7.種族間戦争
バチバチと焚火の音が、吹き抜ける風で強くなる。
日中に比べて夜は冷え込むけど、元々夜を得意とする吸血鬼には丁度良い気候だ。
今夜は月も良く見える。
「じゃあ、最初の質問。君以外に吸血鬼の同胞はいるの?」
「もちろんいます」
「人数は?」
「私いた村だと、七十人くらいです」
七十か……
千年前の純血は、里にいただけで百と少しだった。
それよりは若干少ないか。
「その中に純血はいないの?」
「いません」
「いないのか。じゃあどこに純血がいるか知ってる?」
「そんなの――……」
途中まで言いかけて、ラルフは困ったような顔をする。
何となく言おうとした言葉はわかるし、彼女が困っている理由も察しが付く。
「うーん、先に俺のことを話したほうがいいか」
そのほうが話もスムーズに進みそうだ。
「俺は純血と人間の間に生まれた世界でー……少なくとも千年前は唯一の混血だった」
「純血との……千年前?」
ラルフは驚き目を見開く。
純血の話はともかく、千年という時間のほうにも驚いているように見える。
混血とは言え、吸血鬼なら千年くらい僅かな時間のはずだけど。
吸血鬼度が下がって、寿命も大きく変わっているのか。
「あ、あの! プラムさんは千年間どこにいたんですか?」
「呼び捨てでいいよ。えーっと、この千年間はずっと引き籠ってたんだ」
「引き籠……?」
「うん。混血が純血に劣らないことを証明するため。それには弱点を克服して、強くならなきゃいけなかった。だから長く特別な部屋で修行していたんだ。それでちょうど千年経った今、久しぶりに外へ出た」
話ながら、俺は彼女の指を指し示す。
「その指輪」
「え?」
「それも修行中に作ったんだ。混血最大の弱点ともいえる太陽を克服するためにね」
「これを……」
ラルフは中指にはめられた指輪を、不思議そうに触れる。
「準備万端で、いよいよだと思って出てみたら、里は荒されていた。純血の姿もどこにもない。この千年で一体何があったのか……俺が知りたいのはそこだ」
俺がそう言うと、ラルフは真剣な表情を見せる。
指輪に触れていた手をどけ、何かに耐えるようにぎゅっと握り拳を作った。
「……すべての始まりは、千年前です」
「千年か」
ちょうど俺が引き籠り始めた頃か。
あの直後に、世界では何かが起こったということ。
ラルフはそのあらましを、ポツリポツリと話し始める。
「千年前……種族同士で覇権をかけた戦いが起こりました。種族間戦争と呼んでいる戦いの……最初の標的が吸血鬼でした」
千年前の世界。
多くの種族が存在して、互いに仲が悪かった。
趣向の違い、文化の違い、環境の違い。
理由は多岐に渡るが、土地や権力を奪い合う争いは頻回に起こっていた。
ただ、吸血鬼にその矛先を向ける種族はいなかった。
それほど圧倒的な力の差があって、皆が理解していたからだ。
吸血鬼側も、自分たちより劣る種族に興味はないから、敵対しない限りは何もしない。
だが、その均衡を破った。
しかも破ったのは、当時もっとも弱い種族とされていた人類種だった。
数が多いだけで、特別な力をもっていない人類がどうやったのかはわからない。
特殊な装置を用いたとも、伝説的な英雄が現れたとも。
はたまた、神の助力したという話もある。
そうして人類は吸血鬼に刃を向け、滅ぼした。
「純血が負けたっていうのか」
にわかに信じられない。
でも、里の惨状を思い出すと……確かにあれは敗戦の跡だった。
「それから火種は世界中に広がりました。人類が他種族を制圧していって国々は滅ぼされ、今はもう……人類が統治するこのヒューマ王国しかありません」
「なるほど」
だから街の住人も、ほぼ全員人間だったわけか。
疑問が一つ解消された。
なら、あの男たちの横柄な態度も……
「そうだ。さっきの男たちが言っていた『序列』って何なんだ? 吸血鬼が最下位で、人間が三位とか言ってたと思うが」
「『種族序列』のことです。種族同士の優劣を序列化したもので、千年前の戦争後に神が定めたルールだとされています」
種族序列は以下の通り。
第一位:神
第二位:天使
第三位:人間
第四位:悪魔
第五位:精霊
第六位:エルフ
第七位:セイレーン
第八位:ドワーフ
第九位:獣人
第十位:吸血鬼
この序列は、生活の至る所で作用する。
例えばさっき、彼女が宿屋を追い出されたように。
もし仮に序列が低い誰かが宿屋に泊まっていたとして、序列が高い種族が泊まりたいと申し出たら、低い序列の種族が優先して部屋を出されてしまう。
序列が高ければ優遇され、低ければ冷遇される。
そういう世界になっていた。
「序列の基準は明かされていませんが、その種族の才能や強さ、それと世界にとっての必要度が関係していると聞いています」
「世界に対する……ね。それで吸血鬼が最下位なのか」
「はい。弱点ばかりで人数も少ないですし、唯一魔術は全属性に適性がありますけど、魔力操作が極端に下手でうまく扱える者も……」
話ながらラルフは顔を下げていく。
きっと嫌な経験をいくつもしてきたのだろう。
俺が純血たちにされていたことのように。