113話 「黄金探しの狩人」【前編】
残る闘争相手のギルドの中で、もっとも情報らしい情報を持っているのが〈黄金樹林〉。
アリスは内心で整理しながら思考をめぐらせる。
――そして〈黄金樹林〉は情報戦を得意とするギルド、と。
なれば、他のギルドの情報も握っているだろう。
これは運が良かったとも言える。
情報戦に長けていて、新たな動きに敏感だからこそ、当時の彼らは入国当初に自分たちを尾行した。
そしてその時の些細な情報戦に自分たちが少しもうまく対応できたことが、また今になって効いたと思う。
勝ったとは言えないだろう。
こちらの情報も向こうに漏れている以上は。
だが、
――負けでもない。
ともあれ、それだけでエルサ王女を今回の狩りの相手に据えたわけではない。
アリスにはさらに気がかりになっていた情報があった。
――エルサ王女は執拗なまでにサフィリス王女を気にしていますね。
ここからは自分の印象値、つまり感覚的かつ抽象的なものが根拠になっているため、過信はしがたい。
しかし一つの判断のモノ差しにはなりうると思う。
〈戦景旅団〉との闘争のあと、もろもろの協議のためにカイム王子らと話をした時に、小耳にはさんだ言葉を思い出す。
エルサ王女はサフィリス王女の奔放さに憧れている。
これは確定情報ではない。
本当は他の理由なのかもしれない。
だが、ジュリアスとカイムが「そうかもしれない」と軽くうなずく程度には可能性がある。
加えてアリスにはさらに気がかりな点があった。
――果たして本当に『憧れ』だけなのでしょうか。
憧れという思いのためだけに、果たしてこれだけ執拗にまとわりつくだろうか。
ただの憧れが、このような王権を賭けた闘争という場で、ちょっかいとして顕れるものだろうか。
いささか過激に過ぎるのではないだろうか。
ここからはさらに推論になる。
――推論に推論を重ねるか細い糸。
しかし繋がれば、これは強みになる可能性が大きい。
――……。
アリスはふっと息を吐いて、瞬く間の思考の流れをまとめ、口に出した。
◆◆◆
「エルサ王女がサフィリス王女の気質に憧れていて、それでまとわりついてちょっかいを出している。そんな、まるで甘酸っぱい恋慕のような思いが本当にあったとして」
自分で言いながら、やや気恥ずかしい形容だ。
だがアリスはすぐさま続けた。
「――しかし、それにしてはエルサ王女のやり方はいささか歪曲している気がするのです。エルサ王女はわざわざこんな危なっかしい闘争の中で、サフィリス王女への恋慕の情を表すほど見境なしで、愚かなのでしょうか」
「情報戦を得意とする〈黄金樹林〉をわざわざ選ぶような女が見境なしの馬鹿、ってのも考えにくいな。それを補うために、って見方もあるが、今までのジュリアスの話やら他の王族の態度を見るに、ほぼその線はありえないだろう」
他の王族の大体が〈冷姫〉エルサを計算高い女、陰謀めいた女だと見ていた。
サレはそれを王族会合の時に他の王族の言葉や態度から察していたし、ジュリアスの言を信ずればどちらにせよ間違いない。
「ならば今現在の二人の『小競り合い』はやや不可解です。正面衝突するでもなし、憧れや恋慕のみでこの王権闘争の中でちょっかいを出すような見境なしなら、とっくに突っ込んで玉砕してると思うんですが」
「それはそれでなんか応援したくなるな。こう、いっそ清々しくなる」サレが笑いながら言った。
「そうですね。ですがこれまでの分析をもとにするなら、そうではないようです。ならばエルサ王女はなぜこうも執拗にサフィリス王女にちょっかいを出しているのか――」
そこで、ギリウスがようやく合点がいったように口をはさんだ。
「エルサ王女にはサフィリス王女に対する別の思惑がある、ということであるか」
「推論に推論を重ねた説ですが、限られた情報から察するにそれもあり得るのではないかと私は思うのです」
アリスは長く言葉を紡いで疲れたようで、一度大きく深呼吸をした。
するとそこへ、
『あの』
アルミラージが言葉をすべり込ませてきた。
そういえば、とアリスは思いつつ、サフィリスの従者だったアルミラージならばもっと何か確信的な情報をもっているかもしれないと期待して、「どうぞ」と先を促した。
アルミラージはその許可を確認し、ごほん、と軽く咳払いをしてから言う。
「私もエルサ殿下に関して詳しいというわけではありませんが、サフィリス様のもとにいて当然ながら何度かお会いしたことがあるので、わかることもあります。まずエルサ殿下がサフィリス様に何かしら特別な想いを抱いているのはそのとおりだと思います。それが本当に憧れなのかはわかりませんが」
アルミラージは身振り手振りを加えて続けた。
「同時に、今そういう方向付けをアリスさんからもらって考えてみるに、もしかしたらエルサ殿下もサフィリス様を『止めようとしていた』のかもしれません。思い出せば思い出すほど、なんだかエルサ殿下がちょっかいを出していたタイミングがその意図を含んでいたように思えてくるのです」
アルミラージは自分で言いながら、徐々に声に力がこもるのを感じていた。
今までの記憶――生前の記憶――が統合されて、ひとつの確固とした形になっていくのを感じた。
「もちろん断言はできませんが……」
しかしどんなに自分の説に自信を持ったとしても、すべてを判断するのは客員である自分ではない。
だからアルミラージはそこで言葉を切った。
アリスはアルミラージの言葉を受け、胸中で、
――シルヴィアさんには何かと感謝するべきかもしれませんね。
そう思った。
このタイミングでアルミラージを連れてきてくれたことは大きかったかもしれない。
「どう、愚民ども、方策は決まったの?」
すると、少し離れた位置に専用ソファを移動させ、一人あくびをしながら呆けていたプルミエールが、眠そうに目元をこすりながらようやく話の輪に入ってきた。
「今どうするか悩んでますよ、プルミエールさん」
アリスはプルミエールに返す。
「そう。――私、ちまちま考えるの嫌いだからこういうのあんたらに任せるけど、二つか三つくらいでどれにするか悩む段階になったら、私に押し付けてもいいわよ。その時は私が高貴に決めたげるから!! 超高貴に!! 美しく!! はあっ、今日もいい調子ねっ!!」
「やべえの起きてきちまったよ……」と方々から声があがるが、しかし一方で、
「こいつの馬鹿みてえな決断ってわりとうまいこといくからなあ……」
クシナがぽりぽりと頭を掻きながら言った。
「半々になったらプルミの勘に賭けた方がうまいこと行きそうな気もする」
シオニーが半目でうんざりしながら加えた。
「――とするならば」
皆がうなずき、女性陣の数人が唐突に爛漫亭の食堂に駆け込んで行った。
「ん? なによ? なにするわけ? あんたら一か所に集まって。愚民音頭でもとるの? 踊るの? いいわ、踊りなさい!!」
プルミエールが両手を広げて「ほら、ほら!」とポーズをとりながら言っている間に、先ほど食堂へ走って行った女性陣が戻ってきて、
「フライパンもってきたわよ」
片手に巨大な黒のフライパンをもって、そんなことを言った。
そうして、一か所に集まったギルド員たちが唐突にじゃんけんをはじめ、
「よおーっし! 勝った奴が殴る役な!! プルミが気絶したら縁起が良いからアリスの言う可能性にかけるってことで!! 気絶しなかったらなんか縁起悪いからもうちょい考えよう!!」
「うわあ……」
ジュリアスがヒき気味に一歩下がり、アルミラージにいたっては何が起こっているかまったくつかめていないようだった。
そうこうしているうちにじゃんけんの勝者が決まって、
「日頃の行いの良さがここにきてあらわれたな! やったぜ!!」
サレがフライパン片手にガッツポーズをしていた。
するとサレは一息入れるまもなく「なに、あんたが踊るの? いいわ、さあ早く!!」などと騒いでいるプルミエールに近づき、フライパンを振りかぶって、
「よいしょおっ!」
「なに、踊らないの。じゃあつまんないからいいわ」
プルミエールの頭めがけてスイングしたが、当のプルミエールは瞬時に興味を踵を返し、タイミングよく一歩下がったためにサレのフライパンは空を叩いた。
そうして、
「おっ? おおっ?」
当たるものにあたらなかったフライパンは勢いあまってサレの身体を捻転させ、サレの後ろでいつにもましてワクワクした顔をしていたギリウスの頭めがけて飛んでいき、
「おうっ!! ――である!!」
見事に直撃した。
そしてその驚嘆と衝撃があり余ってか、ギリウスががくりと膝から崩れ落ちて、
「て、天命までもがプルミに味方するとはあ……」
そんな断末魔を残して床に撃沈した。
周りの空気は一瞬凍り、次いで、
「ギリウス失神させるって実はすごいことじゃね?」
「これは運が良いのか……?」
「結果オーライ!」
しだいに皆が右手の親指をグッっとあげて見せあい、
「よし! 決まりだな!!」
謎の運試しによって彼らの行動の命運が決まったようだった。