44.お客様達
ジェラートに案内された応接室に居たのは、旅装の一組の若い男女だった。
2人とも、分厚い外套の肩口には雪が凍り付いていて、鼻の頭を真っ赤に腫らしている。
「サニー!」
シーラは女の方に駆け寄って、その名前を呼ぶ。
女は、シーラが侯爵令嬢だった時の侍女で、幼い頃からの友人でもあるサニーだった。
「シーラ様!」
サニーも嬉しそうにシーラを呼ぶ。
「あなた、なぜここに?しかも、どうやって?もう街道は通れなかったでしょう?」
「通れませんでしたよ!最後はケインさんと、2日掛かりで狩人の橇に乗せてもらいました」
サニーが得意気に言って、隣の男を見る。
サニーの隣の、ケインと呼ばれた男は眼鏡の優しそうな男だ。
シーラは、こちらも知り合いだった。ケインとは、18日前に王宮で話したばかりだ。
「ケインさんも、次の春でとお伝えしたのに、、、」
ケインが微笑む。
「私は支度らしい支度もなかったですし、思い立ったらすぐに行動するタイプなんです。サニーさんとは、途中の乗り合い馬車で一緒になって、行き先が同じだったのでそのままご一緒しました」
「橇の交渉なんかは、ケインさんが全てしてくれたんですよ、流石、王宮の文官さんです」
「王宮の文官?」
シーラの後ろのディランが聞き返した。
シーラは後方で見守っていたディランとジェラートを振り返る。
「ディラン様、ジェラートさんも、以前にサッハルトで文官を探していると仰っていたでしょう?
ケインさんは王宮で一緒に仕事していた方です。平民の出ですが身許は確かで、仕事ぶりは真面目で有能です。王宮では平民出だと何かと肩身が狭いので、こっちなら伸び伸び出来るんじゃないかと思って、勝手ながら、過去の公募の条件で、この度の都行きでお声掛けさせて頂きました。
気持ちがあれば、次の春からでも、と言ってたんですけど、、、」
シーラの説明に、ケインはにこやかにディランの前に進み出ると、膝を折った。
「シェラサール様にお話いただいた翌日には辞表を提出して、3日で引き継ぎを終わらせ、王宮を出てきました。急な訪問になり申し訳ございません。
仕官については、春からの方が良ければ、蓄えもありますので、城下でのんびり待ちます」
「いや、シーラの推薦でしかも王宮で働いていたのなら、この冬からの仕官でこちらは問題ない。正直、文官は有難いんだ。しかし、いいのか?見ての通りかなり僻地だぞ?」
「街道が塞がっているのには驚きましたが、環境と雰囲気の良さはシェラサール様より聞いてます。よろしくお願い致します」
「こちらこそ、よろしく頼む」
ディランとケインのやり取りに、ジェラートも嬉しそうにしている。
ケインについては、一先ず問題なさそうでシーラはほっとした。
後は、サニーだ。
来てくれたのは嬉しいが、シーラはサッハルトでは使用人なので、侍女を付ける訳にはいかないし、それはサニーも知っている筈なのに、、、。
どうしたものか、と思いながらも、サニーをディランに紹介する。
「ディラン様、こっちは、ドルトン侯爵家に居た時の私の侍女なんですが、、、えーと、サニー、どうしてこっちに?」
「なぜって、いつまで経っても、シーラ様が呼んでくださらないからです。今回、都に来ていた事もユイラン様よりお聞きしたんですよ、しかもお聞きした時には既にお帰りになられた後だったんです!
何て事だと、怒って侯爵家から暇をもらいそのままやって来ました」
サニーが、じろりとシーラを睨む。
サニーはシーラを睨んだ後は、そのままディランの事も睨んだ。
シーラはサニーにサッハルトでの初日の様子と、使用人として働いている事を手紙で伝えている。
もちろん、とても楽しく過ごしている事も伝えているのだが、サニーとしてはシーラをいつまでも使用人として扱っているディランは許せない相手のようだ。
「ええと、サニー、手紙でも伝えている通り、私、こちらでは侍女を付ける身分ではなくてね、」
「でも春には、式も挙げるんですよね?」
サニーの言葉にシーラは驚く。
「えっ?何で、サニーがそれを?」
「ケインさんから聞きました」
シーラは今度はケインを見る。
「私は王妃様より聞きました、あの方、お忍びで式にも行くわ、と張り切っておられて、、、あれ?違うんですか?」
どうやら王妃は、シーラとディランのロマンスを盛大に話して回っているようだ。
「それは、」
「違わない、春には式も挙げたいと思っている」
シーラを遮ってディランが言う。
「えっ、」
「陛下に、春には挙げるつもりだ、と言ったぞ」
「でも、本当に挙げなくても、、式まで挙げたら、」
離縁がますます難しくなります、と言おうとして、シーラは先ほどのディランの告白を思い出した。
、、、、、、あ。
「念のために言うが、愛してる、の好きだからな」
ばっちり甦るディランの言葉。
そうだった、この人、私の事が好きなんだった。
つまり、離縁はしなくても良くて、
良くて、つまり、、
私、、、、この人と結婚するんだ。
シーラは不思議な気持ちでディランを見る。
書類上とか、形だけ、ではない結婚を、この人と。
そう考えると、ドキドキしてきてしまう。
「式まで挙げたら、何だ?むしろ挙げないと、また王宮へ帰って来いと言われるだろう」
「そ、そうですね、分かりました」
シーラは、ドキドキについては後で考える事にした。今はサニーの事を考えなくては。
「では、私はこのまま、こちらで働きますね。春までは下働きでも何でも良いです」
そのサニーは、にこにこで、もうそのように決めている。
「あの、確認しておきたいのですが、やっぱりこちらではシェラサール様は侯爵令嬢だった事を伏せているんですか?春までは私も、態度に気を付けた方がいいでしょうか?王妃様からは、保護の為に使用人として働いている、とお聞きしてるんですけど」
ケインが、一連のやり取りを聞いて、不安気に尋ねてきた。
「あー、えーと、うーん」
シーラがどう説明したものか、と迷っていると、ジェラートが「お二人とも、少し、こちらに」と、サニーとケインを部屋の隅へと誘導する。
そして、こそこそと話し出す。
「ディラン様より、陛下と王妃様とのやり取りは私も聞いたのですが、そのやり取りをケインさんは、、、、あ、王妃様よりお聞きなんですね、そしてケインさんからサニーさんも聞いた、と、、、、ええ、そうなんです、シーラさんはこちらに来た経緯が経緯だったので、サッハルトでは身分が伏せられていて、はい。
ただ、ええ、城の皆一同、ディラン様がシーラさんに想いを寄せてる事は知っていてですね、ん?ははは、はい。分かりやすいので。
でも、肝心のシーラさんご本人には、アタック中というか、返事を貰えてないというか、、、、はい、春までには何とかしていただきたいです。
え?王妃様の見立てだと、そうなんですか?へー、まあ、なので、温かくですね、そっと、、、ええ、ご協力頂けると有難いですね、奥手な方々なんですよ。ん?鈍い?ははは、なるほど、、、はい、すみませんねえ、、」
内容がぽつぽつ聞こえてきて、シーラは居たたまれない。
もう、ディランの様子なんて見る事も出来ないが、雰囲気でシーラと同じような様子だという事は分かる。
こそこそ話が終わった3名は、シーラとディランを振り返ると、「大丈夫ですよ、応援してますよ、見守りますよ」という目付きでにっこり微笑んだ。
「、、、、、」
赤くなって、絶句するシーラ。
これは、、、辱しめ以外の何物でもないのでは?
「という訳で、サニーさんにはまずはメイドとして働いて貰いながら、シーラさんが今やっている書類仕事も覚えていっていただく、でいいですかね?」
にっこりしたままジェラートが聞いてきた。
「ええ、そうしましょう。サニー、メイド長のメグさんに私の知り合いだと紹介するわ、行くわよ」
シーラはやけになりながら、サニーをぐいぐい引っ張る。もう一刻も早く、この部屋から出たい。
「はい!シーラ様!」
「サニー、“様”は困るわ。昔みたいに呼び捨てか、“さん”付けにしてちょうだい」
「じゃあ、シーラ、、さん」
「ええ、行きましょう」
シーラはすごい勢いで部屋を出ると、サニーをメグに紹介し、部屋の案内や仕事の手順について説明した。
お読みいただきありがとうございます!
たぶん、あと3話くらいで完結出来るかと、、、たぶん。
よろしくお願いします。




