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『あの日の「ここ」から』  作者: てぃな


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もうひとつの春風 ~湊視点~

初恋なんて、子どもの頃の思い出だと思っていた。

でもあの日もらった優しさだけは、ずっと忘れなかった。



転校初日。


知らない教室。

知らない顔。

知らない場所。


何もかもが不安だった。



前の学校とは違うことばかりで。


何をするにも少し遅れてしまう。


そんな自分が、少しだけ嫌だった。



給食の時間。


牛乳パックを開けようとして。


何度やってもうまくいかなかった。


周りに聞くほどのことでもない。


でも。

少し困っていた。



その時。


前から小さな声がした。


「……ここ。」



前を向くと


女の子がいた。


木下柚。


まだ名前も知らなかった。



その子は。


開け方を説明するわけでもなく。


笑うわけでもなく。


ただ自分の牛乳パックを見せてくれた。



たったそれだけ。


たった数秒の出来事。


でも。


不思議だった。


知らない場所で。


初めて自分を気にかけてくれた人だった。



「ありがとう。」


そう言うと。


柚は少しだけ笑った。


その笑顔を見た時。


この学校でも大丈夫かもしれないと思った。



それから。


毎日少しずつ話すようになった。


一緒に帰った。


公園で遊んだ。


くだらない話で笑った。



いつからだったのかは分からない。


でも。


柚がいる日が当たり前になっていた。



卒業して。


離れて。


時間が経った。


何年も会わなかった。



それでも。


春になると。


なぜか思い出す。


あの日のことを。



大人になって再会した時。


最初は不思議だった。


懐かしいと思った。


でも。

すぐに分かった。



柚は変わっていなかった。


周りをよく見て。


誰かの小さな困りごとに気づけるところ。



でも。


同時に思った。


変わったところもある。


強くなった。


綺麗になった。


そして。


昔よりもっと好きになった。



あの日。


牛乳パックを開けてくれた女の子は。


今。


俺の隣にいる。



十八年前。


柚がくれたものは。


牛乳パックの開け方じゃなかった。



知らない場所で。


ひとりだった俺にくれた。


「ここにいていいんだ」


と思える小さな安心だった。



だから。


あの日からずっと。


俺にとって柚は特別だった。



初恋は。


忘れるものじゃなかった。


時間が経っても。


形を変えて。


もう一度、出会えるものだった。

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