第百拾二話 青果市場の日本小姐
前回に引き続き、私が上海の日系流通企業で、青果バイヤーの修行をしていた頃のエピソードを紹介します。
青果バイヤーの朝は早いです。最低でも毎週2回は、上海中心部の外灘近くにある青果市場に顔を出さなければならないので、勤務時間帯は、朝3時から午後1時までとなります。(実際はもっと遅くまで働いていました。今から考えると、いつ寝ていたんだろう?)
当時、中国語を話せる日本人女性の青果バイヤー(見習いですが)というのは、かなり珍しい存在だったので、市場に行って、顔見知りの仲卸業者さんに挨拶すると、
「おっ、胖姐さん、おはよう。今日はブドウがいいよ。」
「ウチの梨の味をみていってよ。河北省からいい鴨梨が入ったんだ。」
と、色々な声がかかります。
同行して下さる先輩社員からは、『味見させてもらうと後で断りづらいから、あまり足を止めないで!』と、よく注意されましたが……。
私はメモを取りながら、先輩のあとを必死についていくのですが、ごちゃごちゃした卸売市場のなかを通り抜けるだけで、手に提げていたバッグの中が、仲卸業者さんがこっそり忍ばせたサンプル品でぐちゃぐちゃになってしまうことが、結構ありました。
「ワハハ(^O^)、僕だけだったら、こんなにサンプルもらえないよ。胖姐さんには言葉が通じるから、売り込みのチャンスがあると思うんだろうね。」
「私のバックの中が、また潰れたブドウまみれになってます……(´;ω;`)。果物は好きなので、タダで頂けるのはうれしいんですが……。ハッキリ言って、潰れたブドウはうれしくないです。」(。-`ω-)
「あなたはウチのグループ会社全体のバイヤーだから、業者さん達が必死になるのは当たり前だよ。胖姐さんの後ろには、それだけ大きな力があるってことさ。業者さんの言いなりにならないように、今のうちしっかり勉強するんだよ。」
先輩社員に温かい励ましの言葉を頂きながら、青白く蛍光灯が光る市場のなかを右に左に駆け回ったのも、今ではよい思い出です。
それから、先輩社員からは、こっそりとこんな秘密を教えてもらいました。
青果市場の片隅に、果物や野菜向け梱包資材を扱っている小さなお店があります。
一見、何の変哲もないお店なのですが、レジ近くに不思議なシールがまとめて売られています。
それは、大手果物メーカーや産地を表すシール。
中国産の格安バナナを市場で調達して、この店でシールを買って貼れば、”DOLL”ブランドのフィリピン輸入バナナに早変わり~~♪
そこら辺で採れたリンゴだって、シールを貼れば、あっという間に日本から輸入された超高級な”ふじ”リンゴに化けてしまいます。
日本のスーパーにも並んでいるような果物であれば、価格帯を問わず、恐らくありとあらゆる果物の”ニセモノ”シールが存在しています。
「シールのコピーがあるってことは、私が普段食べている果物は、産地が偽装されている可能性があるってことですか?」
「うーん、まぁ、否定は出来ないよね。でも、少なくともウチで扱っているものには偽装は無いと思う。ただし……、先週、仲卸さんから買った”ニュージーランド産”のキウイに、ブランドや産地を表すシールが何も貼っていなかったので、ちょっと確認してみたら、『シールがいるの?今、持ってくるから。』って言われて、どこからかシールが現れた、ってことはあったな。」
「それって、バリバリ偽装じゃないですか~~( ゜Д゜)」
ちなみに私はこのキウイを自社スーパーの夕方のセールで買って、よろこんで毎日食べていたのでした。嗚呼、騙しても、まだまだ騙せる日本人……(^_^;)