最終話 俺の口癖は変わらない
倒れているシュストに、カッツたちが駆け寄る。
「先生!」
「おう、お前ら……」
「アメリアさんもすぐ駆けつけてきますから、安心してください!」
「ああ……ありがとう」
「先生……死んじゃダメよぉ」涙をこぼすメラニー。
「だ、大丈夫……俺は案外しぶとい、から……」
まもなくアメリアも到着する。
「酷い怪我……すぐ回復するからね!」
「悪い……。あと、俺の回復は最低限でいい……」
「え、どうして?」
「この手応え……バルドロスの奴も生きてるはず……あいつも治療してやって、くれ……。きっちり牢にブチ込みたいからな……楽には死なせねえ」
ため息をつくアメリア。
「分かったわよ。ったく甘いんだから」
ひとまず人心地がついたシュスト。
魔法学校内でとてつもない魔法合戦が行われ、周囲は大混乱に陥っている。
「しかし……ここからどう抜け出したもんだろう」
アメリアは心配しないでと言いたげに笑う。
「大丈夫よ、憲兵隊の皆さんを呼んでおいたから!」
彼女の言う通り、隊長のトールが憲兵隊を率いてきた。
憲兵隊も滅多なことでは魔法学校には入れないが、校舎で爆発が起こるようなことがあれば十分「滅多なこと」の部類に入る。
「憲兵隊だ! 学校内を調査する! 皆、なるべく動かないように!」
憲兵隊が来たおかげで混乱は収まった。
さらにトールの計らいで、シュストたちも怪我人として優先的に校舎から出ることができた。バルドロスも最低限の治療が施された後、厳重に捕縛されることとなった。
ブレス魔法学校始まって以来の大事件は、こうして一応の幕を閉じた。
***
後日、バルドロスは国の兵士に引き渡された。
洗脳された生徒達もかなりの重症だったが、専門の術者のおかげで回復に向かっているという。
塾にやってきて頭を下げるエリッツ。
「今回の件、私の不始末をお前に片付けてもらったようなものだ。本当にありがとう。五人にはいくら礼を言っても言い切れない」
「いやいや、苦しゅうない」
ドヤ顔を浮かべるシュストをアメリアがつねる。
「いだいっ!」
生徒らは笑っている。
「んでバルドロスは? あいつ、どうなったんだ?」
「魔力は封じられ、むろん牢獄行きだ。取り調べにもきちんと応じている」
「え、マジで?」
「奴も魔法使いとして頂点近くまでたどり着いた男だ。しかし、お前に完敗した。心は折れ、観念したのだろう」
「まあ俺も相当危なかったけどな。今頃魔法学校に俺の氷像が出来ててもおかしくなかった」
エリッツはこの言葉にうなずくと、
「おそらく……私ではバルドロスには勝てなかっただろう。これがお前に今回の件を委ねた真意でもある。お前は本当にこの国を救ってくれたんだ」
「それって遠回しに俺の方がお前より上って言ってくれてるってこと?」
「うむ」
「ってことは俺がラトレア一の魔法使いってこと!?」
「かもしれんな」
筆頭宮廷魔術師からのお墨付きにシュストは――
「俺がラトレア一の魔法使いか! やったぁ! ……うん、あんまり実感ないな」
「あんたの柄じゃないよね」からかうアメリア。
「いつも惜しいところで詰めが甘くて一位を逃すタイプだったからな。だいたいちゃんと復習してないことが原因だった」
「だから先生、復習復習うるさくなったのねぇ」とメラニー。
「人に歴史ありだな」カッツも笑う。
和やかなムードの中、エリッツはいたって真面目な表情をしている。
「さてと……ここからは私からの個人的な頼みだ」
「ん?」
「戻ってこないか?」
驚くシュスト。生徒らの顔も強張る。
「戻るって……宮廷魔術師に?」
「ああ、お前がバルドロスにハメられたことはすでに陛下に伝えてある。今回の件のこともそうだ。私も筆頭宮廷魔術師の座を譲るつもりでいる」
「……」
「戻ってきてくれないか。お前の力が必要なんだ」
この頼みにシュストは微笑みながら言った。
「悪いが、断る」
「なぜだ!」
シュストはカッツたち三人を見回す。
「今、俺は塾講師って仕事が最高に楽しいんだよ。それをほっぽって宮廷魔術師に戻る理由はないな」
それにさ、と付け加える。
「戻ったらまたお前が着てるような立派なローブ着なきゃならないだろ? 正直いって似合わないもん」
少し沈黙してからエリッツが、
「確かに似合ってなかったな」
「え!?」
「うん、似合ってなかったわ」クスクス笑うアメリア。
「え!?」
「似合いそうもないな!」
「ええ、“着られてる”という感じになりそうです」
「似合わなそうねぇ」
教え子三人からもボロクソに言われ、流石にへこむシュスト。
「分かった……それがお前の意志ならば仕方あるまい。だが、考えてはおいて欲しい」
「オッケー」
シュストはうなずく。
「あ、でも、宮廷魔術師に戻らなくてもいいけど給金はちゃんと貰えるみたいな話だったら受けてもいいかも……」
「そんな話あるわけなかろう」
「はい、すみません」
エリッツが立ち上がる。
「お前の答えも聞けたし、そろそろ行くか」
「え、もう行くのか」
「ああ」
「バルドロスの件も片付いたんだから泊まっていけばいいのに」
「そういうわけにもいかんさ」
宮廷魔術師は多忙である。ましてエリッツはそのトップ、王都を離れるのは最小限にしなければならない。シュストに使者を使わず直接会うことすら本来は異例のことだった。
カッツが手を挙げる。
「エリッツさん、最後に質問いい?」
「いいとも」
「先生と違って忙しそうだけど趣味とかあるの?」
「私の趣味か……」
シュストが思い出す。
「ああ、こいつは拳闘見物が趣味なんだよ」
「わぁ、意外」驚くメラニー。
「うむ、今でも月に一度は必ず見るようにしている。拳闘の魅力はやはり、あの男と男のぶつかり合い……。一見単なる殴り合いのように思えるが、一瞬一瞬に綿密な駆け引きが……」
「わーっ、もういい! こいつに拳闘語らせるとマジで終わらなくなるから!」
「チャンピオンと握手した時の感激は今でも忘れられない……」
「もういいって! 帰れお前!」
ルブルは一人、いつだったかシュストが言っていた「拳闘チャンピオンと握手したことある友達」はエリッツのことだったのかと納得する。
エリッツはまだまだ語りたい様子だったが、名残惜しそうに帰っていった。
***
その一週間後、シュストはアメリアのカフェにいた。
いつもとは少し違う表情のシュスト。
カウンター席に腰掛けて、大きく息を吐く。
「大事な話があるんだ」
「どうしたの、あらたまって」
長い沈黙。アメリアも催促することはしない。
なかなか話し始めないシュスト。
アメリアはじっと待っている。待つという行為を楽しんでいるようにも見える顔だ。
そして――
「結婚しないか」
「!」
照れがあるのか、今の発言に上書きするかのようにシュストが理由を語り始める。
「ほら、俺は塾講師として自信がついたらお前にプロポーズするって言ってたろ。俺もやっと自信をつけることができたんだ」
アメリアは黙って聞いている。
「カッツ、ルブル、メラニー。あいつらは俺の思ってる以上に成長してくれた。それに三人からも多くのことを教えてもらった。塾講師ってのはこうやって教えたり、教えられたりするもんなんだなって学んだよ」
「……」
「俺はこれからも塾講師としてやっていけると思う。だから……アメリア。俺と……結婚して下さい!」
アメリアは答えない。
シュストは緊張している。
「長かったわ」
「え?」
「あんたがそれ言ってくれるのずーっと待ってたの」
「マジか!」
「ずうっと。ずうううううっとね」
「ごめんなさい」
待たせてしまったことをシュストは反省する。
「じゃ、コーヒー淹れるね」
いつもの調子のアメリア。程なくしてコーヒーが出てくる。
「はい、どうぞ」
「今日のはとびっきり苦いだろうな」
散々プロポーズを待たせた怨念が込められているだろうと、シュストがおそるおそる口をつける。
しかし――
「う……うまい!」
「でしょ?」
「お前こんなにうまいコーヒー出せるのかよ! だったらいつも出してくれよ!」
「いつもおいしいコーヒー出してたらつまらないじゃない」
「つまるつまらないの問題なのか。真面目に商売しろよ」
「だってこのお店、金持ちの道楽だし」
「貴族に言われたら何も言えねえわ」
イッキ飲みしてから呆れるシュスト。
「とにかく……私もそれだけ嬉しいってことよ」
「そ、そうか」
アメリアがからかうように言う。
「だけど、結婚するなら当然ウチのお父様とお母様に挨拶しないとね~」
「うわ、嫌だなぁ」
「嫌だなってことはないでしょ」
「だって絶対『ワッハッハ! ついに決心してくれたかね、シュスト君! ずいぶん遅かったねえ!』とか言うでしょ。あの人」
「あんた、お父様のモノマネ上手いわね……」
「お、似てた?」
得意げな表情を浮かべる。
「ああ、それとあんたのご両親にも挨拶に行かないと。二人で」
「父さん母さんか……。たまに仕送りはしたけど、そういや全然帰ってなかったな……」
「それじゃなおさらじゃない」
故郷を思い出すシュスト。
彼の出身地はリットーの町より小さいが、のどかで平和な町である。
「すごい魔法使いになるって家を出て、宮廷魔術師になってクビになって、今は塾講師をやってて、貴族のお嬢さんと結婚することになりました。……ねえ、こんなのどう説明すればいいの?」
「自分で考えなさい!」
ピシャリと叱りつける。
しかし、アメリアはとびきりの笑顔を見せた。
「でもま、ひとまず婚約ってことで……これからもよろしくね、シュスト!」
「よ、よろしく!」
シュストもそんなアメリアに改めて惚れてしまいそうになり、それを隠すようにぎこちない笑みを返した。
***
シュストの魔法塾。
バルドロス討伐の件でシュストの名は上がったが、結局生徒数は三人のまま。
当てが外れたシュストであるが、これでいいとも思っている。塾を大きくするのもいいが、まずはこの三人を一人前に仕上げたいという気持ちが強い。
「よーし、授業はこれまで!」
「やっと終わったぁ~」背筋を伸ばすカッツ。
「今日はかなり難しかったね」ルブルも一息つく。
メラニーはというと――
「ところで先生、アメリアさんとの式はいつ?」
「な、なぜそれを!?」
「分かるわよぉ、ここのところアメリアさん、ものすごくウキウキしてるもの。本当に幸せそう」
「そ、そうかあいつが……」
恩師とその恋人の婚約を知らなかった男子二人は驚きつつもシュストを祝う。
「え、マジ!? 先生ついに結婚!?」
「おめでとうございます!」
「うむ、ありがとう。プレゼントの類は奮発してくれると先生、とても嬉しいぞ!」
露骨な催促に唖然とする教え子たち。
そして、もちろんシュストはお決まりの一言を吐く。これがないと塾は終われない。
「ああ、それと……復習はきっちりやれよ!」
~おわり~
最後までお読み下さりありがとうございました。
評価・感想等頂けると大変嬉しいです。
また短編も多数書いておりますので、よろしければ是非読んでみて下さい。