209話 「祭りの香りに惹かれる者たち」【後編】
「相変わらず声がでかいなぁ」
「強声は威である!」
――ここにギリウスがいないのが惜しい。
サレはレオーネに苦笑を送りながら、そんなことを思っていた。
この獅子顔の巨体と、あの竜顔の巨体を対面させたら、
「怪獣大決戦……!」
「ぬ、どうしたサレ、余の顔にうまそうなものでもついているのか? ――はっ! さてはまた熱く拳を!! 闘いの煌びやかな火花を!!」
なにをどう勘違いしたのか、レオーネは「うおおお!」と雄叫びをあげて暑苦しく身構えはじめる。
と、
「王サマ! いきなり街中で雄叫びあげないでよ! 周りの人たちびっくりしちゃうから! 特に獣人系が!」
レオーネの裏から、小さな身体の少女二人が姿を現していた。
サレは二人の少女に見覚えがあった。
胴部の透けている鎌使いの少女と、同じく半霊体の身体を持つ血色の悪い少女。
〈冷姫〉エルサ率いる〈黄金樹林〉との闘争で、サレが一度だけ手合わせをした少女たちだ。
「あっ、超人系戦闘民族その二」
「ぴゅー」
うち、はっきりと喋る少女が、サレを見つけるやいなやびくりと身体を反応させ、一歩後ずさる。
もう一方の青白い髪の少女は、片手をサレの方にあげて、挨拶をするように謎の鳴き声を紡いでいた。
「なんだ、ネール、リンデ、一人でいいと言っただろう。――余は強者を捜しにナイアスに来たのだぞ!!」
「違うから! テフラとの同盟ついでだから! やめてよ! こんなのが一国の王だとか知られたら私たち恥ずかしいから!」
「精霊族は体裁を気にしすぎる!」
「王サマが気にしなさすぎるだけだから……」
ネールと呼ばれた淡い赤の髪を持つ少女は、まだちらちらとサレの方を窺っていたが、数秒してようやく緊張がほぐれてきたように、前へ歩み出てきた。
そうしてさらに、サレの裏に多様な姿格好の異族がいることに気づいて、
「う、うっわ……、もしかしてこれ、みんな魔人の仲間? うっわ、こっわ」
ネールの率直な意見に対し、今度は〈凱旋する愚者〉の面々が、
「おい、誰だ、あんな幼気な少女をビビらせる強面は」
「おめえだよ」
「いやおめえもだよ」
「あ? お前顔猛禽じゃねえか。目がこええんだよ、目が」
「いやいや、お前なんか牙が口からはみ出てるじゃねえか。しまえよ、こええんだよ」
「ま、待って? これたぶんお互いの傷口えぐりあってるだけだからやめよ? ここらへんでやめよ?」
「……」
と内紛をはじめる。
「あれ、もしかしてあたし、触れちゃいけないところに触れちゃった……?」
ネールはしまったと言わんばかりに口元を手で押さえ、一番近くにいたサレにぺこぺこと頭を下げはじめた。
対するサレは、苦笑を浮かべつつ、
「ああ、気にしないでいいよ。いつものことだから」
「で、でも、やっぱりごめんなさい。いくらビビってるからって、ちょっと言い過ぎたかも」
「よし、ならば戦おう。戦えば万事解決する。清々しい気分になるぞ!」
そうして、会話の矛先が四方に飛び散り、収集がつかなくなりそうになったあたりで、ついに〈凱旋する愚者〉の一団から一人の少女が歩み出てくる。
――アリスだ。
「ちょっと安心しました。私のギルドにばかり変態とか変人とか奇人とかが集まっているのかと不安に思っていましたが、こうしてほかのギルドの変人にもきっちり出会えましたね。幸いだと思います。――あ、でも神族とか含めると結構変なのには会ってますね」
「ま、待ってアリス、こいつ――前に話した〈獅子の威風〉ギルドの長……」
「……あー……」
今度はアリスが、わざとらしく「しまった」という表情を浮かべ、レオーネの方に視線を向けていた。
視線はしっかりとレオーネの頭部に向かっている。
見えていないが、声の飛んでくる方向から顔の高さを予測したのだろう。
それにしても、アリスが対外的にそういうわざとらしい仕草を見せつけるのは、なかなか珍しいことだった。
「レオーネ、こっちが俺たちのギルドの長で――」
「アリス・アートと申します」
「ほう、この華奢な女子が――」
レオーネはアリスと対面するや、その獣の瞳に鋭い眼光を灯し、アリスの外面を上から下まで品定めするように眺めた。
「――ふむ。話には聞いていたが、やはり意外だ。この女子が貴様たちのような荒くれ者たちの長であるとは」
レオーネはアリスを見たあとに、今度はサレの後ろにずらりと立ち並ぶ〈凱旋する愚者〉のギルド員たちを見てそう言った。
一部非戦闘員も混じっていたが、基本的にはいずれかの戦闘班に所属している者がほとんどで、たしかに荒くれと言われればそう見えなくもないかもしれない。
そうしてレオーネは再びアリスに視線を戻し、次いで、
「――ん? ……いや、そう単純な話でもなさそうだな」
レオーネはアリスの眼を見て、今度は低く唸っていた。一転して、アリスに対する評価を思いとどまったというような体だ。
レオーネがアリスに向けている視線は、さきほどのように身体が強いか弱いかを判断するようなそれとは違って、その内面を見通そうとするかのようであった。
「余と視線を合わせていられる。――なるほど、どうやら中身はなかなかに胆が据わっているらしい。さきほどの言葉を撤回しよう」
「まあ、見えていないだけなのですが」
「では言い換えよう。ちらちらと放った余の殺気にも動じないのは、胆力の証だ」
レオーネの言わんとするところを、サレはハッキリと察していた。
「たぶん一番胆が据わってるのはアリスだからな。見た目によらないってわけ」
「うむ、把握した。――失言を許せ、〈凱旋する愚者〉の長よ」
「別に怒っていませんよ」
「そうか。――うむ、名乗りが遅れた。余の名は〈レオーネ・ガルシェール・ウルズ〉。遊行団〈獅子の威風〉の長であり、そして南国〈ウルズ王国〉の国王である!」
堂々と名乗りをあげたレオーネに、どこからか拍手が飛ぶ。
「すげえなあいつ、ナイアスで自分が国王であるとかハッキリ言っちゃったよ」
「すげえ。度胸がすげえ。ナイアスって誰がいっかわからねえのに」
「『国王なんで狙ってください』って言ってるようなもんだろ」
「あれ? もしかしてあいつ結構馬鹿系? なんか親近感湧くわぁ……」
〈凱旋する愚者〉のギルド員たちだった。
「あっぱれ」といわんばかりに盛大な拍手を送っている。
例によって皮肉を含んだ対応であったが、
「ぬ? ――なんだかよくわからんが良い気分だな!」
レオーネはそれを皮肉とも受け取らず、自慢げに胸を張ってたてがみを風に揺らした。
隣ではネールが額に手をおいて大きなため息をついている。
サレはそれを見て苦笑しながら、
「まあ、あんたはそれでいいんだろうさ。言ったところでたやすく奪える命じゃない。たぶん奪う方も命がけだ」
サレはレオーネの強さを知っている。
いかにナイアスの荒くれといっても、よほどの強者でなければこの獅子王の命は取れないだろう。
加え、
「なんか周りから視線感じるし、もしかして〈獅子の威風〉のギルド員とか、護衛役として潜伏してる?」
はっきりとした感覚ではなかったが、たしかにサレは視線を感じていた。
殺意の視線というほど大仰な視線ではなかったが、様子を窺われているという漠然とした感覚があった。
と、サレのそんな言葉に、まっさきにネールが反応していた。
「うわぁ……、やっぱり超人じゃん……。結構離れてるんだけど……。この距離で勘付かれるの? ……うわぁ…………」
サレを見て何度も顔を渋くさせている。
当のサレは「お、やっぱりか」とネールの言葉から自分の感覚が正しかったことを知り、満足げに黒尾をゆらゆら振っていた。
「まあいいや。――それで、なんでレオーネがこんなところに?」
ふと、そういえばという体でサレが話題を転換させる。
先日の『コーデリア』の一件のあと、レオーネが母国であるウルズ王国に発火鳥に乗って戻っていったという話は聞いていたが、またテフラの方に来ていることは知らなかった。
まして、こうして悠々とナイアスを歩いていることなど、到底予測できるものではない。
すると、サレの問いにレオーネは「おお、そうであった」といまさら思い出したように頷き、
「実はな、さきほどテフラ王国とウルズ王国で同盟締結をしてきたのだ」
「同盟?」
「そう、対アテム王国を想定した軍事同盟である」
「――なるほど」
レオーネがアテムのやり方に対して敵対であることは知っていた。
ウルズ王国が『異族討伐計画』に巻き込まれた難民たちを保護しているという話は、前に手合わせをしたときに小耳にはさんでいたし、エルサからも似たような話を聞いていた。
独自に調査兵団を組んで、アテム王国の異族討伐計画を探っているという話もレオーネはしていた。
サレが悲劇と向き合うきっかけとなったのは、なにを隠そうレオーネのそういう話であった。
「結局、ウルズ王国はテフラに味方してくれるのか」
「まあ、互いに益のある同盟であるからな。テフラの主権を持つ王族が、なにやらいつの間にかまとまっていたことも大きい。あのままいざこざが続いていたなら、さすがに余はもう少し渋っただろう。内紛すらおさめられない国家では、背を任せるにいささか頼りない」
やはりなんだかんだとレオーネは頭が回るのだろう。
さきほどまでの脳筋臭がいつの間にか消え、その獅子顔が『王』の顔に変わっていた。
「どうやら貴様たちがあのあともうまくやったらしいな、サレ」
「苦労したよ」
「フハハ、強者は日々試練を与えられるものである!」
サレが言うに合わせ、レオーネはまた呵呵大笑した。
「それでな、同盟自体はするりと締結されたので、やや時間を持て余しておったのだ。すでに母国の兵団にはテフラに来るよう言い伝えてある。余はそれを待つ身。――ぶっちゃけ暇なのだ」
「マジでぶっちゃけたな」
サレは「王様それでいいのかよ」と思いながらも、自分たちの中にも名ばかり王だとか皇だとかがいて、肝心の自分も一応皇であることを踏まえ、結局は「そんなもんか」と適当に納得した。
「だがッ!!」
「うおっ!」
ふと、レオーネが大声で逆接に繋げる。
「『大絢爛祭』という話を聞いたのだ!! 祭りだ! 余は戦いも好きだが祭りも好きだ! これは参加せねばとなっ! 思ってな!」
「お、おう、まあ落ち着けよ」
「フハハ、あのジュリアスという小僧もなかなか派手な方策を取る! いっそ悪辣的だぞ! だがそういう派手なやり方も余は好きだ!」
レオーネをなだめようとしたサレの耳を、気になる単語がつついた。
「お? もしかして絢爛祭の目的聞いてるの?」
今の言葉面を見るに、どうやら皆の予想通りジュリアスが絢爛祭の発案者らしいことは察せられた。
加えて、レオーネは絢爛祭を称して「悪辣的」というくらいだから、その祭りの意味を知っているのだろう。
だからサレは訊ねた。
すると、
「そうだ! あの金髪の優男はな! 絢爛祭で――」
「ちょちょちょっと! 王サマ! それを大声でいうのはさすがにやばいって! 小さく! 小さくいって!」
「――ぬ? ううむ、まあ、ネールの言もしかりか。うむ、では小さく言おう」
大声で言おうとしたレオーネは素直に思いとどまって、今度はサレの耳元に口を近づけて、
◆◆◆
「どうやらこの祭りを餌に、他国の人材を無理やりテフラに集めようというらしい」
◆◆◆
そう紡いでいた。
「……人材を、テフラに?」
「そう。祭りを餌に、とにかく他国から人を集め、例の一週間後のアテムとの交戦で活用しようという魂胆なのだ。――『逃げ場がなくなれば小獣とて立ち向かう』。これは余の国の格言でな。獣人の多いウルズ王国だからこその格言だが、意外と正鵠を射ているのだぞ?」
レオーネの言わんとするところに、アリスも気づいたらしい。
サレが苦笑する横でため息を吐いていた。
と、サレが苦笑のままに声をあげる。
「たしかに悪辣的だ。――ああ、手段なんて選んでないな。いつかのあいつの言葉を思い出すよ」
「おそらく、まともにほかの国と同盟を結んでいる余裕がなかったのでしょうね。レオーネさんのウルズ王国のようにすでにある程度のつながりがあれば話は違いますが、基本的にはゼロからの同盟交渉です。となれば、一週間ではなかなか折り合いもつかないのでしょう」
アリスの言葉が、レオーネの言葉を補完した。
「だから国の外に向けるような大きな規模で、こうして絢爛祭を広告しているのか」
「まあ、逃げ道を本当に塞ぐのは『最後の手段』だと言っていたがな。まずは個人の良心に訴えるようだ。祭りを通してアテムに関する情報操作、印象操作も行うのだろう。ともあれ、必要になってからでは遅い。あらかじめそういう手段の準備を整えておくつもりのようだ」
「まったくひどい男だ」
サレはやれやれと肩をすくめて笑った。
ほかのギルド員たちも同じような仕草を見せていた。
「これであいつも立派な外道だな」
「なんだかんだと正道を歩いてこれそうな感じでしたけど、やはりジュリアスさんはこちら側の人間でしたね」
〈凱旋する愚者〉の面々が、各々顔に下卑た笑みを浮かべていた。