121話 「見敵追走戦」(中)
サレの声をどこから拾ったか、まるでその声にたぐりよせられるようにして、一体の黒竜が歓楽区の空に現れていた。
「わ、吾輩またパシりであるか!?」
そんな声と共に現れたのは――ギリウスだ。
「だって、ギリウスでかいし、街中走ったり飛んだり、細かい路地通ったりするの苦手だろ」
一応ギリウスは人型であれば大きめ純人、程度にはなる。だが、それでも目立つ。尾行やらなにやら、そういうちまちました行動には適していない。そのうえ、本来の戦闘形態でないため、いくらかの不利をていすることにもなる。もちろん、人型の状態でも異族としてはやたらに強靭ではあったが。
そういう点を踏まえ、ギリウスは今回二重尾行のメンバーには選ばれていなかった。
かわりに、いつものパシりという形で――
「空のほうで声がかかるの待っておったわけであるが、結局パシられる運命にあるのであるな、吾輩……」
「そういうなって。ギリウスが最後の砦的な感じで空にいてくれるのは結構安心するんだよ?」
「サレにしてはうまいこと口がまわったのであるな」
「はは、だろ」
そういいながら、サレは腕に抱きかかえていたマコトをギリウスに手渡す。
「なんか私、密売で取引されるブツみたいな役になってないか、今」
「うへへ、これが例のブツですよ旦那ァ」
「うむ、確かに受け取ったのである」
「わざとやるなよ!!」
マコトがわめきたてたが、サレの腕からギリウスの腕に乗り換えたマコトは、すぐにおとなしくなって、
「今攻撃された方を追うのか? サレ」
「うん。ほかの誰かが動いたって感じしないから、たぶん他のみんなはそれぞれで敵の姿を追ってるんだと思う。今の攻撃が本命って可能性もあるから、俺が追うしかない」
「そうか……」
「まあ、追ったところで巣まで戻るかわからないけど、だからって追わなければなにもはじまらないからな」
「そうだな。――気をつけていけよ」
マコトが心配そうな視線をサレに向ける。
サレはその視線に笑みで答え、
「合点だ――」
その手をマコトの顔横あたりにひらめかせていた。
なにごとかと思ってマコトがサレの手を追うと、その手にはまたしても銀色の矢が握られていて。
――こわっ!! 私狙われてたのか今!!
二発目の矢をサレが器用につかんで止めていたのだ。
「よし、アイツだな」
サレがある一点を見つめて言った。
その視線のさきには、銀色の術式燐光を手からほとばしらせているローブ姿の影があった。
「吾輩はマコトを守りながらほかの調査班に事が起こったことをしらせてくるのであるよ」
今回の二重尾行作戦とは別で、聞き込みやその他情報収集という方法をとって『狩り』に参加していたほかのギルド員たちがいる。広く手をひろげておこなっていた狩りのうちで、まっさきに成果をあげたのはサレたちが担っていた作戦だった。
ゆえに、ギリウスはそのほかで別働しているギルド員に応援をたのむべく、マコトを抱えて再び空へと舞い上がる。
「なあ…… もしかして…… また揺れるのか? 今度は空中で揺れるのか?」
「ぬ? 大丈夫であるよ、マコト。――『すこし』であるから」
「おまえらの『すこし』は信用ならないんだよなあああああああ!!」
瞬間、ふたたびマコトの身体はギリウスの腕の中で揺られ始めた。
◆◆◆
サレは十数歩の距離を維持したまま、逃げる影を追った。
逃げる。
そう、影は逃げるのだ。
「逃げるってことは――」
まともにやりあいたくないという気持ちの顕れなのだろうか。
「――そうよ、あっちは私たちの暴力を格上に見てるのよ」
そう口にした瞬間だった。サレは自分の上方から声が降ってきたのに気付いて、視線を向ける。
そこにはプルミエールがいた。
白翼を開いて飛翔している姿が見える。
「――プルミか」
「そうよ!! 高貴な私よ!! ――ちょっと気になってもどってきたら、あんたがアレを追ってる姿が見えたからきたのよ」
プルミエールが自分の胸に手をあてて、演技ぶる。
サレはそれを見て苦笑を浮かべつつ、
「そうか。――たしかにああして逃げるなら、プルミの言うとおりなのかもしれないな」
「じゃなきゃこんな回りくどいことしてこないでしょ」
プルミエールはサレが追っている影を見ながら言う。
「マコトは?」
「ギリウスにまかせてきたよ。今追跡にかけられるギルド員も俺で最後だし、とりあえずのところ、今回の釣りの獲物はアレで最後だ」
「そうね。――人手が足らないと不便だわね。ま、アレが当たればラッキーってとこかしら」
「そういうこと」
サレは路地を走り、ときたま壁を足場に屋根へと飛び、跳躍を重ねて移動しながら、影を追う。
プルミエールはサレの上方を維持しつつ、同じように追跡した。
すると、しばらくして、
「お、建物の中に入ったな」
影が勢いもそのままに、路地のつきあたりの建物の中に入って行ったのを見た。
三階建ての、こげ茶の木造建築の建物だ。やわらかな光をはなつランタンが、屋根のしたに複数つり下がっている。
――さあ、鬼がでるか、蛇がでるか。
「……どっちも実際に存在するから比喩としては微妙だな……」
鬼人も、蛇人も。
サレは逡巡もほどほどに、
「俺が行く。プルミは外から様子見でもしておいてくれ」
「それがいいかしらね。空が見えないのは私も嫌だし」
プルミエールが答えると、サレはマントを翻し、皇剣の柄に片手をかけて、その建物の扉前にまで移動する。
そして、その扉に手をかけた。
――お邪魔しま……
胸中で言いながら、扉を押し込み――
そして、
「――っ!!」
次の瞬間、扉の向こう側から――鈍く光をはなつ『巨大な刃物』が扉をぶち破りながら突き出されていた。
◆◆◆
それは突然の攻撃だった。
バキバキ、と木製の扉が割れる音がして、取っ手にかけた手のあたりに向こう側から突き出された刃物が走ってくる。
しかも、
――長い……!!
突き出されてくる刃物はやたらとでかくて、そして長かった。
まるで、
――大鎌だ。
木端を巻き込みながらこちらへと迫る刃は、どんどんとその身を露出し、ついにその『歪曲した刃』部分が完全に姿をあらわす。
反った刃。
鎌のそれ。
左側から自分の胴体を巻き込むように、刃が迫る。
しかし、サレはサレで、その不意の攻撃に対して驚異的な反応を見せていた。
半臨戦態勢ともいえる状態だったサレの身体に、その出来事のあとで完全な臨戦態勢がしかれる。
――下がるな。
前から刃を突きだされれば、反射的に後ろへ下がりたくなる。
「――」
だが、下がるよりも前へ。
――これは『鎌』だ。
認識する。
鎌の刃は、突き出しで攻撃するよりも『刃を引いて攻撃する』ことに適したものだ。
だから、この刃は自分が後ろへ退くことを前提に、自分の後方から胴体を巻き込むような軌跡をたどっている。
ゆえに、
――下がれば巻き込まれるぞ。
だから――
「――」
サレがとった行動は、前方から武器を突きだされた者の反射的なそれからは一線を画していた。
サレは、斜め前から突きだされるようにして現れ、そして背中の方から巻き込むように薙がれてきた鎌の刃を、器用に『腰裏の短剣』で止めていた。
その腰裏の鞘からほんの少しだけ刃部分を引き抜いて、その部分だけで大鎌の巻き込むような刃を止めた。
止め、競り合い、そして――いなした。
刃を止めながら体勢をかがめ、自分の頭の上を鎌の刃がぬけていくように、迫ってきた鎌を上へと弾く。ガリガリと刃同士が競り合って音をたてた。
そして、鎌の刃が自分の頭の上を通り抜けるや否や、そくざに上体をまた起こし――眼前の木製の扉に蹴りを放った。
すでに鎌の刃が通ってボロボロになっていた扉だが、そこへサレの強烈な蹴りが放たれて、完全に木端微塵となって建物の中へと吹き飛んでいく。
その木端にまぎれながら、サレはさらなる前への一歩を踏んでいた。
魔人の攻勢だ。