再会、そして…(アルノルト視点)
本編終了後から更に数年後、旅から戻ってきたルカーシュとアルノルト、そしてラウラのお話。
視界の隅で、金の髪がきらりと光を反射した。眩い光に誘われるようにして顔を上げ、待ち人――この世界の勇者・ルカーシュに軽く手を挙げて挨拶する。
ルカーシュはこちらの姿を捉えた後、小走りになるわけでもなく、ゆったりとした足取りで近づいてきた。俺も急かすことはせず、近づいてくる姿を眺めていたのだが――数年ぶりの再会であるのに、感慨深さも感動も感じない自分を不思議に思う。
それは一体なぜかと己の感情を冷静に分析した結果、ルカーシュが数年前と良い意味で変わっていからではないかと一応の結論を導き出した。
「変わってないな」
「そう言うあなたこそ」
鼓膜を震わせた声も数年ぶりだ。しかし互いに昨日別れた相手にかけるような声のトーンで、ルカーシュ側も自分との再会に感動を覚えていないのだろうといっそ清々しく思う。
再会の場は王都・シュヴァリアだった。街の入口に建てられたアーチの下で、ごった返す人混みの中から一目でルカーシュの姿を見つけることができるぐらいには、俺にとってルカーシュは特別な存在だったが、この“特別”には良い意味ばかりが込められているわけではない。
友人だ。それは間違いない。けれど笑いあって肩を組むような友人とは違う。悲しみを分かち合って、傷をなめ合う関係でもない。互いの存在が心の中に燦然と輝く傍ら、その輝きによって生まれた影もまた存在する。
自分とルカーシュの関係は、言葉を尽くしても完全に説明することはできない、唯一無二のものだと俺は自負していた。
「何年経った?」
「忘れちゃいました」
どちらからともなく歩き出す。――と、そこで気が付いた。数年前は僅かながらも下にあったはずのルカーシュの肩が自分の肩と並んでいることに。
この時初めて感慨深い気持ちが胸の底から湧いてきた。あれから、確かに年月が経過しているのだと。
「そもそも僕たちって敬語で話してましたっけ?」
「覚えていないが、その他人行儀な話し方は落ち着かないな」
「それじゃあ、もう少し砕けた感じで」
探り探りの拙い会話だった。
元々俺は会話が得意ではないし、ルカーシュも案外人見知りをする方だ。二人きりで会話をした覚えは数回しかなく、大抵橋渡し的な第三者が間に入ってくれていた。例えば――脳裏にアッシュゴールドの髪を持つ“彼女”の姿が浮かんで、しかしその名は口に出さずに飲み込んだ。
後ろめたいことは何もない。ただ、“彼女”の名前を出せば数年前の自分たちに戻ってしまいそうで、今の探り探りながらも落ち着いた空気をしばらく楽しみたかった。
落ちた沈黙に話題を探す。そこでふと、ルカーシュの左目の“異変”に気が付いた。
――あれほど主張していた勇者の証である紋章が綺麗さっぱり消えている。
「紋章は消えたんだな」
「いつの間にか。もう必要ないってことなのかな」
ふ、と目を眇めて笑うルカーシュ。肩の荷が降りたような、気の抜けた笑顔だった。
「アルノルトは髪型変えた」
ルカーシュが真似をするように片方の髪をかき上げる。
「……こっちの方が威厳が出るとカスペルさんに言われた」
「何それ」
あはは、と声を上げて笑うルカーシュ。似合ってるよ、と笑い交じりに言われたものだから素直な誉め言葉として受け取ることはできず、僅かながら腹が立った。
やり返してやろうと鞄に忍ばせていた絵葉書を二枚取り出す。どちらもルカーシュが旅に出ている間、定期的に送ってきたものだ。
一枚目は旅に出てすぐの絵葉書。乱雑なタッチで描かれた、悪意のこもった俺の似顔絵だ。二枚目はつい最近送られてきた絵葉書。一枚目とは打って変わって繊細なタッチで、旅先の情景が描かれていた。
最初は似顔絵が描かれていたのに、流石にネタが尽きたのか次第に風景画へと変化していったのだ。
「お前は、旅をしている間に随分絵が上手くなったな」
眼前に突き付けてやれば、ルカーシュはぎょっと目を見開いた。そして俺の手から絵葉書を二枚とも奪う。
「取っておいたの!? てっきり破られてるかと思ってた」
「破いてやろうとは何度も思ったがな。帰ってきたら笑い話にしてやろうと思いとどまった」
「相変わらず……」
その後に続く言葉は何だったのだろう。いい性格してる、か、意地が悪い、か、はたまた全く別の言葉か。
しかしルカーシュは一度言葉を飲み込んで、それから横顔に笑みを浮かべた。
「相変わらず、元気にやってる?」
前半こそ飲み込む前と全く同じ言葉だが、“主語”が変わったのをすぐに理解した。
一つ瞬く。瞼の裏に浮かんだ“彼女”の姿に、気づけば口元が緩んでいた。
「あぁ。……ずっと、お前のことを気にかけていた」
ルカーシュが知りたがっている“彼女”の近況について言葉少なに伝えてやる。そうすれば彼は安心したように、しかしどこか寂しそうに眉を寝かせた。
“彼女”の許にもルカーシュは定期的に便りを出していたらしい。会う度にその話題が上がったが、話の最後にはいつだって“彼女”は寂しそうにしていた。
「手紙の返事を出せないことを、もどかしく思っていた」
「そっか」
ふとルカーシュは街の往来で足を止めた。幸い大通りからは一本外れていたのでそこまで人通りは多くないが、行き交う人々の中にはどうしたのかと視線を投げかけてくる人もいる。
邪魔になってはいけないとルカーシュの肩を軽く叩いた。そうすれば再び彼は歩き出し、
「アルノルト、僕、大きくなったかな」
そう呟いた。
大きくなったか――。こうして肩の位置が同じになったところを見るに、ルカーシュの身長は確実に伸びているが、彼が聞きたいのはそういうことではないだろう。
相変わらず俺は他人との会話が下手なままだが、多少は相手を慮れるようになった、はずだ。だから少しでもルカーシュの意に沿う返答をしたいと考え、何も言わずに次の言葉を待った。
「かっこつけのアルノルトより、大きく……」
かっこつけ。その単語に懐かしくなる。
ルカーシュは俺に苦言を呈するときに何度かその言葉を使っていた。けれどそれは単純に罵倒するというよりは、彼や“彼女”よりも年上だからと勝手にあれこれ抱え込んだときに向けられた覚えがあって――そこまで考えて、なんとなしにルカーシュの尋ねたいことが分かったような気がした。
ルカーシュは俺と自分の二歳という差を誰よりも大きく見て、何よりも大きく感じていた。それはおそらく彼の“幼馴染”の存在も大きく影響している。年上の俺と、同い年でありながらも才女で道を切り開いていく“幼馴染”に挟まれて、自分を小さく感じていたのかもしれない。
足を止める。そうすれば自然とルカーシュの背中を見つめる形になる。
――あぁ、なぜ俺は変わっていないなんて言ってしまったのだろう。ルカーシュの背はこんなにも大きく、逞しくなっていたのに。
足を止めた俺を不思議に思ったのだろう、ルカーシュが振り返る。こちらを見つめる瞳に勇者の紋章が浮かんでいないことが、彼が魔王討伐という重荷から解放されたことが、自分のことのように嬉しかった。
「お前はとっくに俺なんか追い越してるよ、ルカーシュ」
***
酒場の前で体を硬くするルカーシュに気づかれないよう、こっそり喉奥で笑う。酒場の中から賑やかな笑い声が聞こえてくるということは、“主役”はもうすでに到着しており、パーティー――誕生日会も始まっているのだろう。
「今日お前が来ることは言っていない」
更に緊張を高めてやろうと小声で教える。そうすればルカーシュは息を詰めて、固い動きでこちらを振り返った。
「うそ、サプライズ?」
「あぁ。感動の再会だ」
この“サプライズ”を提案したのはどこぞの騒がしいムードメーカーだった。俺たちの若干複雑な事情を知らない奴は、“彼女”の誕生日会にルカーシュを招けないかと言い出したのだ。
それに一番に賛同したのは妹であるエルヴィーラだった。なんとエルはルカーシュから送られてきた絵葉書の景色をヒントに滞在地を推測し、とうとう彼の旅に追い付いてしまったのだ。そして“彼女”の誕生日会への招待状を手渡したのだが――今日ルカーシュが本当に来るかどうかは賭けだった。
だから“彼女”だけでなく、参加者全員にとってルカーシュの存在はサプライズになる。
「泣いちゃうかもしれない」
「好きなだけ泣けばいいだろ」
そのとき、わっと中から一際大きな声が上がった。その中の一つ、たいそう感動した様子の女性の声には覚えがあった。
いつもよりはしゃいでいる。けれど聞き間違えるはずがない。俺も――そしてもちろん、ルカーシュも。
「……本当に、ちょっと、危ないかも」
くしゃ、とルカーシュは早くも泣きそうに顔を歪めた。瞳は若干潤んでおり、本人の言葉通り少し気を抜けば涙が零れ落ちそうだ。
しかしそれを指摘したり、馬鹿にする気にはなれなかった。――数年来の“幼馴染”との再会だ。こみ上げるものがあって当然だろう。
「涙を隠すための壁ぐらいにはなってやる」
「あはは、ありがとう」
短い笑い声をあげたかと思いきや、すぐに表情から感情すべてを消し去って、ルカーシュは俯いてしまった。思っていた以上に緊張しているのだろうか。
らしくないと思いつつ、励ますようにルカーシュの背を何度か叩いた。すると彼ははっと顔を上げて縋るようにこちらを見る。
「ずっと“彼女”は――ラウラは、お前を待っていた」
その名前を聞いた瞬間、ルカーシュは困ったように、懐かしむように、喜びを噛みしめるように笑った。
ルカーシュは一歩踏み出す。もう迷いも緊張もないようだった。前を向いて、賑やかな声の中心へと近づいていく――
さて、その後は予想通り、いいや、予想以上の“感動の再会”が繰り広げられた。
ルカーシュを見た瞬間、ラウラは驚きのあまりぶっ倒れた。そして慌てて駆け寄ったルカーシュに泣きながら抱き着き、抱き着かれたルカーシュも泣き出し、なぜか周りもつられるようにして涙を流し、それはそれは騒がしい泣き声の大合唱が始まった。
俺は呆気にとられつつも、とりあえず床に寝っ転がった状態で抱き合っているラウラとルカーシュを起こし、椅子に座らせる。その間も構わず泣き続けた二人に幼馴染同士の間に入れない疎外感を感じつつ、数年ぶりの再会なのだと自分に言い聞かせて、思う存分気が済むまで泣かせてやった。
そうしてようやく落ち着いたのが数分後。目元を真っ赤にしたラウラが、同じく目元を真っ赤にしたルカーシュに微笑んだ。
「おかえりなさい、ルカーシュ!」
「ただいま、ラウラ」
――元勇者様と、元勇者様の幼馴染。
俺の人生を変え、導いてくれた二人。
彼らを見つめる瞳に涙が浮かびそうになったことを悟られないよう、俺は眉間に力を入れて歪な笑みを浮かべた。相変わらず笑顔が下手だねとルカーシュは笑い、ラウラは指先で俺の眉間に刻まれた皺を優しく撫でてくれた。
本日、勇者様の幼馴染~コミカライズ7巻が発売となります!
「勇者様の幼馴染という職業の負けヒロインに転生したので、調合師にジョブチェンジします。7」
漫画:加々見絵里様
キャラクターデザイン:花かんざらし様
原作:日峰
出版:FLOS COMIC様
とうとう最終巻!
最後まで丁寧に愛情たっぷり(描きおろしもたっぷり!)に描いて頂きました!
ぜひぜひお手に取っていただけましたら嬉しいです。
そして番外編の更新も今回で最後とさせていただきます。
web版1話の投稿からおよそ6年、本当に長い間「勇者様の幼馴染~」にお付き合いくださりありがとうございました!
ふとしたときにラウラたちのお話をまた書くこともあるかもしれませんが、そのときはまたお付き合いいただければ幸いです。
「勇者様の幼馴染~」を愛してくださり、本当にありがとうございました!