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第七話 金の瞳の竜 異世界へ飛ぶ その5

「リィべ、お腹空いてません? そろそろ夕飯にしようと思うのですが」


  夜中にこの世界についてもう夕方。その間何も食べていないことに気づきました。


  竜とはいえ生き物。お腹だって空いてきます。


「良いですね。何か作るのですか?」

「んふふ。今日は楽してデリバリーしちゃいましょう」


  ナギさんはスマホを耳に当てると、誰かと会話し始めました。


  デリバリーって何でしょう?


  しばらく経つと、玄関からピンポーンという軽やかな音色が聞こえてきました。


  先程のデリバリーというものでしょうか?


  わたくしが着ているのとは色違いのジャージに着替えたナギさんは、そのまま玄関に向かいました。

  戻って来ると、薄くて四角い大きな箱を両手で持ってきたのです。

  「お待たせしました。今、飲み物を用意しますから、先に開けていて下さい」


 薄くしっかりした紙で出来た箱を開いてみると、中から熱々の湯気と濃厚な香りが漂ってきてわたくしの胃を強く刺激してきました。


「どうです? 美味しそうでしょう」

「はい。この丸いのは何という料理ですか?」


  箱の中には、わたくしの顔より大きな丸い円盤が入っています。

  全体に黄金色(こがねいろ)に輝くトロッとしたものが掛けられていて、その上には丸く切られたお肉や細長くカットされた野菜が載っていました。


「これはピザという料理ですよ。半分ずつしましょうか」

  ナギさんは手慣れた手つきで、ピザという料理を切り分けていきます。

「出来ました。はいどうぞ」

「ありがとうございます」


 三角の形に切り分けられた一枚が一人分のようですね。


「ひゃっ」


  持ち上げてビックリ。熱々で黄金色のトロリとしたものが、うにょ〜〜んと伸びて糸を引いています。


「ナギさん。ど、どうすればいいですか」

「ああ、出来立てだからチーズが伸びるんですよ。これに載せてください」


  渡された紙のお皿の上に載せる事で、何とか伸びたチーズが落ちずにすみました。

  そのまま、まじまじと見つめます


「これが、チーズなのですか?」

「そうチーズです。よっと」


  慣れているのか、ナギさんは伸びるチーズを上手く捌いて自分のお皿に載せていきます。

「リィべの世界にもあるんですか?」

「はい。でもこんなにトロッとしたのは初めて見ました」


  前にエルフの森で食べた物は固くて少し臭みがありました。


  しかしこのピザという料理に載っているチーズは見るからに柔らかく滑らかで、微かに甘い匂いもします。


「そんなに見つめてたら冷めちゃいますよ」

「いけない。つい見とれてしまいました」


  わたくしは再びピザを手にとって一口。


「まあ!」

「どうです。おいしいですか?」

「はい。とっても」


  滑らかで濃厚な香りの甘いチーズと、上に載ったお肉や野菜の旨味が混ざり合い、それだけだとしつこいのですが、下のサクサクとした生地が丁度良いバランスを保っています。


「美味しい。これなら、何枚もいけそうですね」

「良かった! 気に入ってもらえて。どんどん食べてください。あとこの飲み物もピザによく合いますよ」


 その後もわたくしはピザを堪能しました。


  けれど、ナギさんが薦めてくれたビールはちょっと苦味とアルコールの刺激を強く感じて口に合いませんでした。




  日の出と共に、目を覚ましたわたくしはリビングでテレビをつけていました。


  もちろん彼女から許可はもらっていますよ。

  因みにナギさんはまだ寝室です。


「う〜〜、おはようございます〜」

「おはようございますナギさん」


  子供のように瞼をこすりながら現れた彼女は、初めて合った時とは印象がかなり違って見えました。


  それに……なんだか顔色が優れないような。


「どうかしましたか? 具合が悪そうですけど?」

「ああ、大丈夫です」


  額を抑えながらすれ違うナギさんから、微かなお酒の匂い。


「もしかして、昨日お酒飲みすぎました?」

「その通り。二日酔いです」


  ナギさんは冷蔵庫から水が入った――ペットボトルという名前の――容器を取り出し、蓋を開けて飲んでいます。


「もう少ししたら治りますので大丈夫……あれ? 昨日のゴミが無くなってる」

「はい。アレを見て先程片付けておきました」


  わたくしが指差したのは、ゴミの分別方法が書かれた紙です。


「この世界では、ちゃんと種類分けしているのですね」

「リィべの世界ではそういうのはしてないのですか?」

「はい。こういうのは見たことはないです」


  これもきっと帰ったら役に立ちますね。覚えておきましょう。


「そういえば、テレビを勝手につけてしまっているのですがよろしかったですか?」

「もちろん。昨日も言ったと思いますが、好きに使ってください」

「ありがとうございます」

「ところで何を見ているんですか?」


 ナギさんの視線の先には、実際に料理を作って紹介する二人の女性が画面に映っています。


「ああ、料理番組」

「はい。たくさんの種類があるのですね。どれも美味しそうで作り手の愛情を感じませんか?」

「ううん。ごめんなさい。私には分かりません」


  ナギさんには通じなかったみたいです。

  彼女は椅子に座ると水を飲みながら、スマホで何か操作し始めました。

  その間もテレビでは料理の作り方を話しています。


  いけない。一字一句も聞き逃すわけにはいきません!



  料理番組が終わったので、次はナギさんに質問です。


「今よろしいですか?」

「どうしました」

「はい。先程の料理を作っていた方の着ていた服が気になりまして」


  テレビを見て料理と同じくらいに気になったのは、先生と呼ばれていた女性の着ているお洋服でした。


「あれは着物ですよ。日本に古くから伝わる服です。長い布を腰の帯で締めているんです」

「綺麗ですね。時にあの色は何という色ですか?」

「あれは、ピンク……ちょっと違うか、待ってくださいね」


  ナギさんはスマホを指でなぞり、何かを調べているようです。


「あった! な(・)で(・)し(・)こ(・)色ですね。同じ名前の花もあるんですよ」


 彼女が見せてくれた画面には一輪の花が映っています。


  それはどこか儚げで、けれど気品溢れる綺麗な花でした。

  とって美しい。トゥインクルワールドでは見たことありません。


「ナデシコ、なでしこ。わたくし、この花と色がとても気に入りました」


 何度も口に出したのは、絶対に忘れない為。


  「着物の上から着ていた白い服、あれも着物の一種ですか」

「いえ、あれは割烹着っていうんです。料理とかする時に着物が汚れないように上から着るんです」

「カッボウギというのですね」

「昔はよくお母さんが家事をする時に使っていました」

「お母さんが……」


  つまり、お母さんにとって重要な必需品という事ですね!

  帰るまでにどこかで手に入らないかしら。


「なるほど、リィべ(彼女)の好きそうな服はそういう系統か……」


  わたくしは割烹着の事を考えていて、ナギさんの呟きは耳から耳へ流れていってしまいました。




  その日の夜、昨日と同じように玄関のチャイムが鳴ります。


「はいは〜い。待ってましたよー」


  ナギさんはとても嬉しそうに表情を緩めながら、何かを受け取ったようです。


「何が届いたのですか?」

「んふふ。開けて見てください」

「? いいのですか」


  ナギさんは「早く中を見て」と言わんばかりに首を縦に振っていました。


「では……あらまぁ、これは」

「明日、そ(・)れ(・)を(・)着(・)て(・)街(・)に(・)出(・)ま(・)し(・)ょ(・)う(・)」

「……はい!」


  翌日、雲ひとつない青空の下、わたくしは新(・)し(・)い(・)お(・)洋(・)服(・)を着て外を歩いていました。


「その服気に入ってくれたみたいですね」

「はいとっても」


  昨晩彼女に渡された箱の中身。

  それは、わたくしの服一式でした。

  淡い水色で袖無しのワンピースという服と、 ビーチサンダルという涼しげな履物に、頭の角を隠すつばの大きな麦わら帽子もセットになっています。

  わたくしは頂いたそれを着て、ナギさんと一緒に近くのスーパーと呼ばれるお店に向かっていました。

  ナギさんの服装は黒のスーツではなく、半袖のシャツにジーンズという長ズボン。

  靴は紐を結んで足に固定するスニーカー。


  なんというか、とても動きやすそうな格好です。


  彼女曰く「私はお洒落とは無縁なんで、動きやすさ重視です」とか。

  スーパー。そこは楽園という言葉がぴったり。


  たくさんの新鮮な野菜や果物、多種多様な調味料に更には生肉なども売られているなんて。


  わたくしがヒトの姿で、ヒューマンの市場をのぞいた時とは大違いな場所でした。


  思わず、たくさんの食材を買ってしまい恐縮していたわたくしに、ナギさんは「大丈夫大丈夫」と言ってくれましたが、本当によろしかったのでしょうか。


「あら?」

「どうしました?」

「いえ、何でもありません」

「早く中に入りましょう。日差しが強くて私溶けちゃいそうです」

「まあ、溶けるだなんて」


  わたくしは麦わら帽子を抑えて、もう一度空を見ます。


  何故なら上から視線を感じたから。

  けれど見えるのは巨人の芸術家が塗ったような鮮やかな青い空に眩しい太陽だけ。

 ……まあ、いいでしょう。


  たくさん詰まって今にも破れそうな四つのビニール袋の中身を冷蔵庫に入れている間、ナギさんは「暑っちー」と言いながら、壁に据え付けられている機械を動かしました。

  炎天下の日差しで燃えるように熱くなっていた部屋が涼しい風を浴びて、快適な温度に戻っていきます。


  その名はエアコン。冷風と温風が出せる機械だそうです。


  もう一つ扇風機という機械もあるのですが、今日のような酷暑ではあまり役に立たないそうです。


  わたくしは扇風機が羽を回しているところが、一生懸命頑張っているように見えて好きなのですが。


  エアコンは便利ですが、時々身体が死んだように冷たくなる時がありました。


  便利すぎるのも考えものなのですね。


  でも、快適に暮らすにはもってこいなので、どうにかしてトゥインクルワールドでも使えるようにしたいですね。


「お疲れ様です」


  わたくしは冷蔵庫で冷えた麦茶をナギさんに持っていきます。


「ありがとう。リィべは暑くないですか?」

「暑いですよ。こちらの日差しの強さは予想外でした」

「それにしては、肌は赤くなってないし、汗ひとつかいてないように見えますけど」

「わたくしはこう見えても竜ですから。多少の熱さや寒さは平気です」

「羨ましい〜」


 ナギさんは羨望の眼差しをこちらに向けながら、渡した麦茶を口にしています。

  この世界は、トゥインクルワールドよりも遥かに優れた文明ですが、肉体的にはそれほど変わらない、いえ劣っているように感じられました。


  もちろん全員が全員ではありません。


  ナギさんも、暑さで参っている姿からは想像できませんが、必要なところに適切な量の筋肉が付いています。


  恐らく仕事で必要なのでしょう。


  逆に言えばこの世界、日本という国は平和という証拠なのかもしれませんね。

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