9.お金には勝てません
その首都ファルクスには、一億人 目的を決め、目標を定めた。
千年経って変わってしまった世界に唖然としたけど、お陰でやりたいこともハッキリしたよ。
純血だけじゃない。
人類にも……世界にも。
混血である俺が、決して劣っていないことを証明しよう。
そのために――
「ここが王都ファルクスか」
「はい」
俺とラルフは、二十日間の旅を経て王都へとたどり着いた。
人類が統治するヒューマ王国。
その首都ファルクスの人口は約四千万人。
ほとんどが人類で、他種族は一割以下らしいが……
「まったくいないわけじゃないんだな」
「はい。序列さえ守っていれば、住みやすい街だと聞いています」
「住みやすい……か。それって吸血鬼を除いた種族にとっては何でしょ?」
「……その通りです」
日の元に出られない吸血鬼にとって、普通の街は暮らしにくいだろう。
ラルクは中指の指輪に触れながら、しんみりと言う。
「この指輪は凄いです。こんなに堂々と日の下を歩いているのに、全然痛くない」
「そういう物だからな。一番最初に作った魔導具がそれだった」
日に焼かれる身体のままじゃ話にならないから、優先して作ったこと覚えてる。
ラルフが付けているのは予備だ。
「こんな物を作れるなんて……プラムは凄いです」
「そう難しくもないよ。素材さえあれば魔導具生成スキルで作れる。素材も物質創造スキルで揃えられるし、量産も出来る」
「ほ、本当ですか!? そ、それなら村の人たちの分も作ってもらうことって」
「もちろんできる。というかそのつもりだったから、後で人数を教えて」
「は、はい!」
嬉しそうな顔をしてくれる。
ラルフは優しい。
自分より村の人たちのことを考えている。
俺たち混血にとって、この小さな指輪は大きな価値がある。
日の元を堂々と歩けるだけで……見える世界は変わる。
そして、周囲の目も変わるだろう。
実際のところ、吸血鬼でも見た目は人間と大差ない。
日を避けて生活していなければ、人間のフリだって出来るかも。
「まっ、そんなことしないか」
「何がですか?」
「いいや、何でもない。それよりさっさと今日の宿を探そう」
「はい」
俺たちが向かったのは商店街だ。
長旅で減ってしまった生活用品を買い揃えた後で、適当に食料も買い込む。
街にはレストレンもたくさんあるけど、吸血鬼だと伝えると嫌な顔されたり、席が空いていないと嘘をつかれるから自分で作るほうが楽だ。
買い物をしながら、道中で宿屋も探す。
高そうな所は門前払いされる可能性があって、候補から外れる。
商店街に近い宿屋はどこも高そうで、仕方なく俺たちは人混みから離れた。
「街の中心から遠ければ、安い宿もあるだろ」
「だと思います。でもここは人間中心の街ですから……」
「最悪また断られるか。それは困るな」
家くらい創造できるけど、勝手に作るわけにもいかないし。
試験まで約一週間ある。
さすがに女の子もいて、一週間野宿は辛いだろ。
「まっ、いざとなったら交渉するよ」
「交渉……聞いてもらえますか?」
「うーん、そこはたぶん大丈夫だと思うよ」
秘策はちゃんとある。
少し……というか結構卑怯な手だけど。
話ながら進んでいくと、人通りも少ない路地みたいな道に出た。
小さな看板に、宿屋の文字を見つける。
「おっ、あそこならいけそうじゃないか?」
「はい。行ってみましょう」
見つけたのは、木造三階建ての小さな宿屋だ。
かなり古い建物みたいだけど、明かりはついているし営業はしている。
扉を開け中に入ると、カランカランとベルが鳴った。
音を聞いて、カウンターから男性が出てくる。
「いらっしゃいませー、お二人ですか?」
「はい。部屋は空いてますか?」
「ええ、もちろん。二部屋とりますか? それとも相部屋にしますか? どっちも可能ですが」
思ったより丁寧な接客をされて、ラルフは驚いている様子だ。
おそらく見た目で、人間だと思われているんだろう。
ただこの後……
「あ、そうだ一応確認しておきますが、種族は?」
店に入ると必ず聞かれる一言だ。
序列で優劣をつけるためだろうけど、正直気分はよくない。
「吸血鬼です」
そう言うと、男は態度を豹変させる。
「あー……そうですか。すみませんねぇ~ やっぱり空いてなかったみたいです」
予想通り、人間と勘違いしていたようだ。
吸血鬼と分かった途端、早く帰れオーラを全開に漂わせている。
わかっていたけど、このやりとりには慣れたくない。
「悪いけど他を当たってもらえますか?」
「そこを何とか、一部屋でいいので泊めてもらえませんか?」
「だから空いてないんですって」
「さっき空いてるって言いましたよね?」
男はイラついて、眉をぴくぴく動かす。
さて、そろそろ秘策の準備をしようかな。
「いい加減にしてもらえます? あんまりしつこいと衛兵を呼びますよ?」
「それは困るな。でも残念だ……泊めてくれるなら――」
俺はニヤリと笑みを浮かべて、カバンから包を取り出す。
カウンターに置いた瞬間、ジャランと金属音が響く。
「これだけ払おうと思っていたんですが」
「なっ、こ、これ……全部金貨?」
「ええ。全部で百五十枚ありますよ」
「ひゃっ!」
驚いているだろうね。
ラルフに聞いた相場だと、食事付きの宿屋に一泊するだけで銀貨三枚。
金貨一枚もあれば、一月は泊まれる。
それを百五十枚も見せられたら、誰だって驚く。
「偽物じゃないですよ。何なら確認してください」
「あ、ああ……」
男は手に取って吟味する。
重さも測って確かめる。
「た、確かに本物だ。あ、あんた何者だ?」
「ただの旅人ですよ。それでどうです? 一番良い部屋……空いてませんか?」
「……」
ごくりと、息を飲む音が聞こえた。
「いいぜ泊めてやる。一番良い部屋を使いな」
「ありがとうございます」
「ただし、吸血鬼だってことは他にしゃべるなよ」
「ええ、それくらいなら」
嬉しそうな顔だ。
一先ず作戦成功、宿屋は確保できた。
それと確信も得た。
いかに序列があろうとも、誰だって大金には弱いらしいな。