第2話:似たもの父子
救星の勇者。
希望都市の領主。
そして今は、父として。
大和は、駆けている。
舞い落ちる木の葉を切り裂き、井戸や小川を飛び越えて。
歩く人々の間をすり抜け、精霊を交わし、荷馬車を踏み台にして。
上位精霊の黄龍を自らの体に憑依させて。ひたすらに駆けている。
「あ、領主さま~! 今夜もお店来てね~」
「ユユちゃん!もちろんだよ~!」
途中で寄せられた美女たちの声援に、笑顔で手を振ることだけは忘れずに。
とは言え、見た目の素振りほど心に余裕はないのかもしれない。異種族間会議を途中で抜け出してきたくらいなのだから。
「だぁ~くそ! 黄龍、モードイカロス…… 飛ぶぞ!!」
黄龍のオーラが巨大な翼型になり、一瞬で建物を飛び越えていく。
「お、めずらしい」
「あぁ。大和が昼間に飛んでるぞ」
「おーぃ、、カミさんがまた怒ってんのかー?」
「ウルセーぞクソ爺ども!」
モードイカロス。
希望の町ホープでは、夜の名物風景。
空を飛び門限ギリギリに自宅へと急ぎかえる領主の姿は、人々の賭けの対象になっている。
間に合うか、間に合わないか。
そのカウントダウンが、町中に響くこともある……
「あそこだ! 行くぞ!! 」
アカデメイア。
その最上階にある学長室の窓ガラスに突っ込む。
このルートが最短で間違いないと、大和はガラスを蹴破った。
勢いよく割れたステンドグラスの破裂音が美しく鳴り響く。
「カイト! 大丈夫か!? どこだ! 」
「はぁ~……ったく。大和、落ち着け」
「北斗さん! カイトは!? 」
「保健室だ」
「状態は? 回復魔法は!?」
「心配ない。今、様子を見てきたところだ」
北斗の手から水を奪い取って、大和は一気に飲み干した。
「はぁはぁはぁ…… 本当に?」
「あぁ。ディーテ先生にデレデレしてたから大丈夫だろ」
「は?」
「デレデレしてたぞ」
「誰が?」
「せがれだよ。お前の」
「…… あんのクソガキぃ~、、、心配かけやがって」
「お前にそっくりじゃないか」
「どこが!? 」
「女に愛想いいくせに、いざとなったらヘタれて何にもできないあたりが」
「ウルセーよ!? 」
「まぁせっかく来たんだ。茶でも飲んでけ。あ、入学おめでとう」
「……愚息がお世話になります」
「窓ガラスの修理代は払ってけよ」
「…… 分割でいい?」
「ついでに、息子の借金も払っていくか? 」
「何それ? 」
すぐさま領主の怒号が建物中に響き渡った。
息子の名前を叫ぶ声とともに。
+++
「もう体調は大丈夫?」
「ひゃい! だ、大丈夫です!!」
「フフフ。元気がよくて何よりね?」
「あ、ありがとうございます!! 元気です!」
美の女神アフロディーテ。
その名を冠する女教師ディーテさん。
見ているだけで頭がポワンとする。
もし「美しくてごめんなさい」って先生が言っても、誰も否定しないと思う。
それにしても、アカデメイアは楽園だったのか……
間違いない。
オレが今いるこの場所は、楽園だ。
とある書物にあった至福の地……あの第十天球薔薇宮殿にも優っているだろう。
神々の居城なんて、ここに比べたらゴミと同じだ。
「じゃあもう、膝枕はいいかしら?」
「あ!? 急に頭が、、、痛い」
「そうなの? 仕方ないわね」
頭が痛い振りをするのも難しいくらいの至福さに、つい頬がにやける。
はっきりと言おう。役得であると!!
「なんだか嬉しそうね。どうしたの?」
「へへへ。今日はいいことばっかりだなぁって思いまして」
ふと、先ほどの夢を思い出す。ナナちゃんとのデートだ。
現実では、緊張してほぼ喋ったことがない。
幼馴染なのに。
だからこその夢。だからこそ果たしたい願望がある。
ナナちゃんと手をつないだ場面で、全身が痺れた。
ロココと名乗った謎のイケボに大感謝だ。
そしてこの膝枕。これも彼からの誕生日プレゼントかもしれない。
ロココさん、、、やはりあなたが神ですね?
「フフフ。いい子ね。大きくなって」
「……いやそんな。まだまだです」
「入学したということは、十二歳なのよね?」
「今日が誕生日です!」
「おめでとう」
「ひゃい!! 」
「あの日からもうそんなに経ったのね……」
「先生?」
「いいのよ。気にしないで。さぁ、眠りなさい。いい子ね」
「…… はい」
心地いい睡魔に負けて眠りたいような。
でも頑張ってこの幸福感をかみしめたいような......
「ひょっとしてサービスパックAを開封した? 」
「……はい。さっき開け、、、ました」
「そう。道理でね」
「へへっ」
「さぁ今度こそ、、、少し眠りなさい。いい子ね」
「……はい」
その言葉が甘く頭に響いて。あたまがふわっとする。
多分、眠りに落ちる瞬間は近い、、、
「カイト! ここか!?」
「ふが!?」
扉が勢いよく開かれる音が、室内に大きく鳴り響く。
それ以上に大きな声で放たれた父さんの叫びに、げんなりする。
母さんも父さんも、子どもの幸福な時間を台無しにしないでほしい......
「もぉ~!!! 父さんマジでないわ~」
「起きろこのバカ息子! お前なんて羨ましい…… 」
「フフフ。こんにちは大和さん?」
「ディーテ先生ですよね。バカ息子がお世話になりました」
「いいのいいの。フフフフフ」
「ん? 先生と俺、どこかでお会いしませんでした? こんな美人を忘れるはずないんだけど……」
「さすがにお上手ね。でも、初めてお会いしますわ 」
握手を交わす父さんが、いつもより二倍ほどイケメン笑顔をつくっている。
母さん報告してやる……
「こんな美人を間違うとは。俺もまだまだですね」
「ありがとうございます。フフフ」
「あ、すいません今は緊急事態でした。おいカイト!」
「何?」
「さっさと起きろ! お前二千万ジェムってどういうことだ!?」
「…… 北斗おじさんバラした?」
「話のついでにな」
「母ちゃんが聞いたら、俺もお前もダンジョンに出稼ぎ三年の刑とかに処されるぞ!?」
「…… ありうる」
「ありうる…… じゃねぇよ!?」
「仕方ないじゃん。オレじゃなくてラグナだし!」
「ドラゴンで登校とかふざけんな! お前本当こういうとこだぞ! ムチャクチャなとこばっか俺に似るんじゃねぇよ」
「ありがと」
「褒めてねぇんだよ! どうすんだよ!」
「う~ん……」
オレは少し考えて、ポンっと手を打った。
「父さん。こうなったらもう、あの手しかないんじゃないかな」
「なんだ?」
「仕方ないからラグナを煉獄のサファリパークに売り飛ばして…… 」
「なるほど…… まぁラグナが着地で壊したわけだしな?」
「フフフ。いいアイデアね。でも怒ったラグナが街を壊す方が損害が大きいわよ?」
「「確かに…… 」」
「あら? 息ピッタリね。フフフ」
オレたちのやり取りを見てディーテ先生が微笑んでくれた。
まるで喜びを隠しきれないと言わんばかりの温かい笑顔だ。
やっぱりとってもお美しい、、、そして慈悲深い。この地上に舞い降りた女神だな。千年に一度の女神様降臨に違いない。
「はぁ…… まったく」
そこで間髪入れず大きなにため息をついたのは、北斗さん。「いい加減にしろ!」って叱られながら、拳骨をもらう。
親子そろって叱られるとは、なんとも複雑だ......
「まぁまぁ学長。ところで二人でダンジョンサークルに入って返済していきません?」
「そうだな。大和も昔、アカデメイアで教えてたわけだし。いいだろ?」
「もちろん! ディーテ先生のおそばにいられるなら喜んで」
「父さん! ディーテさんはオレの先生だから…!」
なぜ親子がひとりの女性を巡って争うという事態が生じるのか。
三十を過ぎたとはいえ、無駄に童顔で若々しい父さんのせいだと思う。
実に世の中は理不尽だ、、、やっぱり神などいない。
「フフフ。決まりね。借金二千万ジェムだったかしら? 」
「いや。二千五百万ジェムだ」
「え?」
「大和がさっき割った学長室のステンドグラス、五百万ジェムだ」
「父ちゃん!? 何やってんだよ! こっちは借金減らす段取りしてんだよ!? 増やしてどうすんだよ!」
「ウルセー! お前が倒れたからだろ!? 最短距離で来たんだよ!」
「だからって、やっていいことと悪いことぐらい分かれよ! 領主だろうが!!」
「はいはいどうせ俺は残念領主だよ!」
「はい拗ねたー。大人げなさすぎ~」
「うるさい!!黙らんか!!」
「「すいません… 」」
「はぁ… まったく、似たもの親子が。クルルさんには内緒にしとくから。こつこつ返してくれればいい。今日はもう二人とも帰れ」
「「……わかりました」」
オレたちの公開説教にディーテ先生は微笑んで、北斗は溜息で応えてくれた。
父さんから軽めのショルダータックル。
オレも負けじとショルダータックル。
お前のせいだぞと互いに小声で非難しあいながら、出口へと向かう。
「ふぅ......入学初日、授業が始まってもいないのに親子してこの大騒ぎ......」
「フフフ。楽しくなりそうですわね」
「はぁ......先生は前向きですな。 あ、おい! カイト! 忘れものだ」
「うおっと、忘れてた。ありがと! バイバイ北斗おじさん!」
「ちゃんと学長って呼べって!…… で、なんだそれ?」
「謎のイケボさんからの誕プレ」
「ふ~ん」
軽く受け流した父さんを見ながら、北斗さんはもう一度、溜息をついた。チラッとアイコンタクトをしてきたから、首を横に振って拒否する。間違いなくこの瞬間この街で一番の大富豪はオレだと知ったら、父さんは倒れるだろうし……
頬を軽くかきながら零した溜息。おじさんそれ今日何度目?
溜息つきすぎると幸福が逃げるって弟が言ってたよ?
「あらまぁ大きな溜息。フフフ。どうされました? 」
「いや神なんていないなぁと思いましてな。ハハハ、、、」
真っ赤な顔の北斗さんに、ディーテ先生は優しく微笑んだ。
ズルい……
ちょっと前までは、ディーテ先生の笑顔はずっとオレのターン! だったのに。
そもそも父さんが来なければよかったんだ。
息子の幸福を破壊するとは…… まったくもって困った父さんだ。
ありがとうございました!!