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すべては救えない世界で




「え?えぇ、好きですが・・・」


「そう、私もよ」


「えっ?」


 こちらを覗きこむシャーロットの目がゆらゆらと揺れる。涙ぐみながらも、真剣そのものだ。何やら思い詰めているような・・・。


「と、申されますと・・・?」


 彼女はしばし口をつぐみ、そして静かに言った。


「私はつい最近、蛇凶のメンバーになったの。借金のカタにお父様とお母様を人質に取られて、仕方なくだけどね」


「えっ!?」


 親の不始末でヤクザに身入りとか、そういう感じのお話だろうか。

 

 しかしお父様とお母様ときたか。佇まいや仕草からひょっとしてと思ってたが、実は元々はお金持ちのお嬢様なのだろうか。


「そ、それは何と申し上げれば良いのか・・・心中お察し致します。それで、その蛇凶メンバーのシャーロットさんが私に何の御用で・・・?」


「蛇凶は、貴方が戦闘部隊を返り討ちにしたことで、その力を警戒しつつも高く評価しているわ。私は命じられたの。貴方に、“あの家族”から手を引かせるようにって。そうすれば……お父様とお母様を解放してもらえるの」


「そ、そうなんですか?うーん、しかし・・・協力してあげたいのは山々ですが・・・」


「そうね。貴方がソアラ達から離れれば貴方の家族はきっと、何か酷い目に合わされるのだと思う。分かっていた。本当は分かっていたわ。本当に最低な女ね。私は」


「・・・・・」


 彼女はうつむき、黙り込んでしまった。

 しばらくして、ポロポロと涙を流すシャーロット。

 

 ・・・そうか。おそらく、彼女はソアラが誰に何をされるのか、この件について詳しいことは知らされていないのだろう。

 そして彼女の両親を盾に言うことを聞くよう、蛇凶に強要されていた。

 

 しかし、その結果どんなことが起こるかについて、薄々は感づいていたのかも知れない。


 そしてきっと、彼女も葛藤していたのだ。


 誰よりも大事な両親を、何としても助けたい。


 しかし、その為には何の関係もない他人を犠牲にしなければならない。


 その良心の呵責に気付かぬフリも、割り切ることも出来ずに、傷ついていたのだろう。


 そして彼女は、両親を守ることを選択した。


 しかしその選択を、一体誰が責められるというのだろう。あちらを立てればこちらが立たず。すべてを救えるのなら、誰も苦しまない。

 誰でも生きている限り、常に悩み苦しみ、手の平から零れ落ちるものを切り捨て、選び取らなければいけないんだ。自分にとって本当に大切なものを。


 そしてそれは・・・俺だって例外ではない。


 二人ともそのまま無言になる。暗闇の中、丸テーブル上の淡いランプがシャーロットの姿を浮かび上がらせる。その顔はすべての希望を失ったかのように、憔悴しきっていた。その姿を目の当たりにし、ズキリと心が痛む。


 何とかしてやりたい。してやりたいが・・・


 おそらく、蛇凶の連中は出来るだけ自分達の損害を抑えてソアラを手に入れたいのだろう。そして彼らは貴族から報酬を受け取る。そのためにシャーロットを俺にけしかけてソアラから手を引かせようとしている。となると、やはり選択の余地はない。ソアラをあいつらに渡せば、変態貴族の元へ売られる。

そして……もう、帰ってくることはない。


 四肢を奪われ、心を砕かれ――。


 そんな未来は、許せなかった。


 ただこの先、ソアラを守るために命を賭けて闘えるかと言えば、正直自信はない。蛇凶のメンバーを倒した時のことだって、泥酔していたせいか、遠い夢の記憶であるかのようにおぼろげだ。


 しかし・・・


 ソアラの屈託の無い嬉しそうな笑顔を思い出す。笑うと人よりも少し長い八重歯がのぞく、少し照れたような笑顔。

 俺は実は、嬉しかったのだ。何が何やら分からないうちに、お兄ちゃんと言って、慕ってくれる女の子が出来た。そして自分よりも年配であろう男性が、俺しかいないと頼りにしてくれる。


 俺も子供ではない。きっと彼らの好意は俺が居なければその身が破滅してしまうが故のことなのだろう。

 それは分かってる。分かっているんだ。


 でも、それでも俺は、嬉しかったのだ。人から慕われることが。人から頼られることが。人から必要とされることが。


 ひょっとすると記憶を無くす前の俺は、そんな人の好意に・・・飢えていたのかも知れない。


 俺は決意を固める。やはり俺にはシャーロットを助けることは出来ない。ソアラとゲラルト、シャーロット。皆を助けたいがどう考えてもその手立てがない。そしてシャーロット自身は、おそらく命まで奪われるわけではない。


「シャーロットさん……ご両親のことは、お気の毒に思います。借金がいくらかは存じませんが……少しずつでも返して、完済するしかないでしょう。力になれず、申し訳ありません」

 

 目の前のシャーロットの表情は、店内が暗く明かりに乏しい上に今はうつむいている為、うかがい知ることは出きない。

 でもきっと、今の彼女は――絶望に打ちひしがれているのだろう。


 俺は静かに席を立つ。

 背後から、小さなすすり泣きの声が聞こえた。

 振り返らないように。聞かないように。心に蓋をして、足早に酒場を後にする。


 夜の風が、やけに冷たかった。



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― 新着の感想 ―
シャーロットも悪いやつじゃないってことやなあ。みんなそれぞれ事情がある。 それはともかく脳天まで痺れるあの酒の染み渡りの表現が本当に飲みたくなる。素敵。ビールください。
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