を誤って投与してしまう。
長男は薬の成分のせいでアレルギー反応が起こり、呼吸困難に陥ってしまう。
そして効果促進剤のせいで、アレルギー症状は悪化し、長い間苦しんだ末、亡くなってしまったらしい。
「長男は、クルミとアーモンドを食べると、アレルギー反応が起こる体質らしく、食事には人一倍気を遣っていたそうだ。しかし、彼の患っていた魔力爆発を抑えるにはクルミとアーモンドを砕いて混ぜられた薬を飲むしかない。そこで、専属医はアレルギー反応を消す薬を調合し、魔力爆発抑制剤と回復薬と共に投与していたそうだ」
「そう、だったのですね……」
医療事故についての調査報告を聞いた私は、前公爵の長男の死を哀れに思う。
しかし、それ以上に事件について強い疑いを持った。
「この事件後、専属医は解雇され、公爵家で専属薬剤師として働いていたローガンという男が、公爵家の専属医となったそうだ」
「……ローガンは、元々薬剤師だったのですか?!」
私は公爵家の別邸にいる時、ローラが訪ねてきたのを思い出した。
あの日、私はローガンからリディアを通して薬箱を受け取った。
しかし、私の頭の中に流れてきたアメジストの死の未来では、彼が処方した薬を飲んだ彼女は日に日に体調が悪化していった。
死ぬ前の診察でも、流行病にかかったという診断が下されており、とてもじゃないが信用できない。
もし、私を公爵家が計画的に病死として殺害しようと目論んでいたのなら、このローガンの薬が大きな証拠になるかもしれない。
そう思ってあの日、私はトランクケースの中に薬箱を仕舞ったのだ。
「お父様、少しお待ちください……実は、もう1つ調べて欲しいことがあるのです」
私はそう言い、自室に戻ってドワイト公爵の御者が持ってきたトランクケースの中を明け、底に仕舞われている薬箱を取り出した。
それを持って急いで執務室へ戻り、父に箱を手渡す。
「……これは、薬箱か?」
「はい……お父様、この事件何か裏がある気がするのです。もしかしたら、その薬も前公爵の御長男の医療事故に関わっているかもしれないんです。お願いします、成分を調べてください」
私は深々と頭を下げる。
すると父は、頭を上げるよう促し、力強い声でこう言った。
「……分かった。この薬の成分を調べさせよう。それから、ローガンという専属医についても、こちらで少し情報を集めておくよ。だから、安心しなさい」
「ありがとうございます、お父様!」
裁判に向けての証拠集めが大きく進展したわけではない。
しかし、それでも私たちは一歩前に前進したのだ。
小さな情報からでも、得られるものはある。
この情報を、裁判までに使える情報に帰られるよう努力しようと、そう決めた。
それから2日後、約束の日がやってきた。
私が家で待っていると、正門前に1台の馬車が止まった。
「……アメジストお嬢様、ドワイト公爵が到着されました」
リディアが、慌てた様子で子ども部屋に駆け込んできて、そう告げた。
「まあ、分かったわ。さぁ、行きましょうか、エレノア」
「はい!」
私たちは、急ぎ足で、屋敷を出てドワイト公爵の待つ、正門前へと向かう。




