生誕
救星の勇者。
希望の町ホープの副領主。
そして今は、夫として。
大和は、、、駆けている。
上位精霊の黄龍を自らの体に憑依させて。
その力を借りてまで、街中を駆けている。
「すまん!」
つまづいては人にぶつかり、、、謝罪の言葉を繰り返して。
風に舞い美しく散る色鮮やかな花弁。
いつもなら見る者を癒す自然の美も、今日ばかりは障害物のよう。
視界を冴えぎる花弁を手で払いながら路地を進む。
大通りの混雑は街が発展してきた証。
しかしこれも今は、大和の邪魔でしかない。
「クソっ」
コースを見定めるかのように立ち止まる。
ニヤリと笑って選んだのは、、、ブロック塀だ。
塀の上を駆け、、、十字路で荷馬車の屋根に飛び乗って。暴れる馬の背を踏みつけて。
「悪ぃ!」
ただひたすらに縮めるために。大和は駆けている。
自分と、愛しい妻との距離を……
「あ、副領主さま~!」
「今日は無理!!」
途中で寄せられた美女たちの声援に、手を振ることもせず。
まっすぐに、ただ家を目指す。
(待っててくれよ……)
大通りの混雑はさらに絶望的なほど。
ケンカする若者とそれを囃し立てる見物客とが道を塞いでいる。
ガシガシ頭を掻きむしりながら、大和は天を仰いで。
決意したかのように自分の胸を掴んだ。
「黄龍! モードイカロス…… 飛ぶぞ!!」
黄龍のオーラが巨大な翼型になり、大和は一瞬で人混みを飛び越えた。
「お? 大和が飛んでるぞ。事件か?」
「あぁ!」
モードイカロスでの飛翔。
ホープの名物風景、その一つである。
空を飛び人々を助けて回る姿は、子どもたち憧れの対象になっている。
今日の助けを求める声は…… 愛しい妻のもの。
「見えた! 行くぞ黄龍!! 」
大和はためらうことなく自宅の扉を蹴破った。
+++
「クルル! どこだ!?」
愛妻の名を叫ぶ大和を受け止めたのはクルド。
大和の親友。彼の妻クルルの幼馴染でもある。
「大和、落ち着け」
「クルド! クルルは!?」
「奥の部屋だ。いま眠ったとこだ」
「状態は?」
友の焦りを見てクルドは悩む。
現状を告げていいものかと......
「心配ない。いったん落ち着け」
水を一気に飲み干して呼吸を整える大和に、クルドは静かに告げた。
告げなければいけないことが二つある、と。
「何だよ」
「双子だ」
「双子?」
「あぁ。男のな」
「男か。そうか…… 」
小さく体を揺らす友。
その背に寄り添うように肩を組むクルド。
まるで無言の祝福を捧げているようだ。
「俺、、俺、、、、、ついに親父っ、に、、、」
「あぁ。おめでとう」
大和の瞳から大粒の涙がこぼれる。
涙を堪えきれなかったのは、肩を揺さぶるクルドのせいだろう。
「へへっ。ありがとな」
グシャグシャの笑顔をからかうこともなく。
友への祝福を込めて、クルドは大和とハグを交わした。
「悪ぃな。取り乱しちまって」
「なぁに、、、ガキってのは親を振り回すもんさ」
「あぁ、、、そうだな。違ぇねぇ」
ニシシっと笑う大和を見て、冷静さが戻ったと考えたのか。
クルドは、腰を据えて話すことを提案した。
「いいか。落ち着いて聞け」
「何だよ」
「長男がヒュム、次男が竜人族の血を引いている」
「……え?」
「双子で種族が違うケースは珍しい」
「つまり…… 」
「あぁ。兄は竜人族の血を持つヒュムに……」
クルドは確認するように話し、、、
「弟は、ヒュムの血を持つ竜人族になった可能性が高いってことか」
大和もそれに続いた。
刹那、大和の顔が歪んだのをクルドは見過ごさない。
両肩を掴んで瞳をのぞき込み、腹に力を込めて断言する。
「混ざった血が少なければ、命にかかわることはない」
「そうだな。あぁ……大丈夫だよな」
「当たり前だ。誰の子だと思ってる?」
「そうだ。俺とクルルの子だ。大丈夫に決まってる」
「あぁ。大丈夫だ!」
強めに掴まれた肩が痛むのか。
大和は目元を拭った。
すかさずクルドが天を仰ぐ。
友の涙に気づかぬふりをするためか。あるいは本当に天に祈るためか……
「さぁ! いつまでもクヨクヨしてんな!!」
「あぁ。息子とカッコ悪ぃ初対面は嫌だしな!」
「目覚めるまで待ってやれよ? 」
「わかってるよ!」
「大和」
「ん?」
「お前はいい親父になるよ」
「……ありがとな」
年長の友は背中を叩いて大和を鼓舞する。
その勢いを借りたのだろうか。隣室へと向かう大和の足取りは確かだった。
+++
気配を消す術を心得ている救星の勇者は、小さく深く息を吐いた。はやる気持ちを封じ込めようとするように。
「大和?」
気配を察知したものの、クルルは動くことはできないようだ。
「…… 起こしちまったな」
悪い、そう告げながら妻の手を握り締めて。
大和はそっと手のひらにキスを落とした。
「クルル、、、ありがとう」
大和の声も掠れている。
「何言ってるの…… 大和のおかげでもあるでしょ。赤ちゃんは? 元気?」
「あぁ...... みんな元気だ!」
大和は眠る双子に伸ばしかけた手を、ぎりぎりの所で留めている。
その手が星を救い、多くの種族の未来を救ったことを皆が知っている。
仲間を鼓舞し、窮地から立ち上がる力をくれることも皆が知ってる。
それが驚くほど優しく温かいことは、クルルだけが知っている。
「指の背で撫でてあげて。優しくね」
「いいのか?」
「大丈夫よ」
クルルは、いつになく慎重な素振りの大和を見て微笑んだ。
「、、、俺が父ちゃんだぞ」
父として赤子に初めて触れる大和の姿は、クルルにとっても新しい一面。その姿をクルルは愛おしく感じているのだろう。
照れながら、でも嬉しそうに頬を緩ませながら大和は目元を拭って。
クルルをそっと抱きしめた。
「褒めてくれる?」
「さすが俺の愛するクルルだ」
愛してると、暗闇が囁く。
嬉しそうに笑う気配がロウソクの灯を揺らして。
二人の抱擁は、温かく続いた。
異変は、静かに訪れる。
「大和……」
「あぁ。何かいる」
妙な気配のもとを確認するため、大和が周囲を見渡す。
しかし直ぐに、二人は眠りに誘われた……
頭を振って抵抗を示す大和とクルルに、少年の威厳に満ちた声が降り注ぐ。
『汝らに天啓を授けに来た』
「お前は……誰だ」
大天使ガブリエルと、その存在は名乗った。
『汝ととも祝福された子がいる。名はカイト』
長男の頭を撫でたその存在から、二人は目をそらすことができずにいる。
そして動くことも叶わない。まるで夢の世界にいるように......
『心せよ』
「何をだ?」
『星外の敵に備えるがいい。その子らを育ててな』
「…… 星外の敵?」
『確かに、伝えた』
「待て……」
『あぁ。間もなく鐘が鳴る』
「、、、、、鐘?」
『我らがカイトに祝福を……』
その言葉を遮るように、部屋に大きな音が鳴り響く。
「大丈夫か!? さっきの気配は……」
クルドが扉を叩き割ったその瞬間だった。
美しい鐘の音色が、世界に鳴り響く。
まるで新たな生命の誕生を祝福するように......
「この音は……」
「あぁ。聞き覚えがある」
「俺もだ」
「かつて女神様から魔法の力が星に授けられた。その時にな」
クルド、大和とクルルの視線を集めた双子の兄は、心地よさそうに眠っている。
鐘の音が子守歌代わりと言わんばかりに……
「まったく。ガキってのは親を振り回してくれやがる」
大和の呟きは、クルルとクルドの笑顔を生んだ。
「それで、名づけの儀式は?」
クルドの問いかけに視線を合わせた夫婦は、苦笑を零した。
「兄の名はカイト。弟は陸人だ。いいだろ?」
「えぇ」
微笑みあう二人の甘い空気を壊さないように、クルドは頭をかいて。
はいはいご馳走様ですと、小声で礼を述べた。
「じゃあ名づけの儀式を。ついでだ。俺が仕切るぜ」
両親から体の左右にキスを受けることで、子の名前は魂に刻まれるとされる。竜人族の伝統的な習わしだ。
大和が右手に。
クルルが左の手に。
優しいキスを贈り、願いを込めた。
「カイト。汝の名はカイト。朗らかに、自由に、まっすぐ育て」
「自らを誇る子に育ってね」
同じく大和が右手に。
クルルが左の手に。
優しいキスを贈り、願いを込めた。
「陸人。汝の名は陸人。揺るがず、賢く、気高く育て」
「自分にも他人にも優しい子に育ってね」
「ヒュム族の大和を父に。竜人族のクルルを母に。偉大なる両親のもとに生まれしカイト。そして陸人よ。魂に刻まれた願いに恥じぬように。健やかにあれ」
祈りがささげられ、静寂が訪れる。
それを破ったのは、新たな家族たちだ。
同時に放たれた本日二度目の特大の泣き声は、祝福を呼び集める合図となった。今か今かと、様子を伺っていた近隣の人々からの。
双子の生誕を祝う祈りが、周囲に響き渡る。
繰り返し、時間をかけて、幾人もの願いの姿が双子を取り巻く。
天高く、神々のもとへと。その祈りを届けんとするかのように......