冷酷公爵様の心の声
今日から連載をスタートします。
全8話の短いお話です。
毎日20時に更新します!(最終日の日曜日のみ、12時と20時の2回更新で完結します)
すれ違い多めの甘々溺愛ラブコメディ、最後まで楽しんでいただけたら嬉しいです!
男は顔である。
これは私、セシリア・ローゼンベルクが幼い頃から信じて疑わない、
人生最大の真理だ。
性格?
大切だと思う。
財力?
あれば嬉しい。
愛情?
もちろん欲しい。
でも、考えてみてほしい。
顔が良ければ、多少のことは許せるのだ。
そして私の婚約者は、顔がいい。
ものすごくいい。
どれくらいいいかというと、初めて見たとき、あまりの美しさに思わず膝をついた。
当時の私は六歳だった。
ちなみに、相手は十二歳。
エドガー・クラウゼル。
のちに帝国一の美貌を誇ると称される、私の愛する婚約者である。
あの日、私は彼の前で宣言した。
「私、あなたのお嫁さんになります!」
彼は私を見下ろして、たった一言。
「……そうか」
と答えた。
肯定した。
少なくとも、当時の私はそう解釈した。
そして十六年後。
私は本当に彼の婚約者になっている。
……人間、諦めないことが大切である。
ちなみに、婚約が成立したのは三年前。
それまでの十三年間、私は実に献身的にエドガー様を追いかけ続けた。
お茶会で見つければ駆け寄り、夜会では真っ先に挨拶し、誕生日には贈り物を届けた。
会うたびに好きだと伝えた。
何度も結婚してくださいとお願いした。
そして、何度断られても諦めなかった。
……いや。
正確には、一度も断られていない。
ただ、一度も喜ばれた記憶がないだけだ。
周囲の反応は、もっとひどかった。
『あのクラウゼル様を追いかけているの?』
『怖くないの?』
『いくらお顔が良くても、あの方は……』
まったく、余計なお世話である。
確かにエドガー様は笑わない。
必要以上に喋らない。
表情もほとんど変わらない。
そのうえ、仕事では容赦がなく、貴族たちからは「氷の公爵」と恐れられている。
でも。
それがどうした。
顔がいいのだ。
何なら、無表情のまま一日中座っていてくれても構わない。
私が隣で眺めている。
むしろ大歓迎だ。
そんな私の長年の努力が実り、三年前、ついに婚約が成立した。
あの日のことは一生忘れない。
私は嬉しさのあまり伯爵邸の廊下を三往復し、お母様に叱られ、お父様にはなぜか深いため息をつかれた。
けれど、そんなことはどうでもよかった。
私は勝ったのだ。
帝国一の美貌を誇る、あのエドガー様を!
ついに!
婚約者にしたのである!
……ただし。
ひとつだけ、どうしても解決しない問題があった。
「エドガー様! 私のこと好き?」
「……婚約しているだろう」
「それは知ってる!」
午後のローゼンベルク伯爵邸。
庭園に面したサロンには、柔らかな日差しが降り注いでいた。
開け放たれた窓から白薔薇の香りが漂い、テーブルには焼きたての菓子と香り高い紅茶が並んでいる。
そんな優雅な空間で、私は今日も婚約者に愛情を確認していた。
目の前のエドガー様は、相変わらず息を呑むほど美しい。
窓から差し込む光が銀色の髪を照らし、澄んだ青い瞳に淡い輝きを宿している。
長い睫毛。
すっと通った鼻筋。
形の良い薄い唇。
白磁のような肌。
……ああ。
素晴らしい。
このお顔を見ながら紅茶を飲めるなんて、人生の勝利者とは私のことではないだろうか。
……じゃなくて!
「エドガー様!」
「……何だ」
「私が聞いているのは、好きかどうかです!」
「……当然だ」
「だから! 何が当然なの!?」
エドガー様は、静かにティーカップをソーサーに戻した。
その仕草まで美しい。
腹立たしいほど美しい。
「……お前は、私の婚約者だ」
「それは何度も聞きました!」
「…………」
「私はエドガー様が大好きです!」
「……知っている」
「世界で一番!」
「……ああ」
「だから、エドガー様にも好きって言ってほしいの!」
「…………」
沈黙。
長い沈黙。
窓の外では、小鳥がのんきにさえずっている。
私はじっとエドガー様を見つめた。
彼も私を見つめている。
青い瞳が、わずかに細められた。
……あ。
今の顔、好き。
ものすごく好き。
いや、待って。
見惚れている場合ではない。
「……エドガー様?」
「……何だ」
「好きって言ってください」
「…………」
エドガー様は少し考えた。
そして。
「……紅茶が冷める」
「今、紅茶の話してません!!」
もう!!
どうして!!
この人は!!
顔は帝国一なのに、恋愛の会話能力だけ帝国最下位なの!?
私は思わず頬を膨らませた。
すると、エドガー様が静かに私を見つめる。
……あ。
怒った顔でも見惚れられるなんて、なんて罪深い男なのだろう。
「……セシリア」
「何ですか!」
「……手を」
「……手?」
エドガー様が、テーブル越しに大きな手を差し出してきた。
「……出せ」
…………。
え。
手?
手を握ってくれるの?
今?
ここで?
…………。
許す。
さっきまでの全部、許す。
私は満面の笑みで、彼の手に自分の手を重ねた。
ひんやりとした長い指が、私の手を包み込む。
……ああ。
幸せ。
やっぱりこの人と結婚したい。
いや、もう婚約しているけれど。
早く結婚したい。
そんなことを考えた、その瞬間だった。
『……可愛い』
…………。
ん?
今、誰か何か言った?
『……今日も可愛いな』
…………。
え?
今の声。
エドガー様?
私は慌てて顔を上げた。
目の前の婚約者は、相変わらずの無表情。
唇はぴくりとも動いていない。
けれど。
『……怒っていたのに、手を握ったら笑った』
『……可愛い』
『……なんて可愛いんだ』
…………。
…………。
え?
ええ?
『……手が小さい』
『……柔らかい』
『……温かい』
『…………』
『……離したくないな』
…………。
ちょっと。
待って。
今、何が起きているの?
声は確かにエドガー様のものだ。
けれど、耳元から聞こえているわけではない。
まるで頭の中に直接響いてくるような、不思議な感覚。
私は思わず周囲を見回した。
壁際に控えていた侍女は、何事もなかったように立っている。
……誰も聞こえていない?
私だけ?
『……ああ、そうだ』
『結婚したら毎日こうして手を繋げるのか』
『……素晴らしい』
『……いや、待て』
『毎日ということは、朝も昼も夜も一緒にいられるということだ』
『……なんということだ』
『……夢のようだな』
…………。
…………。
夢のようなのはこっちですけど!?
何これ!?
何なの!?
私の知っているエドガー様は、こんなに喋らない!!
この人、普段は一日に三十文字くらいしか話さないのに!!
頭の中ではこんなに喋ってるの!?
「……セシリア」
「ひゃいっ!?」
変な声が出た。
エドガー様が、わずかに首を傾げる。
「……どうした」
『……顔が赤い』
『……可愛い』
『……照れているのか』
『……可愛い』
『……ああ、可愛い』
…………。
可愛い可愛い可愛いって!!
この人の頭の中、私のことしか入ってないの!?
私は思わず手を引っ込めた。
その瞬間。
しん。
頭の中が静かになった。
…………。
え?
私は恐る恐る、もう一度手を差し出した。
エドガー様は、何も言わずに握ってくれた。
『……戻ってきた』
『……よかった』
『……もう離さないでほしいな』
…………。
…………。
ぎゃあああああ!!
私は慌てて手を離した。
静かになる。
もう一度握る。
『……可愛い』
離す。
静かになる。
握る。
『……嬉しい』
『……ずっと閉じ込めておきたい』
…………。
……ん?
離す。
静かになる。
握る。
『……何かの遊びだろうか』
『……楽しそうだな』
『……可愛い』
『……やはり公爵邸の離れを改装して……』
…………。
…………。
ちょっと待って!?
今、何か物騒なことを考えませんでした!?
閉じ込める!?
離れを改装!?
何を!?
誰を!?
……いや、誰をって。
まさか私!?
私は恐る恐る、目の前の婚約者を見つめた。
エドガー様は、相変わらずの無表情。
青い瞳は澄み渡り、銀色の髪は午後の光を受けて美しく輝いている。
……ああ。
今日も素敵。
…………。
いや、顔を見て納得している場合じゃない!!
私は震える手を見つめた。
どうやら、この声はエドガー様に触れている間だけ聞こえるらしい。
そして、もうひとつ。
この方の頭の中には、私の知らない何かが潜んでいる。
……たぶん。
ものすごく重たい何かが。
私は、ゆっくりと顔を上げた。
エドガー様は、相変わらずの無表情。
その完璧すぎる美貌で、静かにこちらを見つめている。
……落ち着け。
落ち着くのよ、セシリア。
まだ決まったわけじゃない。
何かの魔法かもしれない。
私の願望が生み出した幻聴かもしれない。
そうよ。
きっとそう。
だって。
あのエドガー様が。
私のことを。
そんなに好きなわけが……。
「……エドガー様」
「……何だ」
私は、そっと彼の手を握った。
そして、恐る恐る尋ねる。
「……私のこと、好き?」
「…………」
『好きだ』
…………。
『愛している』
…………。
『世界で一番愛している』
…………。
『……早く妻にしたい』
…………。
『結婚したら毎日一緒にいられる』
『……寝室はどうしようか』
…………。
え?
『セシリアは朝が弱いから、東向きの窓は避けたほうがいいな』
『……いや、朝日が入る部屋も綺麗だ』
『……寝顔が見られるなら、どちらでもいいか』
…………。
…………。
ちょっと待って!?
寝室!?
もう寝室のことまで考えてるの!?
『……そうだ』
『寝台は大きいほうがいい』
『セシリアが寝返りを打っても落ちないように』
『……いや』
『……離れて眠るのは寂しいな』
『……困った』
『……どうしよう』
…………。
…………。
困ってるのは私ですーーー!!
私は、握っていた手を思わず強く握り返した。
エドガー様が、わずかに目を見開く。
『……!』
『……強く握ってくれた』
『……可愛い』
『……嬉しい』
『……やはり寝台は大きくしよう』
『……セシリアが好きなだけ寝返りを打てるように』
…………。
なんで寝台の話に戻るの!?
私が真っ赤になっている間にも、エドガー様は涼しい顔のままだった。
そして、ようやく口を開く。
「……婚約しているだろう」
…………。
…………。
今さらそれ!?
頭の中では、もう結婚後の寝室の配置まで決めているくせに!!
私は唇を震わせながら、目の前の婚約者を見つめた。
この人。
この人は。
私が十年以上かけて追いかけ続け、ようやく婚約にこぎつけた、帝国一の美貌を持つ冷酷公爵。
ずっと私の一方通行だと思っていた。
私ばかりが好きで、私ばかりが追いかけていると思っていた。
なのに。
なのに!!
もしかして私、最初からとんでもなく愛されていたんじゃない!?
……いや、待って。
落ち着こう。
顔はいい。
それは間違いない。
帝国一だ。
つまり、多少のことは許せる。
だって私は、この顔と結婚したくて十年以上頑張ってきたのだから。
……でも。
閉じ込めたいって何!?
公爵邸の離れを改装するって何!?
寝室の配置まで考えているのは、まあ、わかる。
結婚するんだから。
でも、離れ!?
何をするための離れ!?
私は震える手で、もう一度エドガー様の顔を見つめた。
長い睫毛。
澄んだ青い瞳。
光を受けて輝く銀髪。
……ああ。
やっぱり綺麗。
『……セシリアが見つめている』
『……可愛いな』
『……私の顔が好きなのだな』
『……知っている』
『……嬉しい』
『……早く抱きしめたい』
…………。
…………。
ダメだ。
顔は最高なのに、心の声がうるさすぎる!!




