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第七話 金の瞳の竜 異世界へ飛ぶ その6

 そろそろお昼の時間ですね。


「あっナギさん。お腹空いていませんか? 今日はわたくしが作ろうと思います」

「暑くて動きたくはないのですが、何故かお腹は空くんですよね。ぜひお願いします。ところで何作るんですか?」

「お腹が空くのは健康な証拠です。何が出来るか楽しみに待っててください」


  わたくしはこの前テレビで見た、夏にぴったりな料理を作ります。


  ちょっと手間取りましたけど、レシピは全て記憶してあるので、特に失敗することなく完成しました!

 ナギさん、喜んでくれると良いのですが。


「お待たせしました。どうぞ」


  わたくしが持ってきたのはザルに乗せて一口大にくるりと纏めた白くて滑らかな食べ物です。


「おおっそうめん」


  良かった。分かってくれました。


「はい。夏は喉越しが良いものがいいと聞きましたので」

「いただきます」


  ナギさんはそうめんを一掬いして、麺つゆにチョンとつけると、チュルルンと勢いよく啜ります。


「う〜〜ん。美味しい」

「良かった。上手く茹でることができたみたいです」

「いやあ、私が茹でると失敗することがあるんですけど、リィべの茹で方は非の打ち所がないですよ!」


「まあ、ありがとうございます」

  ナギさんはそれ以上何も言わずに食べることに集中することにしたようです。


  食べている間聞こえていたのは、セミという虫の鳴き声だけ。


  十分も経たずにザルの上のそうめんは空になっていました。


「あっ、しまった……全部食べてしまった……」

「大丈夫。わたくしの分はとってあります」

「よかった〜〜」


  ナギさんのお腹がら再びくうーと鳴ったのを、わたくしは聞き逃しませんでしたよ。


「めんぼくない」

「ナギさんちょっと待っていてください」


  わたくしは台所に戻り、そうめんと一緒に作っておいたものを持ってきます。


「それは、おいなりさんですか?」

「ええ。そうめんだけでは足りないかなと思って」


 実はこの前ピザを食べた時に、ナギさんはとても美味しそうにたくさん食べていたのを見たのです。


  だから、いくら沢山あっても細いそうめんだけでは足りないかなと思って、おいなりさんを作ったのですか、正解だったみたいですね。


「いただきま〜す。あむっ……う、うまーい! これ中に入ってるの鶏肉ですね!」


  彼女の笑顔を見て、わたくしも顔が綻ぶのを感じました。


「はい。鶏肉とお揚げを一緒に煮てみました」

「普通のおいなりさんも美味しいけどこっちの方が食べ応えありますね!」


  ナギさんは喋りながらも、おいなりさんを頬張り続けていました。

  用意していた八個はあっという間に彼女のお腹へと消えていきます。


「ごちそうさまでした」


  綺麗に食べ終えた彼女は顔の前で手を合わせました。


「おそまつさまでした」

「はあ〜美味しかったー」


  満足気にお腹をさする姿はまるで子供のよう。


  それにしても、作った料理を食べてもらって美味しいって言ってもらった途端、身体の内側がじんわりと暖かくなりました。

  不快感など全くなく、むしろとても幸せな気持ちです。

  大切な人に手料理を振る舞って、美味しそうに食べてもらう。

  想像しただけで、胸が暖かくなり、幸福な泡の中に包み込まれたみたい。


  そこで翡翠の瞳の勇者の顔を思い浮かべます。


  あの子にも食べさせてあげたい。そして幸せな気持ちになってほしい。


  あの悲しそうな顔を笑顔で溢れさせたい。


 その日、わたくしはそう決心したのでした。




  今年の夏は、去年の最高気温を超える猛暑日が続いているらしく、この世界に来て五日間ずっとエアコンはフル稼働しています。

  竜のわたくしは大丈夫ですが、やはりヒトにはこの刺すような日差しは辛いようで、テレビのニュースでも連日、暑さ対策を報道していました。


「ナギさん。この世界の文明は進んでいるのですから、気候や温度を変える事はしないのですか?」


  明日どころか、七日先の天気まで予報することができるのに、どうして天気を変更させることができないのでしょう。


「流石にそこまで科学は発達してませんよ。もしそんな事が出来る人間が現れたら、その人は神様ですよ」

「神様……」


  わたくしをこの世界に導いた神様を思い出します。


  彼――彼女かもしれませんが――なら世界の天気を変える事くらい造作もないのでしょう。

 

「あっナギさん。申し訳ないのですが、テレビの音量小さくしてもらってもいいですか」

「ん? ああ、事件のニュースですね。分かりました」

「すいません」


  わたくしにとって、苦手なのは暑さよりもテレビで流れるニュースです。


  もちろん天気など必要な情報は役に立てるのですが……毎日のように報道される悲惨な事件の数々は、耳に入るだけで、この身が切り裂かれそうです。

 特に幼い子供が犠牲になったと知ると、娘のレニャの事を思い出します。

  あの子がそんな酷い目にあったらと思うと、心が握り潰されるような錯覚を覚えて、とてもではないのですが見ていられませんでした。


「……リィべ」

「あっはい! 何でしょう」


  ナギさんがわたくしの顔を心配そうに覗き込んで来ました。


「大丈夫ですか? 顔色悪いけど」

「何でもありませんよ」

「そうは見えないけど……」


  わたくしがニュースで気分を悪くしたと思ったのでしょう。ナギさんはテレビを消してくれます。

  無理に笑顔を作ってみたものの、余計にナギさんに心配かけることになってしまいました。

  部屋を暗い沈黙が支配していきます。


「そうだ! 今日は一日中暑いらしいので、外に出るのはやめましょう。家にある私の趣味を紹介しますよ」


 突然、暗い気分を吹き飛ばすように大声でそんな提案をしてきました。


「趣味ですか?」

「はい。付いて来てください」


  ナギさんは自分の好きなものを紹介できるのが嬉しくてたまらないといった顔をして、わたくしをある部屋の前まで案内しました。


「この部屋にあるのですか」

「はい。ここです。驚かないでくださいよ」


  ナギさんは扉を勢いよく開けます。その部屋は沢山の物に占拠されていて足の踏み場もありません。


「これが私達夫婦で集めたものです!」


  床には茶色の紙でできたダンボールという箱がが天井に届きそうなほどうず高く積まれていました。

  その隙間から微かに見える棚には、文字を書いたりして記録する本らしきものが、沢山入っているのが見えます。


「夫婦でということは、旦那様も同じ趣味なのですね」

「そうなんです。ちょっと待っててくださいね!」


  ナギさんは、素早くかつ、高く積まれたダンボールを崩さないように中に入り、本棚から数冊の本を持ってきました。


「これは漫画といいます。リィべの世界にはこういう本は無いんじゃないかな」


  持ってきたのは、表紙に大きく絵が描かれた本でした。

  中を見てみると、文字よりも、躍動感あふれる絵が全体を占めています。


  これは読みやすそう。本を読むとすぐ寝てしまうレニャでもこれなら楽しんで読んでくれそうです。


「わたくしの世界ではこういうのは見た事ないですね。こちらの世界ではこれが主流なのですか」

「もちろん、文字がメインの小説などもありますよ。これはライトノベル。ラノベっていいます」


  ラノベ、呪文ではなく本の種類だったのですね。

 渡されたのは、先程の漫画と違い、沢山の文字が並んでいます。

 表紙には少女と黒猫が描かれています。

  時々可愛らしい少女の挿絵がありますが、こちらは読者の想像力で補う物のようです。


「あ、それ気になります?」


  顔を上げるとナギさんの瞳は少女のように星が輝いていました。


「このラノベは《鈴を付けたネコはいつも憂鬱》といいまして、あらすじはですね「人の言葉を理解できる黒猫フジコはいつも退屈。そんなある日、猫の言葉がわかる一人の少女と出会った事で、フジコの退屈で憂鬱だった毎日に変化が訪れる」という話で……」


 ナギさんの熱い語りは時計の長針が一周するまで続きました。


「――なんですよ……あっすいません! つい調子に乗って一巻のラストまで話してしまいました」


  謝るナギさんは数センチ縮んでしまったように見えました。


「顔を上げてください。貴女の熱の入った説明を聞いて驚きました。漫画にラノベ……どちらも大人も子供も楽しめる夢と想像力に溢れた素晴らしい物語なのですね」


  わたくしの言葉を聞いて、ナギさんに笑顔が戻ります。


「……気に入ってくれたようで嬉しいです!そうだ。私の大好きな作品があるんですよ。見てみませんか? ぜひ感想を聞きたいので! ね!」


  あらまあ、ナギさんはこちらの意見を聞かずに、わたくしをリビングに座らせると、再び部屋に走っていきました。

  戻ってきたときには、両手で抱えるように角が痛そうな四角くて分厚い箱を何個も持って戻ってきました。


「んふふ。お待たせしました」


 ナギさんがテーブルに置いた箱には、先程の本と違って色のついたイラストが描かれていて、中には光を反射して青く輝く円盤が入っています。


「これは《ギャラクティカマン》、こちらは《怪獣皇帝ドシラ》。で、これが《万能潜艦》!」


「は、はあ」


  どうやらこの箱の名前のようですね。


「これは一体どうやって見るのでしょう」


  わたくしは万能潜艦と書かれた箱から一枚の円盤を取り出します。


  円盤の表面には絵が描かれ、裏は青一色で漫画やラノベとは違い文字などはなく、見方の検討がつきません。


「ああ、リィべ。ディスクの裏面、青い所は触らないでください。指紋がつくと大変なので」

「ごめんなさい」


  わたくしはナギさんに青い円盤を渡します。


「これは、このままでは見れません。このレコーダーに入れるのです」


  彼女は慣れた手つきで、ディスクと呼ばれた円盤をレコーダーという機械のスリットに差し込みます。


  レコーダーという機械はスリットという細い口でそれをスルスルと飲み込んでしまいました。


  食べてしまったのかしら? あまり美味しそうには見えなかったけど。


  直後、いつもニュースや料理番組を流していたテレビが、今まで見たことの無い映像が流れ始めました。


  ああ、食べた訳ではないのですね。


  画面にちょっと目が痛いほど赤字の大きなタイトルが現れました。

  それが《万能潜艦》です。

  ナギさんの熱いあらすじが始まります。


「万能潜艦は千年後の荒廃した未来から来た満月(フルムーン)帝国が地球を征服しようとやって来たのです。人類は抗戦するのですが、戦力の差は絶望的……」


  一旦区切って拳を握りしめました。かなり力がこもっているのがわたくしにも分かりました。


「そんな時、封印された禁断の超兵器が空に飛び上がり、宇宙という大海原を進んで、満月帝国を打倒するために月に向かうのです!」


 彼女の熱い想いに応えるように、万能潜艦は艦首のドリルで突撃し、その身を犠牲にして満月帝国を滅ぼしたのでした。


  次に見たのは《怪獣皇帝ドシラ》です。

  あらすじはこう。


 人類の起こした愚かな核実験によって、開かれた異次元の穴から現れた怪獣ドシラ。

  世界中を瓦礫と火の海に変えていくドシラが最後に向かうは極東の島国日本。

  核兵器も効かない怪獣に一人の科学者が作り出した新兵器が用いられました。

  果たして、勝つのは人類か? それとも怪獣皇帝か?


  最後、ドシラに対して新兵器を使い、怪獣と共に泡と消えた科学者。

  叶わぬ恋と知りながら、愛していた女性の為にその身を犠牲にした彼を見て、わたくしの目から温かいものが流れていました。


  次に見たのは先程の二つの映画とは違い、一話三十分のドラマです。


『助けてギャラクティカマーン!』


  画面の中で宇宙人に襲われている男の子が叫びます。

  ああ、誰も助けに来ないのでしょうか。このまま悪い宇宙人の毒牙に……。


  するとどうでしょう。突如眩い光と共に銀色の巨人が現れ、同じく巨大化した宇宙人と戦いを繰り広げました。

  巨人は負けそうになりながらも、両手から放った必殺技ギャラクシス光線で宇宙人を倒します。

  巨大化できるのは三十秒という限られた活動時間をめいいっぱい使い、今日もまたギャラクティカマンは地球の平和を守るのでした。

  九十分の映画二本と全三十九話十六時間のドラマ、合わせて十九時間を一気見てしまいました。

  気づくともう夜が明けてしまいました。


「どうでしょう……面白かったですか?」


  ナギさんが遠慮がちに聞いてきます。


「とても面白かったです。特にギャラクティカマン。騙された人類に敵だと罵られても、自らの正義感を変えない意志の強さ。彼こそが真の正義の味方なのですね」


「わあ! 分かってくれて嬉しいです。勇努もこのヒーローが大好きなんですよ。特にこの初代ギャラクティカマンとギャラクティガンマンが大好きで……」

「えっ?」


  今ユートの事を?


「ん? どうしましたリィべ。鳩が豆鉄砲食らったような顔して」


「い、いえなんでもありません」


  今話していた事を彼女は覚えてないみたいでした。


「わたくし、もっとこの特撮の事を知りたいのですが」


「それならお任せください。とっておきの場所を知っているんです!」


  少し目が赤いナギさんは眠気を感じさせず、元気よく立ち上がりました。

  出かける準備をしている間も、彼女はユートの話しをした事をすっかり覚えていないようでした。

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