第百二拾二話 人民パワーってコワイ
日本ではすっかり当たり前の光景となってしまった、駅前や繁華街のティッシュ配り。
今も昔もアルバイトの定番らしく、土日になると揃いのポロシャツやベストを身に付けた若い男女が英会話スクールやヨガスクール、居酒屋さんなどの広告入りのポケットティシュを配っています。
私が上海に赴任したばかりの頃、研修の一環でティシュ配りをしたことがあります。
勤め先の日系流通企業の夏のセールの宣伝だったと思います。
日本では手渡ししようとしても断られることもある安価なポケットティッシュですから、上海で配っても、そんなに喜ばれると思いませんでした。
ところが……。
「您好,欢迎光临,本店从今天开始大减价!」
(日本語訳:こんにちは、いらっしゃいませ。当店は本日からセール開始です!)
決まり文句を言いながら、お店の正面玄関付近で、通りすがりのお客様にティシュを差し出すと、
「え?もらっていいの?これって幾ら?……えっ!?!?タダ?」(◎_◎;)
「タダでくれるの?何で?」(・・?
「ちょっとアンタ!私にもあと10個くらいよこしなさいよ!」(# ゜Д゜)
「今日からセールなの?行くともっと高いものを何かくれるの?」Σ(・□・;)
と、ハチの巣をつついたような大騒ぎになりました。
最初は自分の足元にポケットティッシュが一杯入った段ボール箱を置き、そこから適当な量を手元のカゴに移して配布していたのですが、ティシュをカゴから取り出そうとした瞬間に、興奮したお客様がティッシュをひったくって持っていくようになりました。しまいには、手に提げたカゴの中に腕が何本も伸びてきて、勝手にティッシュをつかみ取りしています。
当時は上海の観光スポットにもなっていたデパートでしたから、平日でも集客率が非常に高く、特価0円のポケットティシュ配布という大ニュースに文字通り殺気立ったお客様達に取り囲まれて、私は着ていたスーツをあちこち引っ張られて破れるし、服のポケットに手を突っ込まれて無遠慮に探られるし、本当に命の危険を感じましたよ……。( ノД`)シクシク…
最後に、私が足元の段ボール箱からティッシュを補充していることに気づいたあるお客様が、
「おい、こいつの足元の箱にティッシュがいっぱい入っているぞ!それをよこせ!」
と言って、突然、段ボール箱をひったくって逃げ出しました。
そしてその後ろを叫びながら追いかけて行くたくさんの人達。あっという間にその場から人がいなくなりました。
取り残されたのは、着ていたスーツが破れてボロボロになり、お客様達に引っかかれたり、小突き回されたりして、打ち身や擦り傷だらけになった私一人……。
群衆のパワーのすさまじさを身をもって体験したのでした。