第23話 ありがとう
「核の破壊は援護する! 全部潰すぞ」
「了解」
駆け出した慧の背中に声を投げながら、安達は拳銃の引き金を引く。
瞬く間に三つの核に銃弾が貫通する。
一方、前進する慧へは怪異の触手が伸び、彼は大きく左へ回避行動を取る事となる。
「右下!」
狭い道の壁へぶつかりかけていた慧は素早く体の方向を切り替え、更に身を屈める。
頭上に設置されていた機材の衝突を回避した慧は、移動直前まで自身がいた場所に叩き込まれる触手の脇をすり抜け、前進する。
安達の後方支援のお陰もあり、怪異の核は中央に集中している物以外全てが消滅していた。
正確には焦ったように形成される新たな核がいくつも存在したが、本物の核は個体の一存で増減させられるものではない為、後から増えたという事実だけでその核が偽物であると断定できる。
後は偽物の核の位置を把握しておけば、自ずと潰すべき核がどれであるかは判断がつく。
「慧!」
「うん。わかってる」
対象へ着実に距離を詰めた慧は刀を大きく振り上げる。
触手が凄まじい速度で彼へと向かうが、それらは安達が放った銃弾によって切断され、標的まで伸ばす事は許されなかった。
背後からの安達の声に穏やかな声音で応えた彼は、その柔らかな声に似つかわしくない速度で刀を振り下ろす。
敵の体に深く突き刺さった刀は、流動的な相手の身体を深く抉り、残されていた核を全て的確に捉えた斬撃をお見舞いした。
残されていた核を一撃の内に全て失った怪異は、これまでとは比べ物にならない程けたたましい悲鳴を上げた。
怪異は身体の収縮と膨張を奇妙に繰り返して悶え苦しみだし、やがてひと際大きな絶叫と共にその巨体が弾け飛んだ。
辺りに無数に飛び散る怪異だったものは、辺りに黒い雨のようなものを降らせる。
それは安達や慧、アスファルトなどに降り注ぐが、その全てが障害物にぶつかると同時に灰となって消えていく。
怪異が完全に消滅した路地には、ただの日常を切り取ったような何の面白みもない光景だけが残されていた。
(終わった、か)
突然訪れた静寂の中、安達は安堵の息を吐く。
拳銃を懐にしまった際、足元を汚す血痕の存在に気付いた事が引き金となり、先程まで忘れていた体の不調が安達へ一度に襲い掛かった。
「……っ」
頭が割れるような頭痛と眩暈、吐き気等の不調に身体を振らつかせながら、安達はすぐに眼鏡を外す。
そして深呼吸をいくつか繰り返してから、彼は戦闘の最中に辺りへ放っていた刀の鞘を拾い上げて慧へと近づいた。
「お疲れ」
「うん。……義一、体は大丈夫?」
「おー」
安達は片手で鼻を押さえつつ、慧へ鞘を押し付ける。
それを受け取り、刀身を戻す慧の姿を見ていたその時。
安達はポケットの中でスマートフォンが振動している事に気が付いた。
「げ。早乙女さんからだ」
スマートフォンの画面に表示された名前に何となく嫌な予感を覚えた安達が顔を顰める。
渋々応答ボタンを押したその時、鼓膜をつんざくような鋭い声が端末から飛び出し、安達は顔を顰めながらスマートフォンを遠ざけた。
何度連絡をしても応答しなかった事や、斉藤宅の比較的近くで発砲音と思しき音に関する通報があった事などからある程度状況を悟っていた早乙女に詳細を問い詰められ、安達は素直に事情を説明するも、待っていたのは無茶をした事による更なるお咎めだけだ。
安達が叱られている声は慧の耳にも届いており、彼は隣で愉快そうにくすくすと笑っている。
『とにかく、今そっちに向かっているから、そのまま大人しく待っていることぉ!』
「わかりました」
長い説教から解放され、終話した安達は深々と溜息を吐く。
「五分後くらいに早乙女さんと主任が来るってさ」
「聞こえてたよ、ふふ」
「なーに笑ってんだ、コノヤロー」
「あいて」
笑っている慧を安達は軽くどつく。
一見すれば普段通りのじゃれ合いや軽口の応酬と変わらない。
けれど二人の胸の内に抱えるものには確かな変化があった。
どちらからともなく口が閉ざされ、沈黙が訪れる。
冷えつつある夕暮れの風に身を委ねる事十秒ほど。
やがて口を開いたのは慧だった。
「あの時の事で義一を責めるのはお門違いだ。きちんと、わかってるよ。でもね……」
慧が困ったような笑みを浮かべた。
彼の声が、僅かに上擦る。
「それでも、たすけてほしかったなぁ」
再会後、自らの弱さを晒そうとはしなかった慧が、初めて安達に零した本音だった。
気持ちを吐露しながらも虚勢を張る癖が抜けず、作り笑いを浮かべてしまう、歪で不器用な慧の、精一杯の告白。
胸が締め付けられるのを感じながら安達は顔を顰めた。
「……慧」
「なんて、思っちゃって――」
安達は慧の腕を引き寄せ、抱き寄せる。
腕の中に閉じ込め、その頭を何度も優しく撫でながら彼へ囁く。
「ごめんな」
突然の事に驚いた慧が小さく息を呑む。
言い訳一つせず、ぶつけられた感情を受け止める。
安達の優しさを彼の言葉や頭に触れる手から感じる内、慧が無意識的に張ってしまっていた気持ちが解れていく。
慧はゆっくり首を横に振る。
何かを堪えるように噛み締めた唇の隙間からは耐え切れない嗚咽が小さく漏れていた。
「ありがとう、義一。僕を……助けてくれて」
「馬鹿。それが当たり前なんだよ」
安達はわざと鼻で笑ってみせた。
「これからだって何度でも助けてやる。だから、怖がる必要なんてもうどこにもないんだ」
「……うん」
やがて遠慮気味に、けれど甘えるように慧が安達の背に手を回す。
安達はそれに気付いて顔を綻ばせ、慧が落ち着くまでの間、彼に寄り添い続けるのだった。




