第百二拾一話 アイスをなめながら仕事したい
夏にじっとりと蒸し暑い日が続く日本では、古くから『住まいは夏をむねとすべし』と言います。
……では、中国ではどうなのでしょうか?
中国では揚子江(長江)を境に、北に位置する都市は暖房重視、南に位置する都市は冷房重視となります。
そのため、揚子江よりも南側にある上海のような大都市では、たとえエアコンが完備されていても、冬は暖房機能を使わないことが多いです。
真冬の上海で一般家庭や国営企業を訪問すると、外がどんなに寒くても部屋の中に暖房が入っておらず、部屋の中でコートを着て寒さに震えながら、勧められたお茶で指先の暖を取るはめになります。
エアコンの暖房機能を使う習慣がないため、上海では家電量販店でも電気ストーブが冬に数種類売られているくらいで、石油ファンヒーターは見かけたことがありません。
私の友人のKさん(日本人駐在員)のご家庭では、東京と同じくらい寒い上海の冬を過ごすために、テーブルに取り付けられる”こたつ”と”こたつ布団”を日本から船便で持ち込んでいました。(確かにこたつは快適でした。日本人にとって抗えない一種独特の魔力がありますよね)
夏になると、上海はとても蒸し暑くなります。7月、8月だと昼間は外に出るのをためらってしまうくらいの強い日差しと暑さになります。
でも、どんなに暑くても、TVニュースや新聞では、『本日の最高気温は38℃』なんですよね~。
なぜならば、気温が38℃を越えると、中国では、エアコンがきちんと完備されているオフィス以外は仕事を臨時休業にしなければならない、というルールがあるからなのです。
労働者の健康を考えるというきちんとした大義名分があるのですが、日本ではちょっと考えられない規定ですよね。昔は気温が38℃近くなったらきちんとお休みをとっていたそうなのですが、最近は経済効率が最優先されますから、政府の公式発表ではどんなに暑くても気温が38℃を越えることはありません。(そして3日くらい経ってから、『以前の報道に一部誤りがありました。一昨日の最高気温は40.2℃でした。』とシラっと修正されるのです)
私が上海で働いていた頃、8月にとても暑い日が続いたことがあります。
オフィスの中はエアコンが効いていて涼しいのですが、窓際の席は日差しが強すぎて目を開けていられないほどです。
さすがの私も、『日差しが暑い……(=_=)』と自席で半ばヘタっていると、総務課のマネージャーが私の所属部署のところまでやってきて、
「みなさん、今日は暑さが厳しいので、上海市のルールに基づき、これからアイスキャンディーを一人一本ずつ配ります。受け取ったら書面にサインして下さい。一人一本までですよ。」
と言いました。
あまりにも唐突なマネージャーの発言に、何のことだか分からない私が目を白黒させて戸惑っていると、上海っ子の同僚のRさんが私にそっと教えてくれました。
「上海は昔から、気温が38℃近くなると会社が従業員にアイスキャンディーを配るっていうローカルルールがあるんだよ。」
わ~お、何と素晴らしいルールなんでしょう(^O^)
私は喜んでアイスキャンディーを受け取り、ペロペロとなめながら、気持ちも新たにPCの画面に向かったのでした。オフィス中のスタッフが年齢や性別や国籍に関係なく、みんなでアイスをペロペロしているなんて、シュールだけど平和で素敵な光景だと思いませんか?