第7話 霊媒師乙女
翌日。
リビングのソファと、その脇で目を覚ました安達と慧は、支度をすると共に家を出る。
二人が向かったのは住宅街にあるとある駅だった。
安達は竹刀袋を担ぎ、慧の白杖を持っていない手に触れて進路を誘導する。
「全く、平日の昼間だっていうのに。僕、学生なんだけどな」
「悪ぃって」
「ふふ、別にいいけどね。保護者が学生を連れまわすとか、特怪では今更の事だし、学校を休んだ日の仕事終わりは義一がデザートおごってくれるし」
「……健康を考えたら、そろそろ止めた方がいいのか?」
「ええっ、僕の楽しみが……」
「あっ。おおーい」
すっかりいつも通りの様子の安達と慧が駅前のポール時計へ向かって歩いていると、明るい女性の声が聞こえる。
早乙女だ。彼女は髪の上半分だけを二つに分けて纏め、ゆとりのある白色のブラウスに桃色の丈の長いスカートといった服装をしている。
警視庁にいる時のスーツ姿や薄めの化粧から受ける印象とは大きく異なる事もあり、実年齢よりも若く感じるような姿だ。
一足先に時計の前に立っていた彼女は明るく手を振り、二人の元へと駆け寄る。
「早乙女さん」
「真綾さん。こんにちは」
「安達クン、けークンやっほっほー」
慧は早乙女の方を向き、先程と変わらない様子で挨拶をする。
しかし安達はというと、早乙女の格好に気を取られ、ややげんなりとしていた。
「霊媒師っぽくねぇ……」
「なんだー? 人を呼び付けといて文句かい? いーのよ、今風ってコトで。とゆーか、安達クンこそ非番なのにスーツってどゆことよ」
「最近私服着なさ過ぎて……。選ぶのも面倒なので」
仕事時と同様の服装を早乙女に指摘された安達は苦い顔をする。
仕事で多忙を極め、数少ない非番では進んで外へ出たがらない質であるが故に、刑事になってからというもの、安達の私服は常に収納の奥深くに眠ったままであった。
そんな彼の横では、会話に耳を傾けていた慧が何気なく口を開く。
「あ、そっか。真綾さんってオフの服装が若者寄りなんだっけ」
「おん? けークンよ、まるで私がもう若くないみたいな言い方じゃないか~?」
「ははははは……っうわ」
わざとらしく乾いた笑いを漏らしていた慧の頬を、早乙女は満面の笑みを貼り付けたまま、両手で挟んでもみくちゃにする。
突然の襲撃に驚いた彼は普段は穏やかな声色に困惑の色を滲ませていた。
「たすけて~」
「にゃはははっ、キミだっていつかアラサーって呼ばれるようになるんだぞおこちゃまが~」
「ちょっと、じゃれるのもその辺にしてくださいよ。そろそろ行かないと遅れます」
早乙女に悪意がない事を理解しているが故に、情けなく助けを呼びながらもされるがままになっている慧。
彼を自分の方に引き寄せてから、安達は近くの時計の時刻を示した。
促されるように十四時が近づいている時計を見た早乙女は、素直に慧から手を離す。
「あー、ホントだ。それじゃ、行きますかね」
「はい。こっちです」
安達は慧の手を引き、目的地へと向かうのだった。
とあるマンションの2LDK。
その玄関扉から顔をのぞかせたのは二十代半ばの女性、斉藤夏美だ。
「安達さん。こんにちは」
「ご無沙汰しております、夏美さん。今日は突然すみません」
「いえ。悠生から話は聞きました。寧ろわざわざありがとうございます」
悠生というのが彼女の旦那であり安達の友人でもある斉藤の名だ。
親しい友の妻という事もあり、夏美とも見知った仲である安達は、彼女と軽い挨拶を交わす。
するとその傍から早乙女が人懐っこい笑顔を浮かべて頭を下げた。
「どーも! 霊媒師の乙女です~」
「乙女さん……?」
「そ。苗字なんですよ~。可愛いでしょ」
特怪の存在は公にされておらず、世間一般で考えれば刑事がオカルトを理由に動くなどという事は考えられない。
だがだからと言って、警察が霊媒師を名乗って他人の家に上がり込んだなどという事実が漏れれば間違いなく問題になる。
故に早乙女は円滑な捜査の為、『刑事の早乙女』という自分の立場を隠し、『霊媒師の乙女』という偽りの人物を夏美に名乗ったのだ。
彼女は普段の軽い口調や振る舞いからも胡散臭さをただ寄せがちであり、警戒心が強い人間からはまま怪訝な顔をされる事がある。
だが今回は知人である安達の紹介であり、また夏美と同性だた事もあるのだろう。
彼女の馴れ馴れしさや飾らない振る舞いは寧ろ、どこか憔悴した様子だった夏美の緊張を解すきっかけとなったらしかった。
夏美は強張っていた頬を緩めると、目元を和らげて頭を下げた。
「斉藤夏美といいます。本日はわざわざご足労いただきありがとうございます。どうぞよろしくお願いいたします」
「そんなそんなぁ、畏まらないでくださいよぉ」
早乙女へ丁寧に頭を下げた夏美は次に、慧を見る。
いや、性格には玄関から姿を見せてからというもの、彼女の視線は何度も慧へ向けられていた。
平日の昼下がりに子供の姿。それも目を隠した、不思議な風貌の少年。
どうしたって目を引くのは仕方がない話だった。
「あの……」
言葉を選んでいるのか、夏美は言い淀みながら安達を見る。
そんな彼女の考えを汲んだ安達は苦く笑いながら慧の背中に軽く触れた。
「すみません。親戚の子なんですけど……。今日は非番だったので、元々はこいつの面倒を見る予定でして」
「慧です。今日は学校が時短で、早めに帰らないといけなくって」
「あっ、そうだったんですね……! すみません、そんな中」
「いえ。ご迷惑をお掛けしないとお約束しますので、よければ同行させても……?」
「も、勿論です」
慧が白杖を持っていた事もあるのだろう。
中学生程度の子供であれば大人の目が無い中で過ごす者も多いが、授業の時短を理由に安達が慧を連れてきたことについて、夏美が不審に思う事はなかった。
保護者による介助が必要なのだろうと、夏美は納得する答えを自分の中で見つけたらしい。
彼女は少し憐れむような目で慧を見てから、優しく微笑んだ。
「こんにちは、慧くん」
「こんにちは、夏美さん。驚かせちゃってすみません、お邪魔します」
「いえいえ」
慧は元々、実年齢から想像される以上に礼儀正しく、落ち着いて振る舞える質だ。
また彼の柔和な微笑や物腰の柔らかさ、明るい声音なども、夏美が感じていた深刻さを和らげる要因となったらしい。
夏美は同情的な色を消してもう一度慧を見てから、玄関扉を大きく開ける。
「それでは、早速なんですけど……。どうぞお入りください」
「はい」
「おじゃましまーす」
「お邪魔します」
三人は夏美に招かるままに、家の中へと足を踏み入れるのだった。




