109話 「死後の再会者」【後編】
「……えー、せっかく作ったんだけどなぁ」
皆がそれぞれに大広間で騒がしく話している最中、アルミラージの隣に座っていたシルヴィアがむすっとした様子でそんな声をあげていた。
「まあなんだか事が大きそうだし、『一号』の意志も固そうだしなあ。僕としては記念すべき一号だし、近くで個人的に使ってあげようと思ってたんだけど」
「申し訳ありません、シルヴィア様。こうして再び第二の生を与えてくださったことには感謝してもしきれませんが、どうしてもこれだけは押し通したいのです」
「いいよ、様なんてつけなくても。君の主はサフィリス殿下なんでしょ? ――むうー、二号を作るにも準備がなぁ……」
シルヴィアはまるで玩具を取られた子供のように唇を尖らせている。
「どうしよっかなぁ……んー……一応聞くけど、僕が一号の意志を捻じ曲げたりしたらみんな怒るよね? 僕、まだ彼の魂を術式で縛ってるから、たぶん強制的に動かせると思うんだけど」
「怒るとまではいきませんが、『他人事』として、あまり見ていて良い思いはしないでしょうね」
「ん――あ、やあ、あの時の大きい方の精霊族」
そのシルヴィアの問いに答えたのは、広間の壁に寄り掛かっていたマリアだった。
鴨の羽色の前髪を指ですくって耳にかけながら、マリアが続ける。
「怒りはしませんよ? だって、あなたの手が加えられなければそこの男性は死んだままでしたでしょうし、人並みの倫理観を捨てて物質的に見てしまえば、あなたの術式によって生まれたその方はあなたの物ということになるのでしょうし」
――まあ、人の魂を生き返らせている行為そのものが、また一つ倫理の迷宮に捕まるのでしょうけど。
マリアは内心でだけ付け加え、さらに続けた。
「だから、他人事としてみれば、嫌悪は抱くとしても、特段それを阻止しようとしたりはしません」
それはまだ、お互いが他人であるから。
〈凱旋する愚者〉は、身内と他人にはっきりとした垣根を設けている。
そうしないと組織が瓦解するであろうことを、なんともなく察していたから。
自分たちの抱く建前と本音が、身内意識の肥大化によって脆くなりかねないことを、本能的に察知していたから。
組織の安易な肥大化が、ただでさえキリキリと音を立てている歯車にさらなる負担をかけてしまうと考えているから。
「そっか。そうだね、君のいうことはもっともだと僕も思うよ」
「明瞭でわかりやすい判断だ」とシルヴィアは表情の変化一つなく紡ぎ、うなずいていた。
「ですが」
「ん?」
マリアはアルミラージを一瞥してからさらに言った。
「この方が私たちの役に立つ場合は別です。精確には――私たちの闘争の手助けになる場合は、です」
「というと?」
「私たちは私たちのために、ジュリアス殿下を今回の王権闘争に勝たせなければなりません。つまり、サフィリス第二王女殿下とも何らかの形で手合わせをしなければならない可能性が高いわけです」
「うんうん」
「その時に、この男性が向こう側の闘志を挫く用に使えるというのならば、私たちは私たちの安全性を高めるために、この男性を有効に活用したがるでしょう」
「うん。結構君ハッキリ言うよね。もう物だもんね、僕の一号」
「方便ですよお」
「わあ、怖い笑顔」
シルヴィアはまだ表情の変化を見せなかったが、代わりに周りのギルド員――特に男性陣――がガクガクと震えはじめていた。
「いかん、なんか記憶の彼方に消し飛ばしたはずのトラウマが……」などと数人が震えた声で言うが、二人の間では特に意味を為さない声だった。
「つまり、君たちは君たちのために、ジュリアス殿下と一号とは別件で、一号が欲しいってことかな?」
「だいたいはそんなところでしょうね。――だから、私たちもその点でこの方を『身内』として見るならば、やっぱり怒るでしょうね」
「はは、面白い言い回しだね。回りくどくて、君の葛藤が見て取れるようだ。でも、理は通ってる気がするよ」
「すごく短く言えば『やっぱり怒るからやめろ』っていう脅しですけどね」
「それは僕の訊ね方が悪かったよ。ごめんね」
「そっかあ」とシルヴィアは椅子を後方に傾けながら大きく伸びをした。
その拍子に黒の魔女帽子がずるりと落ちそうになって、シルヴィアはとっさに帽子を押さえて椅子を正常な角度に戻す。
「じゃ、君たちからは一号を前にして言いづらいだろうから、僕からこういう提案をしよう。そういうことなら――」
一拍おき、
「――『取引』をしよう」
少女は言った。
◆◆◆
シルヴィアは人差し指をこれみよがしに立てて見せ、対面に座っているジュリアスとアリスを見て言葉を続けた。
「一号を『貸して』あげる。その代わり、ちゃんと代金は払ってもらう。――これでどうだい?」
ジュリアスはとっさに「それでいい」とは言えなかった。
どうにも理性が邪魔をして、アルミラージを前にして彼を物のごとく扱うことに歯止めが掛かった。
しかし、当の本人は、
「それでいいです。私としても助かります。金銭という対価を払うことで、私は私の死族としての『親』たるシルヴィア様を裏切らずに済みます。良心の呵責に苦しまずに済みます」
「君は本当に良い子だねえ。なんか、色々苦労しそうな性格してると思うよ。君は僕に勝手に安息の死を荒らされたことを抗議してもいいのに」
「まさか。私にとってはこの転生は感謝してもしきれないものです」
「はあーあ。なんかもっと下衆い魂だったら気兼ねなく実験できたんだけどなあ。次からはもっと考えて作ることにしよう」
そういってシルヴィアは毒気を抜かれたように鋭い視線を緩め、ジュリアスとアリスに適当に片手を振った。
「なんか一号の良い人っぷりが突き抜けてるから、それに免じて適当な額でいいよ」
「しかしそれではシルヴィア様に益が――」
「一号は黙ってて。これは僕とジュリアス殿下と〈凱旋する愚者〉のギルド長での『取引』なんだから。ま、君たちの方から値段はつけづらいだろうから、追ってこっちから連絡するよ。今日は久々に日の下を歩いたから疲れちゃった。そろそろ――帰るね」
「あ、ちょっ――」
さらっとそう言って立ちあがり、あっけないほどすっぱりと踵を返したシルヴィアを見て、後ろからジュリアスが慌てて声を掛ける。
「ん? なに?」
「一つだけ聞いていいかな」
「いいよ」
「君の術式は――誰でも生き返らせることができるのかい?」
そう言うジュリアスの目は鋭い閃きを放っていた。
対するシルヴィアもその目の光に気付いて何かを察したようで、
「『それ』は無理だよ、殿下。死んでからの時間と、なによりも死族転生に適した魂の適性というものがある。一号は実験体としてとても優秀だったのさ。割と新しい死体なら、見れば大体その適性がわかるけど――」
次の言葉を、シルヴィアは強調した。
「『キアル殿下の遺体』からはそれが感じられなかったよ」
「っ……君は――」
「うん、僕も葬儀の場にはいたからね。いろいろ工作してたから、君たちには見えていなかっただろうけど。それじゃ、そういうわけで――またね」
ジュリアスが再び声を掛けようとしたが、シルヴィアは発声させる時間を与える間もなく、するりと爛漫亭の大広間から出ていった。
「何者なんだ――彼女は」
そんなジュリアスの言葉だけが広間に響いた。
◆◆◆
「あ、今何か――私の中で糸のようなものが切れた気が……」
「そんな明確にわかるもんなの?」
シルヴィアが帰ってから、アルミラージは皆の注目の的だった。
誰もかれもが『死族』であるアルミラージに興味津々といった体で、あれやこれやと質問をしていたが、唐突にアルミラージがそんなことを言った。
「はい。私はシルヴィア様の死霊術によって生き返りましたが、シルヴィア様の死霊術は特殊で、おそらく魂からこの身体を錬成するのにシルヴィア様の術式燃料を素にしています。なので、さきほどの言葉どおり、シルヴィア様は自分の体内の術式燃料の一端をまだ私の魂に絡ませて縛っていたのでしょう」
「なんかへその緒みたいだな」
「なんだかそれらしい例えですね」
サレのたとえにアルミラージは笑った。
アルミラージはまだ先ほどまで使っていた椅子に座ったままで、サレはシルヴィアの代わりにその隣の椅子に座って言葉を投げかけていた。
まだサレの内心の葛藤がなくなったわけではなかったが、アルミラージはアルミラージで恐らく同じような葛藤がまだあるだろうと予想しながら、それでもそんな様子をまるで見せないアルミラージを見て、サレの方も彼に合わせようとあえて勇気を出して近づいていった。
「そういえばシルヴィアの術式燃料は紫色の燐光だったけど、あれはなんていう体内燃料なんだろう」
「『命力燃料』です」
「命力? 聞いたことないなあ」
「あまり使う方はいないでしょうね。なんといっても術式燃料がそのまま生命燃料なのですから。使えば使うだけ『寿命』が短くなる術式燃料です」
「……え? マ、マジで?」
「はい。イメージとしては、生物の命を液体量化したようなものだと思ってくださればそれらしく思い浮かばれると思います。その命の素ともいえる液体をさらに術式用に転換させたものが命力燃料です。生命燃料は生物にならなんにでも備わっているといわれていますが、それを術式のための燃料に変換する才能を持つのは一部の限られた者だけともいわれています。まあ、例によって異族に多いというのが通説ですが」
「そんなものがあるのか」
サレはごくりと生唾を飲み込んだ。
「ちなみに性質は?」
「極めて優秀ですよ。どんなタイプの術式回路にもなんなく通るでしょう。比類するものがないほど力強く、かつ柔軟です。ですが、燃料が根本的には回復しません。生命燃料を再び術式用に変換すれば、その意味で補充にはなりますが、結局のところ『限りある生命』を削っているだけですので……」
「致命的過ぎるほどに致命的だな」
まさしく命に到る術式燃料だ。
「生命燃料を術式燃料として使えるように変換する時の変換効率はさすがに良いようで、シルヴィア様をして『まあ仕方ないかなあ、便利だし』と思えるくらいには効率が良いとは言ってました」
――うわあ……それ全く参考にならねえ……
「ちなみに、今なら私も使えます」
「えっ!?」
するとアルミラージが人差し指をたてて、その指先にシルヴィアがやったのと同じように紫燐光を放つ光玉を生成してみせた。
「死んでんのに……?」
「ですので、これは私の命力ではありません。シルヴィア様のものです。私の中に残っているシルヴィア様の命の燃料です。たぶん、わざと残していってくださったのでしょう。一応生前私は術師でしたから」
「そういえばあの時の攻撃は青色燐光だったな。魔力だよね?」
「そうです。私は半分以上純人族ですが、祖先に魔力系の異族がいたようで、身体に魔力が宿ってくれていました。あなたと比べると微々たるものですけどね」
「そうなんだ」
「――ですが、今のこの身体は厳密には生前の身体ではありませんので、魔力も宿っていません」
「なるほどね」
「ですからたぶん、シルヴィア様が――」
そこでアルミラージは少し目元を潤ませた。
「なんだかんだと言いながら、あの方もお優しい。どうかシルヴィア様を嫌わないでください。確かに何かと研究一辺倒で人並みの倫理を無視することもありますが、私にとっては第二の親同然なのです。あの方が誰かに嫌われているのを見るのは、私としてもなかなか容易には耐えられないもので」
「大丈夫だよ。俺たちも似たりよったりだし」
サレはアルミラージを安心させるように言い聞かせ、その肩を軽く叩いた。
「はい……」
アルミラージにもさまざまな葛藤があるのだろう。
サフィリスの事と言い、シルヴィアの事と言い。
周りのギルド員たちも、特別気の利いた言葉を投げかけることはできなかったが、アルミラージが落ち着くまでただ静かに彼の言葉を待つことにした。
静かな時間が、爛漫亭を彩っていった。




