第18話 再会
都内某所の総合病院。
その病室の前で壁に凭れていた安達の隣の扉が開き、早乙女が姿を現す。
「お待たせぇ。もういいよ」
安達は無言で会釈を返す。
扉が開いた先へ視線を向けながら早乙女が目を細める。
「特怪については粗方説明してあるよ。……賢い子だねぇ。殆ど迷わずに決断しちゃった」
「……そうですか」
「面倒を見る大人がいる話はしたけど、言われた通り、君の事はまだ伝えてない」
「ありがとうございます」
声を落としたのは視線の先の人物に聞こえないようにという配慮だろう。
礼を述べる安達の表情が暗い事に気付いた早乙女は、扉の前を譲りながら彼へ囁く。
「客観的な事実として伝えておくけど、ウチらがあの場に駆け付けられたのは君が事前に本邸の結界を解いていてくれたからだよ」
「早乙女さんって、気遣いとかも出来るんですね。もっと無神経な人だと思ってました」
「お、喧嘩かにゃあ~?」
「冗談ですよ。ありがとうございます」
大袈裟な素振りで袖を捲る早乙女を横目に、安達は視線を落とす。
「けど、俺ならきっと、もっと早く助けられた。その事実が消える事もありません。あいつにどんな言葉を向けられようと、せめて自分で向き合います」
安達はそう言い残し、病室へと足を踏み入れる。
すれ違う際、まだ物言いたげな顔をしている早乙女の姿が視界の端に映ったが、改めて言葉が投げかけられる事はなかった。
足を踏み入れた病室。
開いた窓からは穏やかな風が吹き込み、レースのカーテンを靡かせている。
その隙間から差し込む陽の光を受けながら、その方角へ向いていた顔がふと安達の方へ向けられた。
目元を包帯で覆った、病衣姿の少年。
改めて見るその姿は別れた頃から見違えるように成長していた。
「こんにちは。貴方が、僕の面倒を見てくれる警察の方ですか?」
恐ろしい目に遭い、目覚めた直後だというのに、彼は穏やかな微笑でそう声を掛けた。
直前の出来事を抜きにしても、あまりに年不相応に落ち着いた姿だった。
そこに、かつて見た子供らしい無邪気さや素直さの面影はない。
彼をそうさせたのが神楽坂家での環境であり、彼を捨てた自分自身であると安達は理解していた。
言葉が喉奥で詰まり、目頭が熱くなるのを感じる。
両手を固く握りしめ、込み上げるものを安達は何とか堪える。
そしてベッドの脇に置かれた椅子にゆっくりと腰を下ろしながら、なるべく優しい声色を意識して答えた。
「……ああ。君が、それを認めてくれるなら」
「とんでもないです。身寄りがない上に目も見えないような僕を引き取ってくださるだけで感謝しかないのに。すみません、目が見えない生活に慣れていないので、暫くご迷惑をお掛けするかもしれないのですが」
「そんな事、気にする必要はない。出来る限りの支援はするし、君はただ望むように生活してくれればいい」
「……ありがとうございます。あ、ええと、僕は神楽坂慧といいます。貴方のお名前を伺ってもよろしいですか?」
当然、投げかけられる問いだった。
仮に彼から聞かれずとも、自分から名乗るつもりであった。
それでも、会話相手の正体にまだ気づいていない慧に自らの正体を明かす事に僅かな不安と恐怖がついて回る。
「あの……?」
僅かな躊躇が不自然な空白を生み、不思議に思った慧が首を傾げる。
安達は膝の上で固く拳を作ってから、意を決して口を開く。
「安達義一」
安達の下の名前を聞いた途端、慧が小さく息を呑む。
「以前は……神楽坂姓で籍を置いていた」
更に安達が言葉を続ければ、慧の中に生まれた驚きが確信に変わる。
二人の間に重い静寂が訪れた。
「俺は、お前を引き取りたいと考えている。けどもし、お前がそれを望まないなら、他の大人の元で暮らすことも出来るらしい。だから……お前の気持ちを聞かせて欲しい、慧」
窓の外、離れた場所から聞こえてくる。
個室の中、安達は静かに話をする。
慧にとっては予想だにしない再会だった上に、思う事も山程あった。
突然の事に考えの整理が追い付かなかった慧はただ困惑したまま、口を閉ざしていた。
安達もまた彼を急かすことはせず、静かに返答を待つ。
「…………ぼく、が」
やがて慧の口から零れた声は、先程までのしっかりとした受け答えの時のものではなかった。
慧は膝の上で両手を握りながら、力なく笑う。
彼の声や両手は微かに震えていた。
「僕が貴方の役に立ててる内は、傍においてくれますか……?」
他人行儀な言葉遣いも、己の望みを言い切ることが出来ず問い返してしまう彼の様子も、そのどちらもが安達の胸を酷く絞めつけた。
安達は顔をきつく顰め、強く目を閉じる。
それから何とか作り笑いを浮かべ、安達は拳を作る慧の手に自分の手を重ねる。
「子供が、大人の役に立たなきゃならないなんて、考えるものじゃない」
「……っ」
突然触れられた事に驚いた慧が体を緊張させる。
しかし安達の優しく諭すような声が彼の強張った体を解していった。
「お前が望むなら、いくらでも傍に居ていい。俺はお前から離れたりしないし、どんな事があってもお前を助けると誓う。……二度と、お前を独りにはさせない」
慧の顔が歪んでいく。
目元は隠されていて、涙も流れてはいなかったが、それでも安達には彼が泣いているように見えた。
「俺と一緒に来てくれないか、慧」




