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第八話 第一章 第八話 勇者は気づく おかあさんは 柔らかくて あったかくて いい匂いがして いつも味方でいてくれる事に その3

 ボクを現実に戻したのは、何かが爆発したような音だった。


  ここはボクの部屋?


 窓の鎧戸を開けてみると、外は一面の銀世界。雪は降ってなくても日の光は弱々しく、地面に積もる雪の方が日光を反射していて元気そうだ。


  爆発音の原因らしきものは見当たらない。聞き間違いか?


  外は見るからに寒そうだが、部屋の中はほんのり暖かい。


  まるで暖房でも付いているかのように……。


  でも、そんなものは探しても見当たらない。


  なら、この温かさの正体は?


  身体全体がふんわりとした膜に包み込まれているみたいだ。

  まるで誰かに抱きしめられているみたいな……。

  まさか!


  もう一度周りを見渡す。添い寝してるかと思ったが、彼(・)女(・)の姿はない。


  実は昨日までの出来事は、全て夢だったんじゃないか?

  あまりにも寂しすぎて、頭がありもしない幻覚を見たんじゃないか?


  だって昨日のボクはどうかしてたよな……。


  昨晩の自分の行動を思い出す。


  誰がどう見ても、母親に甘える子供そのものじゃないか!


『……沢山、沢山甘やかしてほしいんだ!』


  しかもなんて台詞を……あ〜ボクの馬鹿馬鹿馬鹿!

  でも、それ以上に、彼女の、リィべの顔を見たくてたまらない自分がいた。


「そういえば、起こしに来ないな」


  いつもならボクが起きるより早く来るのに、今日はまだノックの音も聞こえない。


 なんか嫌な予感がする。


  万が一の事があってもいいように、両手のガントブレイドに目を落とす。


  これを発動させるのは一万年ぶりだが、ちゃんと使えるはずだ。


  ボクはベッドから降りて直ぐに部屋を出た。


  廊下には、いないな。当たり前か。


「ん……キッチンかな」


  ボクは下層に向かう事に決めた。鼻が微かに美味しそうないい匂いを捉えたからだ。


 何だよ。朝ごはん作ってるから来れないのか。


  そう結論づけて、ホッと胸をなでおろす自分がいた。


  昨日までの出来事は、今でも幻のような気がする。

  でも夢でも妄想でも狐に化かされた訳でもないのは分かっている。

  だって部屋には地球に置いてきたはずの漫画があったし、二人で洗った大浴場も、いつでも入れそうなほど綺麗になっていた。


  それに、それにだ。


  さっきまでは微かに感じていたが、下に降りる程ハッキリと感じるこの美味しそうな匂い。


  多分キッチンだな。

  ボクは逸る気持ちを抑えて、リビングに入って直ぐにキッチンの方を見る。


「あれ?」


 そこには誰もいなかった。

  ボクの予想では、楽しそうに朝ごはんを作っている彼女の後ろ姿が見える筈だったのに、誰もいない。


  何で? 嘘だろ?

  やばい。また弱い子供の自分が出て来て、目頭が熱くなって来る。

  弱音が涙となって流れる寸前、外と中を繋ぐ門が開いた音が聞こえた。


  そして聞きたかった声も。


「朝早くから来るなんて……早くご飯の支度しないと――いけない! ユーちゃん起こす時間とっくに過ぎてるわ!でも先に火を止めないと」


  パンプスが床を鳴らし、こちらに走ってくる音が聞こえてくる。


  マズイ。今の顔見られたら変な心配されそうだ!


  もう、リビングから部屋に戻るのは間に合わない。

  ボクは彼女(リィべ)が入って来る前に目が痛くなるほど強く擦る。

  泣いてるところなんて見られたら色々と大変だからな。


  ボクが涙を拭き終えるのと、リビングの扉が開けられたのはほぼ同時だった。


「あら! おはようユーちゃん」

「お、おはよう」

「なーんだ……もう起きちゃったのね」


  何故かボクが起きている事にちょっとご不満なようだ。

  まさか、起こしに行きたかったとか?


「……おかあさんが起こしてあげるまで寝てていいのに……」


  あ〜やっぱりそういう事。


「でも、一人で起きれるなんて偉いわ。いい子いい子」


  たったそんな事で頭を撫でて褒めてくれる。

  それだけで、心がじんわりと暖かくなるから不思議だ。


「どこに……」

「ん? なーに」

「どこ行ってたんだよ……昨日いなくならないって言ってたのに!」


 こんな言い方、まるで拗ねた子供みたいじゃないか。


「……ごめんなさい。ちょっと外の雪が積もって扉が塞がってたから雪かきしてたのよ」


  なるほど、普通女性が、そんな事を言ったら「何を馬鹿な」と一笑(いっしょう)に付すだろうが、竜である彼女にはそんなの簡単なお仕事なのだろう。

「その怒鳴ってごめん」

「ううん。おかあさんも心配かけてごめんね。直ぐに朝ごはん用意するから座って待ってて」

「うん」

 

  キッチンに向かうリィベとすれ違う時、微かに違和感を感じた。


  この焦げたような臭いは……。


「きゃあああー!」


  リィべの悲鳴が剣のようにボクの思考を断ち切る。

「どうした!」

「大変! お魚が焦げちゃった……」


  ああ、魚が焦げた臭いね。




「そういえばユーちゃん。ご飯を食べた後はどうするの?」


  焦げた魚の処理をしながら、リィべはそんな事を聞いてきた。

  「どうするって、特にする事ないから部屋で漫画でも読んでるよ」


  ボクは淹れてもらったお茶を飲みながら答えた。


「おかあさんは残った所のお掃除や、フルオンから食材を調達してこようと思ってるの」

「ふーん」

「ところで、今日はいいのかしら?」

「何が?」


  ボクが返すと、リィベは暖かい春の日差しのような微笑みをボクに向けた。


「今日は、ユーちゃんは甘えてこないのかなー? って」

「!!!」


  危なっ! 口に含んだものを吹き出す所だったぞ!


「あ、甘えないよ。ボクは子供じゃないんだからな!」

「あらまあ、ユーちゃん恥ずかしがらなくてもいいのに」

「恥ずかしいとかじゃなくて……後ひとつ言っておくぞ!」


  これだけは、はっきり言っておかないとな!


「何かしらユーちゃん」

「その『ユーちゃん』は止めてくれ」

「え〜〜何で? 理由(わけ)を教えてちょうだい」


  言えるわけないだろ! 子供扱いされて恥ずかしいなんて!


「せめて、せめて、ちゃん付けは止めてくれ」


  取り敢えずはぐらかした。


「分かったわ」


  何と、まさか了承してくれるとは!


「えっいいの?」

「ユーちゃんが嫌だと言うなら、呼び方変えるわ。何がいいかしら」


  何がいいと聞かれたけど、正直考えてなかったな。まさか了承してくれるとは思ってなかったから。


  取り敢えず……。


「取り敢えずちゃん付けをやめて頂ければ、と思います」


  何だこの言葉遣い。


「……分かったわ」

「やった――」

「ただし」


  ボクの喜びも束の間だった。


「ただし? 何?」


  ボクはガッツポーズの途中で動きを止めた。


  リィベは目を細めると自分の胸に手を当てる。


「おかあさんの事もちゃんと呼んで欲しいな 」

「ち(・)ゃ(・)ん(・)と?」


  リィベちゃんと呼べと、そんな訳ないか。


「そう、お前やあんたじゃなくて、お(・)か(・)あ(・)さ(・)ん(・)って」

「な、名前じゃダメなのかよ」


  リィべって呼ぶのも結構恥ずかしいんだぞ。


「だーめ。おかあさんの事を名前で呼ぶ子供なんているかしら?」

「世界のどこかにはいるんじゃないの」


  地球でも、お母さんとかママとか呼び方がいろいろあるんだからそういう家族もいるんじゃないの?


「む〜〜」


  どうして頬を膨らましてるんでしょうか?


「む〜〜〜〜う」


  そんな可愛らしく唸っても嫌なものは嫌なの恥ずかしいの。


「ユーちゃんの、いじわる。おかあさん怒りました。絶対ユーちゃんの呼び方は変えません。ここに宣言します」

「ちょっと待って。何でそうなるの?」

「ユーちゃんがいじわるするからです」


 ぷいと、顔を反らすとそれ以上は何も言わなくなってしまった。


「悪かったよ。ボクが謝るから」

「ほんとう?」


  リィベはこちらに後頭部を向けたままだ。


「ほ、本当だって!」

「じゃあ、おかあさんって呼んで」

「ええっ!」


  振り向いたリィベは涙目だ。


  ひ、ひきょうな〜、そんな顔されたら何も言えなくなるじゃないか!


「ユーちゃん。おかあさんって呼んで、ね?」

「お、むー、おかあ、むぐぐ、おかあ……おかあ」

「うんうん」


  そんな期待するような顔してこっち見るな。死ぬほど恥ずかしいんだからな!


「おかあ……おかあ……」

「もうちょっと、もうちょっとよー」


  やめろ。そんな初めてハイハイする子供を褒めるような言い方は!


「お、おか、おかあ……おかあ――」


 これ以上続かない。

 まるで言葉から手が伸びて喉にしっかりと捕まっているようで出てこない。


「はい。そこまでー」

「な、何で?」


 いきなり抱きしめられたぞ。


「頑張ったユーちゃん。えらいえらい」


 むぎゅうと抱きしめられて、顔に柔らかいものが押し付けられて幸せ……じゃなくて。


「まだ言い切ってないぞ」


 だからといって「じゃあ言って」とか言われたらそれはそれで困るけど。


「いいの。ユーちゃんのが(・)ん(・)ば(・)り(・)は、おかあさんにちゃんと通じましたよ。よしよし」


  抱きしめられたまま頭を撫でてきた。


「そ、そうですか」


  ちゃんと出来なくても褒めてくれるなんて、少し甘やかしすぎじゃないかと思うのだが。


  こんなんじゃ子供が親離れ出来なくなるぞ。

  ……ボクは子供じゃないけど。


「さっ、お腹空いてるでしょ。朝ごはんにしましょう」


  朝食の支度のためにリィベはボクから離れる。

  離れた途端に柔らかな温もりが途端に恋しくなってきた。

  それを表に出さないように、ボクは拳を握りしめ、白い割烹着を着た背中を見つめながらこう思う。


 例え周りから気持ち悪いだのおかしいだの言われようと、ボクは感謝しているよ。

  だって、ぼっちで引き籠りだったボクを救ってくれたんだから。

  もし、リィべの事を悪く言う奴がいたら、例え神だろうとぶっ飛ばしてやる!

 だからありがとう……か、か、かあさ――。


  そこまで言った途端に全身から汗が吹き出す。

  同時に内側から蹴られるほどの勢いで心臓が脈打った。


「どうしたのユーちゃん。ご飯の用意できたわよ。ほら座って座って」

「う、うん」


  心の中でもこんなに恥ずかしいんだ。

  口に出して呼ぶのは、当分先だろうな。というか呼ぶ機会なんてあるのか?


「……どういたしまして」

 

  なんて思っていたら、そんなリィベの声が聞こえた気がした。


「えっ? 今なんて?」


  まさか、心の声聞こえた?


「何も言ってないわ。さあご飯にしましょう」


  こうして、世界から化け物扱いされてきた勇者(ボク)は一万年経って、やっと、温かな安らぎを得ることができた。


  それは想像してたのとは少し、いや大分違っていたけれど……。


「美味しい?」

「うん。おいしい」


  リィベのおかげで、ボクはこの世界に来て初めて幸せだと思うことができたんだよ。


「良かったぁ。いっぱい食べてね。ユーちゃん」


  第一章 完

これにて第一章完結です。


最後まで読んでくれてありがとうございました。


感想をくれると凄く嬉しいです!

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