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魔人転生記 -九転臨死に一生を-  作者: 葵大和
第十一幕 【愛憎:私たちの世界は狂っていた】
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180話 「狂気に罰を、無垢に愛を」【後編】

 ――私は……何をしているのだろうか。


 サフィリスの意識はおぼろげだった。

 特に、頭の中にあの神族の声が響いてから、特段に頭の中がぼやけている気がした。


 ――私は……


 少し、視界が晴れてきた。

 視力が落ちたかのように眼前の光景がぼやけていたが、ようやく輪郭が戻ってきた。

 同時に、頭も少し冴えてくる。


 ――復讐神と契約したのは、間違っていたのだろうか。


 たぶん、間違っていたのだろう。

 なぜ今さらそんなことを思い返すのか、自分でも分からない。

 ただ、今になってようやく、思い返す余裕が生まれてきた気がする。

 

 ネメシスから神族界の話を聞いたあたりから、何かがおかしくなった。

 この私ですら、『いくらなんでもやりすぎだろう』と今思い返せるようなことを、平然と行えてしまった気がする。

 特に、シルフィードを薄めてしまったのは、父の言葉を欲しがるにしてもやりすぎだ。

 それは否定しない。

 私は父に、叱って欲しかったのかもしれない。

 でも、私はもう成人した王女だ。

 テフラの、王女なのだ。


 アルミラージにも、あの時『止まれ』と言われた。


 あのあとは、少しもその努力をしていたつもりなのだ。

 しかし、ネメシスとの契約をしたあとから、なんだか他をかえりみることが面倒になった。

 ただ無我夢中で、父の声を求めてしまった。


 ――嗚呼。


 自分はやっぱり、間違ってしまったのだろうか。


 ――アルミラージはこんな私を見たら、なんというのだろうか。


 すごく縮こまりながら、それでも私を叱ってくれるだろうか。


◆◆◆


「――いい加減にしなさい、サフィリス」


◆◆◆


 サフィリスの耳を、とある声が穿っていた。

 朦朧とした意識の中でも、その声だけはサフィリスの頭蓋にするりと容易く入り込んで、朗々(ろうろう)と響き渡った。

 かつて自分に仕えてくれた『従者』の声だ。

 忘れもしない。

 こんな自分に、飽きもせず、投げ出しもせず、困ったような笑みを浮かべながらついてきた、馬鹿な従者の声。


「あ――」


 ――どこにいるのだ、アルミラージ。


 サフィリスは朦朧としながらも、視線を左右に振った。

 色は見えるが、形はまだはっきり見えない。


「いい加減にしてください、サフィリス様」


 今度は丁寧語で自分を叱りつける言葉が響いてきた。

 そしてようやく、その頃になって――視界がパっと開けた。

 線が戻ってきて、はっきりとした輪郭が浮き上がって、鮮明になる。

 そして見る。


 自分が手に持っている槍が、目の前にいたアルミラージの腹を――『貫いている』光景を。


「――」


 声が出ない。

 なんで。

 なんでアルミラージがここにいる。

 死んだはずじゃ、なかったのか。

 そして――


「なんで私がお前を殺そうとしているのだ……っ!! ――――あああああああああッ!!」


 わけが分からなくなって、口から絶叫が漏れた。


◆◆◆


 アルミラージはサフィリスの叫びを聞いて、心底からの安堵の息が漏れた。


 ――『戻ってきた』。


 子供のように泣き出したサフィリスは、自分が知っている彼女の表情だった。

 ちょっとしたことですぐにいじける、子供みたいな王女。

 感情豊かで、楽しいことに目が無くて、好奇心は旺盛。

 本当に、子供みたいだ。


「こんな人前で、王女たる者が泣いてはいけませんよ、サフィリス様」

「ア、アルミラージ……! アルミラージ……ッ!!」


 槍の柄から手を離して、サフィリスがアルミラージに抱きついた。

 恐ろしいから助けてくれと、子が親に抱きつくように、彼女はアルミラージに抱きついた。


「はは、少し痛いです。これ、神族の槍みたいですね」

「どうしよう、アルミラージ! 私は! 私はっ!」


 なんだか、今まで気丈に〈狂姫〉を演じていた彼女が、今さら滑稽に思えてきた。

 彼女はこんなに、真っ直ぐじゃないか。

 狂っているなんて、そんな形容は似合わない。

 〈純姫〉とか、そういう透明感のある名前が似合う。


「何を……考えているのでしょうね、私は」


 こんな時にこんな話題を浮かべるとは、どうやらあの『愚者たち』と付き合いはじめて、場を選ばぬ会話法が身についたらしい。


『――戻し、やがったわね……!』


 ふと上から声が降ってきていた。

 なにやら凄まじい怒気が込められた声音だ。

 だが、


「ハハ、黙っていてください。今、いいところなんですよ」


 ようやく彼女と、真正面から話ができそうなんだ。


『アーテー!! アーテー!! サフィリスの狂気を刺激しなさい!!』


 頭に響く声だ。

 ヒステリックはやめてくれ。

 本当に、今いいところなんだから。

 身体は動かないけど、声は出せる。

 だから、


「いいところなので、邪魔なのをどかしてもらってもいいですか――『サレさん』」


 死んでから和解して、友にまでなった彼に、少し、頼ってしまおう。


◆◆◆


 サレはサフィリスの叫びを聞いて、アルミラージの肩を今すぐにでも抱きに行きたかった。


 『お前はサフィリスを取り戻せたぞ。お前だから取り戻せたんだ』――そう言い聞かせてやりたかった。


 一度は剣を向け合って、命のやり取りまでもをした相手だが、今は友として、友人の願いが叶ったことを祝福してやりたかった。

 だが、サレはまだ自分の感情を押し殺していた。

 まだだ。

 まだなのだ。

 急にドスの効いた声で悪態をつき始めた、白体黒眼の女がいる。

 〈復讐神ネメシス〉が、動き出している。

 今までの甘い声は演技だったのだろうか。

 復讐神の名にふさわしい、強烈な悪意の波動がやってくる。


『アーテー!! アーテー!!』


 その神族の女が、とある名を呼んでいた。

 今まで拾い上げてきた会話から推測する。

 間違いない。


 〈狂神アーテー〉の名だ。


 サレは待っていた。

 〈狂神〉が出てくるのを。

 サフィリスの狂気を刺激しているのがそのアーテーであると、サレは予測を持っていた。

 ネメシスは脅威だ。

 脅威だが、一番驚異なのは〈狂神〉だ。

 サフィリスが正気に戻れば、ネメシスとは契約を破棄すればいい。

 それができるかは知らないが、とかく一番大事なのはサフィリスが正気でいることなのだ。

 だから、サレは待っていた。


 まったく姿を現さない〈狂神〉が、再びサフィリスの狂気を刺激するべく、何らかの動きを見せるのを。


 ――見せろ。


 動きを見せろ。


 ――頼む。


 姿を見せてくれ。


 神界にいたままで狂気を伝播される事態が、おそらく最悪だ。

 しかし、そうであったとしても、サフィリスはその程度の干渉なら今この場ではねのけた。

 ならば、来るはずなのだ。

 これまでの刺激では足りないのならば、より直接的に動きを見せるはずなのだ。

 

 そんなサレの願いを世界が聞き入れるかのごとくして――


 『それは来た』。


 サフィリスの首の後ろに小さな神界術式が広がったのを、サレの赤い瞳は見逃さなかった。


 ――。


 サレの身体が前に弾ける。

 黒蟲が一瞬にしてサレの身体に駆け戻ってきて、そのまま背に集まる。

 そして〈黒翼〉に変化する。

 術式の転換だ。

 黒蟲から、黒翼への転換。

 サレの身がさらに前に勢いよく弾け、刹那においてサフィリスに猛然と近づいて行く。

 すると、ネメシスの側もサレの動きに気付き、さらに、


『ッ――戻りなさい、アーテー!!』


 どうやらサレの目的に勘付いたようだった。

 その一連の動作がサレの予測の正しさを証明していた。


 〈狂神〉は出てくる。


 そしてまた、その狂神に手を出されることが、ネメシスにとって、強いてはマキシア側の神族にとって、今忌避すべき事柄なのだ。

 神速の滑走の最中、視線を再びサフィリスに向ける。


 サフィリスの首裏の神界術式陣から、『白い腕』が出ていた。


 しかしその腕は、ネメシスの檄を受けて急いで引っ込むように術式の中へ戻っていっている。

 サレとサフィリスとの距離はわずか数メートル。

 速すぎて黒い線にしか見えないサレの身体は、手が引っ込む最中にも猛烈な速度でサフィリスに迫った。

 間に合うか、間に合わないか。

 白い手はほとんど術式の中に戻っていて、中指がわずかに見えるだけだ。


◆◆◆


【私、神界の中に手つっこんで、神族ぶん殴ったことあるのよね】


◆◆◆


 サレの頭の中に、かつての『邂逅』の時に〈二代目魔人皇イゾルデ〉が放っていた言葉が(よぎ)った。


 だから、サレは迷うことなく行った。


 サフィリスの首裏の術式陣の中に白い手が完全に収まって、そして今にも術式陣が閉じようとしている。

 そこへ――


「――逃がすか」


 サレは躊躇なく腕を突っ込んだ。



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『やあ、葵です』
(個人ブログ)
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