8.やりたいこと
種族間戦争……純血の敗北。
それに序列制度か。
この世界が、俺の知っている当時とはかけ離れていることがわかった。
「話してくれてありがとう。それとごめん、嫌なこと思い出させたみたいで」
「だ、大丈夫です。酷く扱われるのはいつものことですし、慣れてます」
そう言って寂しそうに笑う。
慣れている……なんて、聞きたくない言葉だ。
ふと疑問に思う。
そんな扱いを受けているのに、なぜ彼女は一人で人間の街を訪れたんだと。
「ラルフの故郷は別にあるんだよね?」
「はい。ここからずっと西に行ったところです」
「何でわざわざ出て来たんだ? 村で仲間と一緒にいたほうが安全なんじゃ」
「えっと、それはですね」
話ながらラルフは、肩にかけていたカバンを漁り始める。
これじゃない、あれじゃないと出しては戻し。
最終的に一枚の紙を取り出した。
「これを受けたくて、王都に向っている途中なんです」
手渡された紙には、大きくこう書かれていた。
王立ワルフラーン学園第七○○期生募集!
種族は問わない。
受験資格は満十五歳以上であること。
試験日は――
「一月後か」
「はい」
「ワルフラーン学園っていうのは?」
「この国で一番大きな学び舎です。世界各地から優秀な人材を集めて、魔術から知識まで様々なことを学べます。才能ある人材を育てるために国が作った機関なんです」
才能ある人材……話だけ聞いていると、今の吸血鬼には厳しい環境な気もするが。
「ラルフはこの学園に入りたいの?」
「はい。でも入るだけじゃ駄目なんです。私が目指しているのはその先……序列の話は覚えていますよね?」
「ん? ああ、聞いたばかりだし」
「序列は神の定めたルールです。だから神のもう一度定めない限り変わりません。でも一つだけ、序列の影響を受けない方法があります」
ラルフは真剣なまなざしで、俺が見ていた紙に目を向ける。
紙に書かれた内容の一部。
開催行事を指さし、説明を続ける。
「学園では年に一度、十支祭という行事が催されます。学園の生誕を祝う祭りですが、十支祭で一番のイベントは武闘大会です」
「戦うのか?」
「はい。参加資格を持つ者同士が、定められたルールにのっとり戦います。その勝者となった種族は、次回開催までの一年間だけ、序列第二位以上の権利が得られるんです」
「序列二位」
天使や神と同列に扱われるってことか。
それはかなりの好条件……そうか、だから彼女は危険を冒してでも村から出てきたのか。
序列最下位の種族、吸血鬼の仲間たちを助けるために。
「凄いな、君は」
「え?」
「仲間のために傷つく道を選べるなんて、強い証拠だ」
「そ、そんな……私なんて全然……」
恥ずかしそうに顔を逸らす。
女の子らしい可愛い仕草に、思わず綻ぶ。
ただ……
「意思の強さだけじゃ、何も守れない」
「っ……」
厳しい言葉だ。
俺が一番、そのことを理解している。
千年前は無力で、抗うことすらできなかったから、よく知っている。
「わかってます……私たちじゃ……」
「一応聞くけど、今までその大会で勝ってきた種族に……」
「はい。吸血鬼はいません」
ラルフは話してくれた。
去年の勝者は悪魔族だった。
その前はエルフ、さらに前は十年ぶりに獣人が勝利した。
長い歴史の中で、どの種族も一度は勝利したことがあるらしい。
しかし吸血鬼だけは一度もない。
「そもそも参加資格どころか、入学すら難しくて……試験の実技が屋外なんです」
「ああ、日の光か」
混血にとって不利な条件での試験。
別に意図的じゃないだろうけど、吸血鬼にとって日光は一番の天敵だ。
無理して日の光を浴び続けたら最悪消滅することも。
「せめて……純血が一人でも生き残っていれば……」
ラルフは悔しそうに歯を食いしばる。
純血……そうだ。
彼女が話してくれた内容に、一つだけ間違いがある。
「君は勘違いしてるよ」
「え?」
いや、彼女だけじゃないのか。
たぶん世界中の皆が……勘違いしている。
「どういうことですか? 勘違いって?」
「純血は死んでいないよ。そんなことはありえないんだ」
「え、で、でも千年前に」
「負けたんだろうね。それはたぶん間違ってない。でなきゃ、こんな世界にはなってないだろうから」
「それじゃ――」
「だけど滅んではいないよ」
それだけ断言できる。
純血の吸血鬼……完全無欠の種族。
「純血の吸血鬼は、そもそも死の概念をはく奪された種族なんだ」
「剥奪?」
「最初からないんだよ。死ぬという概念そのものがね。故に不老不死……純血に死は存在しない。仮に肉体が完全に消滅しても、彼らは復活できる。俺たち混血は、肉体が消滅したら終わりだけどね」
他種族と混ざったことで、混血の身体には死の概念が加わってしまった。
純血と変わらない再生能力は持っているけど、ゼロからの復活は不可能だ。
限りなく不老不死に近いだけで老いもする。
純血に弱点がないのは、死の概念が存在しないからで、混血に弱点が露出したのもそこが一番の理由だ。
「そ、それじゃどこ……どこにいるんですか?」
「さてね。どこかで潜んでいるのか、まだ再生に時間がかかっているのか。どちらしろ、この世界から純血が消えることはない」
俺の話を聞いたラルフは、ホッとしてすぐに複雑な感情を露にする。
純血がいたとしても、現れない限り現状は変わらない。
結局のところ、今は自分たちで何とかするしかないんだ。
しかしそうか。
純血はどこにいるとして、混血の同胞が苦しめられている。
それなら俺は――
「ラルフ、その試験って俺でも受けられる?」
「え? あ、はい。十五歳を超えていれば誰でも……」
「よーし! なら決めた! 俺もその試験を受ける。それで大会にも出て、勝ち取ってやる」
今の世界が、残された吸血鬼にとって生きづらいことはわかった。
同じ仲間として……苦しみを知る者として、放ってはおけない。
ついでに見せつけてやる。
どこかにいる純血に、俺が返ってきたことを!
吸血鬼の父に誓って、吸血鬼が劣等種族ではないことを示そう。
人間の母に誓って、混血でも純血に劣らないことを示そう。
それが俺の――やりたいことだ。





