143話 「すべての始まりの物語」(中)
「ゴホン。話を戻しますが、〈戯れの神〉と〈盗みの神〉はそうして〈最高神〉〈王神〉〈創造神〉の神界へ悪戯をしにいくことにしました。まず最初に狙ったのが――えっと――そこにいらっしゃる――〈王神〉の神界へです」
「アレは実に巧妙な手口だったな。余もまさか他の神族が余の部屋に侵入してくるなど、思いもしなかった。それもよりによって初期の主神でもないただの神族が、だ」
ユウエルはロキが立っていることを考慮して座ってはいなかった。
自分が座ってしまえば、そもそも他の神族がさらに地面にへばりつかねばならなくなる。そのことを王として理解していた。
さすがのロキもやや平伏気味に腰を曲げはじめていて、内心に「これではせっかくのロキの演技が縮こまってしまうな」と思い、結果、ユウエルはジュリアスの頭上に浮遊することにした。
「ワタシもヘルメスもそれぞれ盗みと悪戯に命賭けてましたからね。――そうして見事、王神の神界へと侵入することに成功しました」
ロキが続ける。
「〈盗みの神〉は『うっひょー』などと下劣な笑いを起こしながら、王神の神界に散らばっていた宝物やなんやらを物色し始めました。対して〈戯れの神〉は、〈三貴神〉として畏怖される王神の神界へ侵入できただけで、すでに満足気味でした。彼にとっては宝物やなんやらよりも、王神の神界へ侵入するという遊びそのものが目的で、それが成功してしまえばもう醒めてしまっていたのです」
「うわ、たち悪いな……」観客たちからヒき気味の声があがった。
対してロキは身振りを大きくして「ああ嘆かわしい」などと悲歎して見せて、続ける。
「なんと愚かな生き物、なんと満たされぬ神、嗚呼、彼の欲望はあまりに高尚で、誰にも理解されません」
「理解したいとも思わねえ……」また声があがる。
「対する〈盗みの神〉はまだまだ『ウヒョー』やら『ヒャッハー』やら叫びながら、王神の訝しげな目を完全に無視して宝物を物色していました」
「余はヘルメスのあのいっそ狂気的なまでの熱心さに度胆を抜かされたぞ。余の威圧の視線をものともせず、淡々と宝物を物色しよる。怖いもの知らずの究極系ではないか、アレは」
「彼は馬鹿でしたからね。愛すべき馬鹿ですね」
ロキがユウエルに対してうなずいて見せた。
「そうして〈王神〉の許しを平伏して得たあと、〈盗みの神〉は懐にさりげなく何個かの宝物を隠しいれ、〈戯れの神〉と一緒に王神の神界から帰って行きました」
「あやつ結局余の宝物を持っていったのか!! 余、気付かんかったぞ!!」
「〈盗みの神〉は盗みにかけては天才的でした」
「意外と王神も感情豊かだな……」異族や純人族たちからぼそりぼそりと声があがる。
「そして次に二人は〈創造神〉の神界への侵入を試みました。神界への侵入にはコツがあって、神界術式の解読や、偽の対価を用意したりすることでうまいこと抜けられたりするのですが、その辺の調査のためにしっかりと時間を使った彼ら二人は、〈創造神〉の神界への侵入も見事こなしました。〈盗みの神〉はその盗みによって対価になるような様々な宝物を持っていましたし、〈戯れの神〉も悪戯に関しては天才的で、全力をもって遊びのために術式の解読やらに勤しんだ結果です」
ロキが自慢げに言った。
「そうして二人は〈創造神〉の神界に入りました。〈創造神〉は自然系神族の一番偉い人、みたいな立場で、それはそれはかなり厳格な方でした。おそらく〈世界の調停者〉としてもっともそれらしい神族が、〈創造神〉でした」
「〈命神〉と〈死神〉も〈創造神〉の統括だからな。カムシーンの奴が調停者としての本分を忘れると世界が壊れる」
「なにそれ超怖いんだけど……」話の壮大さに困惑しかけてきた異族純人たちが額に大粒の汗を浮かばせて言う。
「そうして二人は〈創造神〉に初めて出会いました。なんといっても〈創造神〉は一番神族らしい――それこそ〈神様〉らしくて、同じ神たちにとってもめったに会えない存在だったのです。今度は〈戯れの神〉が『おっひょー』などと歓喜の声をあげつつ、〈創造神〉のおひざ元に駆けていきました。未知に対しての好奇心が強かったからでしょう。一方で〈盗みの神〉は〈創造神〉の神界にあまり宝物がなくて、かなりつまらなそうにしていました」
こともなげに耳をほじって、つまらなそうな顔を仕草で表現したあと、ロキは続ける。
「そうして〈戯れの神〉が〈創造神〉に近づくと、即座に無言でゲンコツを一発喰らい、その場で〈創造神〉が新たに開いた神界の門に放りこまれ、強制退場させられました。〈盗みの神〉の方は鼻をほじっていたら足場が落とし穴のように開いて、そのまま落っこちていきました。当然それも神界の出口門です。無様な退場ですね。――そうして唐突に創造神との邂逅は終わりを告げました。さあ、残るは〈最高神〉です」
問題はここからです。
ロキが言う。
顔は真面目になって、その雰囲気の変化が話に聞き入っている者たちへも伝わる。
ここまであっけらかんとして話を聞いていた神族たちも、表情を引き締めていた。
そうしてとある不思議な出来事がロキの口から知らされる。
それは神族にとっても初耳の話であった。
あの王神でさえも、知らなかった話。
「二人は最後の三貴神〈最高神〉の神界へ向かうことにしました」
「マキシアか……」
王神が少し訝しげな声音をあげたのを、周りの神たちは聞いていた。
「〈最高神〉の神界への侵入は、それまでの三貴神と比べても特別困難を極めました。なかなか門が開きません。結構な時間をかけてようやく門を開くと、その門の向こう側は真っ黒でした。真っ黒、真っ暗。何も見えません。王神の神界はキラキラと金や銀が輝いていて、この世の栄華を極めたかのような、そんな美しい神界でした。創造神の神界も同じで、自然の美を極めたかのような、とにかく美しい神界でした。しかし最高神の神界は真っ黒でした」
ごくり、と誰かが息を飲む音が鳴った。
「不気味でしたが、せっかく開いた門だ。入らないわけにはいかない。〈戯れの神〉も〈盗みの神〉もブレーキの利かないタイプでしたので、もちろん中へ入りました」
ロキがぼうぼうと茂った草木を分け入っていくかのような、そんな身振りを見せる。
「黒い神界を中へと入っていくと、そこには一人の神族がいました。そう、〈最高神〉です。彼は神界の奥のほうで微動だにせず立っていました。視線は下を向き、まるで地面の底の方を見定めているかのようです。二人の神はその姿勢から『彼は下界を観察しているのだろう』と確信しました。どうやら最高神はとても集中していたらしく、二人の悪戯な神が侵入してきたことに気付いていませんでした」
「……」
声はあがらない。
次に何がどうなるのか。
それを早く知りたかった。
「そうして近づいて行って、二人の神は最高神がブツブツと何かを呟いていることに気付きました。『越えるな、超えるな、乱すな』そんな呟きでした。するとその辺でようやく二人の神の侵入に気付き、最高神は振り向きました」
その先は聞きたいような、聞きたくないような。
話の節から恐ろしげな様相が感じられて、一部は耳を塞ぐまでしていた。
「『なぜ断りなく入ってきた』最高神は怒りを露わにしながら言いました。二人の神は最高神のその表情を見て、反射的に『これは不味い』と思って、とにかく謝罪を述べました。しばらくして、その誠意が伝わったのか否かはわかりませんが、最高神は『……もう帰れ』そういって門を開きました。二人の神は尻尾を巻くようにしてその門から逃げていきました」
「ふう、あぶねえあぶねえ、逃げれて良かったな」観衆たちから安堵の言葉が放たれる。
「しかし」
ロキの繋いだ言葉に、彼らはまた息を詰まらせた。
「〈盗みの神〉は門から逃げたあと、〈戯れの神〉に笑いながら言いました。『盗み聞いちまったよ、ロキ。俺、マキシア様の小言、盗み聞いちまった』何度も言いますが、彼は笑っていました。心底楽しそうでした。誰にも盗めないような特大の情報を盗んで、彼は誇らしげに笑っていました。〈戯れの神〉はそれを聞けませんでしたが、〈盗みの神〉は『盗み聞く』という動作において、おそらく神族としての性能を発揮したのでしょう」
それは概念の上に立つ神族として、実に『らしい』姿でした。
ロキは続ける。
「〈盗みの神〉はその情報をとにかく誰かに伝えておきたくて、〈戯れの神〉にすぐに伝えました。内容はこんなものでした――」
◆◆◆
『魔神の因子は潰した。次に越えそうなのは竜か』
◆◆◆
「〈戯れの神〉にも〈盗みの神〉にも、詳しいことはわかりませんでした。しかし、いずれそれが何か面白い話に繋がるのではないかと思って、笑いあいながらしっかりと覚えておこうと誓いました」
「魔神の――」
放心したように声をこぼしていたのは――サレだった。
ロキはサレに視線を向け、しかし一瞥の後、また話を続ける。
「その後。お互いに神族としての仕事があって、二人は次の悪戯の計画を立ててから別れました」
話を聞いていた者たちの中で、その話が物語る本人〈戯神ロキ〉の話だと気付いているギルドの者や、神族たち、テフラ王族たちは、あることに気付いていた。
それは先の事情の予測に繋がる事柄。
◆◆◆
なぜ戯神ロキがここにいるのに、盗神ヘルメスはここにはいないのか。
◆◆◆
そういえば、と。神たちは気付く。
ヘルメスの話を、近頃聞いていない、と。
神界にこもっていても、神族の中で特に子供っぽいヘルメスはよく話題にあがる。少なくとも昔はそうであった。
「後日――」
すべての思考を、ロキの言葉が切り裂く。
「悪戯の約束をしていた〈戯れの神〉は、約束の日時に従って現界の集合場所へ向かいました」
しかし。
「そこには〈盗みの神〉はいませんでした。お茶らけているくせに時間に厳しい彼が、まさか集合時間に遅れてくるなどと〈戯れの神〉には信じられませんでした。長い付き合いで彼の時間に対する厳しさを信用していた〈戯れの神〉は、すぐに〈盗みの神〉の神界に向かいました」
そして。
「〈戯れの神〉が彼の神界に入った時、まっさきに視界に入ったのは――」
◆◆◆
死にかけの〈盗みの神〉の姿でした。




