第四話 勇者は胃袋を掴まれ リィベは頰をつっつく その2
「ボクが喜んでる?」
彼女は柔らかい日差しのような微笑みを讃えながら、ボクの頰に手を添えてくる。
触るなと言おうとしたが、その肌触りの良さと温かさはずっと触れていたいと思えてならない。
「ええ。おかあさんが初めて会った時から、今の今まで、ユーちゃんずっと泣きそうな顔していたもの。今の表情はあの時に見て以来」
「あの時以来?」
何だ。その気になるワードは。
「ええ。おかあさん達を助けてくれた時以来」
「助けた。ボクがあんたを?」
覚えていない。ボクは人助けなんてしてないぞ。
そりゃ冥王を倒して間接的に多くの人を救ったけれども……。
待てよ。彼女の金色の瞳と二本の角ってどこかで見たことがあると思ったけど……まさか!
ボクが顔を上げると太陽のように輝く瞳と視線が交差する。
「あんたはもしかして……」
そこまでいったところで、しなやかな人差し指がボクの口に添えられる。
たったそれだけなのにそれ以上言葉は続かない。
「真実を話すのはもうちょっと後で。全て話すにはたくさんの時間がいるの。その前にユーちゃんには見てもらいたいものがあるのよ」
見てもらいたいもの?
ボクは疑問を飲み込んだまま、先を歩くピンク色のワンピースの背中についていく。
「ここよ」
白い割烹着を着た彼女が立ち止まったのは、ボクもよく知る、と言うより案内されなくても一人でたどり着ける場所。
自分の部屋だ。
いや、部屋とは名ばかりの牢屋と言った方が正しいか。
今日の朝までは、この塔自体がボクを閉じ込めておくための牢獄だったから。
それを破壊したのは目の前にいる女性だとは、今だに信じられない。
いくら金色の瞳に同色の二本角を生やしているとはいえ、それ以外は華奢な人間の女性そのもの。
とても扉と結界を破壊できるようには見えなかった。
けれど、ボクはどこかで会った事がある。あの金色の瞳に宿る優しい光。
でも、あの時は人の姿をしていなかった。
一体どういう事なのだろう?
「……ちゃん、ユーちゃん!」
「うわっ何だよ」
「それはこっちのセリフよ。急にボーとしてどうかしたの?」
「何でもない。それでボクの部屋がどうしたんだよ」
「ふふふ。開けてみて。きっと喜んでもらえるわ」
自信満々の表情でボクが扉を開けることを促してくる。
「いや、そっちが近いんだから、自分で開ければ?」
「それじゃ駄目なの。本人が開けた方が喜びも倍増するでしょ?」
そうなのか? 知らないけど。
よく分からないが、開けないとずっとここにいそうだから、さっさと開けるとしますか。
ボクはドアノブに手をかけて、自分の部屋の入り口を勢いよく開けた。
開放すると同時に、眩い光がボクを包み込む。
「どう感想は?」
「…………」
何も出てこない。
ボクの、天井を蜘蛛の巣で占領され床はゴミの埋め立て場みたいだった部屋が、光り輝いている。
「あらまあ、嬉しすぎて声も出ないのかしら」
「これ、あんたが?」
「そうよ。ユーちゃんが露天風呂に入ってる間に、お掃除しておいたの」
そんな馬鹿な。ボクが温泉に行ってたのはせいぜい長くても一時間くらい。その間に汚れに汚れた部屋を綺麗にできるものなのか?
それに部屋全体がピカピカ輝いていて、照明が仕事をしていない。
「入ってもいいのか?」
「どうぞ。ここはユーちゃんのお部屋なんだから、遠慮しなくていいのよ」
そうは言うが、短時間でここまで劇的に様変わりしてると逆に入りづらい。
ボクはゆっくりと慎重に足を踏み入れる。もしかしたらこの部屋自体が幻なのでは?
そう思って踏み出した足裏はしっかりと床の感触を伝えてきた。
ボクの部屋は実在している。しかも綺麗になって!
天井にあった大量の蜘蛛の巣はひとつも見当たらない。しゃがんで床を見て触ってもチリひとつない。
藁の上に布を引いただけのベッドが姿を変えている。
ベッドの上に腰掛けると、シワひとつなくサラリとした清潔な白いシーツの下のマットレスが、ボクの体重をしっかりと包み込むように支えてくる。
何故か懐かしい感覚を覚えた。
ベッドに腰掛けたまま、視線を上げると部屋にはなかったはずのものを見つけた。
それは本棚と机だ。
机は木材で出来た何の変哲も無い物だが、その上の箱にはボクの捨てたはずのマッハブーツやゴーリキーリングが綺麗に収められていた。
「散らかっていたから片付けておいたわ。大事なものでしょ?」
「ああ……」
それより問題は本棚の中身だ。
「これって……」
漫画やらラノベやら、ボクが好きなジャンルの本ばかり、いやこの古びた怪獣大百科、見覚えあるぞ。
カバーをめくるとそこには、ボクが小さい頃に書いた怪獣の絵が……。
これは父さんから貰ったものだ。
「気に入ってくれた?」
「これはどう言う事なんだ? 何で地球の、ボクの家にあるはずの本が?」
「それはね。おかあさんが向こうの世界から持ってきたの」
「向こうの世界⁉︎ それってつまり地球に行った……?」
彼女は頷いた。
嘘だろ。でも彼女の表情はとても嘘をついているようには見えない。
「どういうことだよ!」
何が何だか分からなくなったボクは思わず彼女に詰め寄ってしまった。
「きゃあっ!」
悲鳴で我に帰る。気づくと彼女を押し倒していたのだ。
「ユーちゃん。落ち着いて、ちゃんとお話しするから、ね?」
そんな事をした犯人は誰? それはボクだ。
「ご、ごめんっ――」
早く離れないと。その一心だけで身体を動かしたのでバランスを崩す。
「ユーちゃん危ない!」
まずいと思って後ろに左手を伸ばすも、自分の体重を支えられるはずもなく。
硬い床に頭がぶつかるな。
そう思った直後、上半身を柔らかいものにしっかりと抱きしめられる。
少し遅れて、ボクの部屋に何かが崩れる大きな音が響き渡った。




